運命(さだめ)の迷宮

ノベルバユーザー173744

逢いたくて……この胸の囁きは貴方を探しています。

神五郎しんごろうは、ふわふわとした夢の中を歩いていた。

幼き頃言い放たれた言葉は、胸に突き刺さるものだったが、その後の戦場、生きてきた道も苦しいものが多かった。
父に当主の座を譲られ、義兄や姉の支えがあったにしても、自分で決断することも多く、自分の心に秘めておくことも多かった。
苦しい想いが多かったが、やんちゃではあるが賢い景虎かげとらの養育を任され、幼いものの賢い幼児の、自分とは違う考え方に驚かされた。
そして、

「……ま、旦那さま?」

耳をくすぐる、甘く優しい声。
賢いのに、少し抜けていて、その上幼いようで大人びた不思議な少女。
自分の意見ははっきりと口にし、戦のこと、そして、親を失った子供たちのことを悲しむ。
その上、

采明あやめは!商売をします‼ありったけの綿の布と、離れの空き家を改装してください‼そこに働き手である親と別れた子供たちや子供を抱えたお母さんを‼」
「な、何をするんだ?」
「むつきの貸し出しです‼むつきは本当に良く使うんです。なので、元気な子供たちと、町を回ります。そして約束をしたおうちに届けるんです。汚れたむつきは受け取ってこちらで洗って干して、そのあとは、子供たちには勉強を。文字の読み書き、そろばん、剣術等を教えます。お母さんたちは洗濯があります。そうして、時間が余ったら、むつきの貸し出しと一緒に子供のおもちゃを作って売るんです‼」

目をキラキラさせ、告げる少女に、

「それをどうするんだ?収入は?」
「最初はないと思います。でも、長い目で見てください。子供たちが勉強し、お母さんたちにも手に職を、そしてすむ家を提供し、幾つか内職や、こちらの侍女たちに色々と立ち居振舞いを学ぶんです。そうすれば賢い方なら、こちらで紹介状を出して、他家の侍女に、子供たちも働き手として。お給金もわずかですが出すようにして、衣食住は面倒を見ます。でも将来、独立するときに、同じく紹介状を出して、そろばんが得意なら商家に、武術が得意なら、屋敷にと……」
「……それは考えたことがなかったな……それはいい」
「でしょう?旦那さま‼」

 ……采明は嬉しそうにはにかむように微笑む。

可愛がられていたのであろうが、両親は互いに忙しく離婚し、妹は自分の道を進む。

置き去りにされた、つばくろひなのように、寂しそうに時々夜に空を見上げるその背をみて、痛々しく、そしていとおしく感じたのは嘘ではない。
賢さだけでなく、その儚く揺れる眼差しが自分を見つめて微笑んでほしい。
年は違うが、それでも……。

手を繋ぐにはまだ幼く、抱き上げていないと、目を離すと突進していく少女を、妻に迎えたとき、世界が広がった。
美しく優しく愛おしいこの妻と一緒に生きていきたい。
そして、殺伐とした生き方よりも、楽しい笑顔溢れる生き方をしたい。
成長していく……愛おしい采明と暮らしていくのは、このような道ではないはずである……。
子供が生まれ、その子供に同じ道を進め‼と言えるのだろうか……。

「采明……実明……」

愛おしい妻と子供の名前。
この二人のためならば、世界を失ってもいい……。

「……パパ?パパおっきして?」

耳元で聞こえる可愛らしい声。
明子あきこは、

「お父様」

だが、急に耳を引っ張られ、

「パパ~起きてぇぇ‼ドーンしゅゆよ~‼」
「キャァァ‼実明‼駄目よ‼パパにドン‼駄目よ‼」

采明の声に、目を開けると、大きなクリクリの茶色の瞳の……。

「さ、実明?」
「わーい!パパおっきした‼パパ‼見てみて‼」

きゃぁぁ‼

はしゃぎながら紙に、いろいろな色で何かを書いている。

「ん?これは?」
「パパ‼」

ぐるぐるの書きなぐったものを自分と言っても……。

「こりぇ、パパのお目目‼眉毛‼」

そう言われると見えてくるのは不思議である。

「あぁ、凄いな。実明。パパを描いてくれたのか……ありがとう」
「そしてね、ママとしゃねあきと、あきちゃんと百合ゆりちゃん!」
「あきちゃんと百合ちゃん……お姉ちゃんと、采明の妹の百合さんだね?」
「ううん‼あのねあのね‼」
「実明。ドーンは駄目よ」
「じゃぁ、パパとねんねしゅる。ママのお腹、ドーンはダメダメなのよ」

自分の横に寝転んだ実明はニコニコと笑う。

「実明?ママのお腹ドーンは駄目?だからパパにドーンしようと思ったのかな?」
「パパに教えてあげるの‼あのねあのね‼」
「実明‼パパは起きたばかりだから……」
「采明?」

息子と妻を交互に見ると、采明は頬を赤らめ、

「あ、あの、旦那さまが手術している間に、わ、私も、体の調子を診て戴いたのですが……さ、最近ちょっと熱があるなと思っていたのです。そうしたら……こ、子供が……」
「……も、もしかして赤子か‼あぁ‼本当か‼何て嬉しい‼実明にも妹か弟が‼家族が増える‼」
「だ、旦那さま‼落ち着いてください‼点滴に、まだ呼吸が安定していませんからって……」
「馬鹿者‼」

拳が降り下ろされ、そこが額でうめく。

「い、だぁぁぁ‼」
「その程度で、おほほほ!芙蓉ふようちゃんにしごいて貰いなさいな」
「うぎゃぁぁ‼変なおっさんが‼」
「誰が変なおっさんよ‼お父様と呼びなさい‼」
「バカ親父‼死ね‼」

背後から絞めるのは端正な青年。

「兄上頑張ってください。私は芙蓉母上と、新しい弟とお話をしますから」

ニッコリと笑った青年……黒い‼絶対に裏がある‼

「こんばんは。夜分に申し訳ありません。私は曹孟徳そうもうとくの次男で、子楓しふうともうします。そして、義理の母の芙蓉です」
「芙蓉ですわ、よろしくね……うるさいのよ‼このバカ亭主‼」

脇腹に蹴りを入れ、吹っ飛んだ孟徳が、采明にぶつかる⁉
その瞬間間に入り込んだ女性が、羽交い締めにして、

「姉さん‼やって‼」
「よっしゃぁぁ‼」

と、美しいドレスで神五郎しんごろうのベッドにハイヒールのまま登ると、

「病人の息子に何をしてんのよ~‼このバカ亭主‼」

とジャンプして一回転すると、両足がめり込んだ。

「ギャァァァ‼死んじゃうぅぅ‼」
「五月蝿いって言ってるでしょ‼」

と芙蓉に瓜二つの女性が落とした。
その姿に神五郎と采明は言葉もないが、実明は、

「わぁぁ‼おばちゃま、つおーい!しゅごーい‼」

と喜ぶ。
ニコニコと、

「ごめんなさいね。大騒ぎをしてしまって、私は芙蓉。こちらが妹の木槿むくげよ。夏侯妙才かこうみょうさいさんの奥さんなのよ」
「は、はぁ……あ、初めまして。直江実綱なおえさねつなと申します」
「あらぁ……格好いいわぁ!木槿。素敵だと思わない?私の息子よ~‼」
「あぁぁ‼羨ましい‼でも、お姉様、孫がいることになるのよ?」

芙蓉は頬に手を置き、

「あらぁ、でも良いじゃない。格好いい息子だもの。それに、元気になったら、遊んでもらえるし。楽しみだわぁ」
「それもそうね‼」
「実綱くん、よろしくね‼お母様でーす‼お父様は死んじゃったから平気よ」
「生きてるわよ‼」

孟徳は叫ぶ。

「本当に死んじゃったらどうするのよ‼」
「良いんじゃねぇの?異母兄弟数えるのも面倒だし」
「でも、一応浮気者とはいえ、一応首相もやった人間ですし、死ぬまでこき使ってやらないと、今までの苦労が水の泡ですよ、兄上」
「あぁ、まぁなぁ……ってことで、実綱。このバカ親父のことを頼んだ‼」
「拒否します‼こんな親父要りません‼それに幼い息子に悪い影響があったらどうするんですか‼傍に来てほしくないです‼体直して、子供たちと采明と暮らすんです‼」

必死に拒否する神五郎に、采明も瞳を潤ませて、

「しばらく……ゆっくりして、いたいんです。駄目でしょうか?」

采明の言葉に、キューンと来るのは夫である神五郎だけではなく、

「だ、大丈夫よ‼采明ちゃん‼お母様は絶対にそんなことさせませんからね‼」
「そうよ‼おばさまもそんなことは、ほら、こんな風に‼」
「ぎゃぁぁ!」

木槿に再び落とされる。
その横でも、

「に、兄ちゃんたちも、実綱や采明ちゃんを苛めたりしないから‼」
「そ、そう‼そうですよ‼私の妻もまだ若いので、仲良くしてください。姉上もとても優しい方ですよ‼」

兄弟も必死に頷く。

「あ、ありがとうございます。お母様方もお兄様方もお優しい方ですね。実明も嬉しいわね」
「うん‼あ、おじちゃま、あいがとうごじゃいましゅ」

子楓に、お菓子を貰った実明はニコニコと笑顔でお礼を言う。
曹家一族は、愛らしい親子に落ちたのだった。

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