運命(さだめ)の迷宮
景虎くんは、様子をうかがっています。
景資についていると言う佐々礼と娘たちに代わり、与次郎が、父と共に姿を見せる。
藤三郎は母に付き添う。
と、
「おらぁ‼この頑固親父が‼可愛い息子の一言にそれか‼」
「何も言える親ではありませんし……」
俯く神五郎に、景虎は、
「本当はここにつれてくるつもりだったんだ‼集団風邪にかかっていなければ‼」
「……」
「『パパだいすきさねあき』と、お前に便りを贈っているのを拒絶するのか‼」
振り絞るように告げる。
「私は、直江家の当主です。いくら、息子がいとおしくとも、私は一族を守る義務があるのです」
「一族は守るが、息子は守らんのか‼まだ本当に小さい泣き虫の子供を‼パパ、ママと呼ぶ声を‼」
「それが、私の立場です……いつか、あの子にはわかる日が来ます」
「解るか‼捨てられたとしか思えんだろう‼」
景虎は訴える。
「一目で良い。会うだけでいい‼会って、話をして、抱き上げてやってくれ‼それでも駄目なのか?」
「……会えば、いとおしさが増し、別れがたく思えます。そうなると、会えません……」
横で、後ろを向き、袖で涙をぬぐう采明に、景虎も、
「解っておるわ‼それくらい‼だが咲夜とて、百合も、景資も選んだ‼選べぬのか‼あの子を‼」
「……」
静まり返る……と、直江家の門辺りがざわめき始め、
「旦那さま‼晴景さまが‼」
「どけ‼」
姿を見せたのは約10年ぶりに会う兄。
神五郎と年は離れていないが、酒の害と、遊興の数々で、老け込み、その上おぼつかない足取りにけいれんも起こしている。
「この屋敷から、おなごの死骸が運び出されたと聞いたが?どう言うことだ?」
「あ……っ!」
声をあげようとしてつねられた景虎は涙目になる。
その横で、ニッコリと、
「ここではなく、隣の屋敷ですが?兄上?」
「そ、そなたは……」
「景虎ですが、お忘れですか?そうですね?もう、長い間お会いしておりませんので、私も、兄上のお顔を、きれいさっぱり忘れておりました」
あははは‼
笑う百合の姿は、着替えをした際に、
「お姉ちゃん、それにお母様にお姉さま。私の背丈は合う着物がないでしょう?兄上のお古で結構ですよ」
と言って、景虎の隣に座ったのである。
長い髪はポニーテールに結い上げ、紐で縛る。
友人の天香に教わった吉祥の飾りのピアスもつけている。
そうすると、化粧はしていなくとも、後で言う伊達姿に見えるはずだが、凛とした瞳が性別不詳に見せる。
「それにしても老けましたね?子供はいかがですか?もしや子種がなく、世継ぎも生まれていないとか?」
「なっ‼そ、それは女が……」
「知っておりますか?兄上」
立ち上がると、晴景に近づく。
実は百合は178センチの長身である。
一応ギリギリ、神五郎は高かったのだが、百合に、
「なんでぇぇ‼この時代の人ってそんなに長身いないじゃない‼なのに、何で兄上私より高いのよ‼上から見下ろして笑ってやろうと思っていたのに‼」
と言われ、神五郎は、
『そんなに嫌いか……そうだよなぁ、勝手に結婚したし……報告も遅くなり……』
と、一瞬落ち込んだのだが、あっけらかんと、
「嫌い?そんなわけないじゃない‼お姉ちゃんの選んだ旦那さまよ?絶対バカじゃないってわかってるし、それにね?お姉ちゃんの旦那さまは、私のお兄ちゃんでしょう?私よりも強くて、大きくて、背が高くて、かっこいいお兄さんが欲しかったの‼」
「気を付けろ、兄上。百合はこれでいて格闘系は完璧だ。腕をとられたら一瞬だぞ」
と囁く景虎に、弟の重綱も、
「本気で強い‼死ぬ‼」
と半泣きになっていた。
近づいた百合は、小柄な晴景に、
「子種がないとおなごを責めるのは男の勝手。おなごに種がないのではなく、男の方に精がない場合もあるのですよ?」
「な、何だと‼」
上を見上げるようにして見ている晴景に、百合はにやっと笑う。
「酒の害とらんちき騒ぎ、などといった不摂生の体は、余計におなごに子を儲ける事ができず、遠ざけ、別にとついだ側室が子供をもうけたと言ったことが……あるのですね?」
数年前に寵愛した側室が子に恵まれず、遠ざけたが再婚してすぐに子供を身ごもった。
どう言うことだと、子供は自分の子供だと言い張り、奪い取ろうとしたが、生まれた子は下げ渡した部下に瓜二つだった。
顔を歪めるのを、百合は、
「昔は子供ができたと言っても、そういう生活に溺れては、生まれる子も生まれたくないと逃げるでしょう。あははは‼」
「な、何を‼お前こそ子供ができたと言うのは‼」
「結婚せずに、兄上を支えたいと思っておりましたが、ここ10年余りの堕落した兄上、忠義を尽くす部下を遠ざけ佞臣の戯言と、領地を治められぬその情けなさ‼貴方を兄として、主として忠義を尽くす気は毛頭ございません‼」
「な、何だとぉ‼」
激昂する晴景がつかみかかろうとしたのを、振り払い、自ら中に入ると、襟元をつかみ、片腕で投げ飛ばす。
「これが、この国の主の実力ですか?もっと面白いものを見せてもらえると思っていたのですが……つまらないものですね」
投げた先には晴景の連れてきていた部下がおり、押し潰される。
「さて、この私に、一対一での戦いを所望するものは?」
出ていく百合を、後ろから景虎が力ずくで引き寄せる。
と、隠れていた兵士の槍が飛んだ。
「おやおや、臆病な主にお似合いの卑怯な部下か……面白い‼」
落ちていた槍を拾い構えると、後ろから、
「景虎さま一人では見せ場がないではございませんか。私にも」
と、橘樹は微笑み、そして、
「妾にも残しておいてほしいものよ。最近運動不足で困っておるゆえ」
と梓は娘と同じなぎなたを構える。
「では、梓さま、橘樹姉上と戦えるものを所望する‼我はと思うものは前に出よ‼」
その一声で、晴景以下は脱兎のごとく逃げ出した。
その姿に、
「ハハハハハ‼次に来るときには、私と戦えるものをお連れください。兄上。では」
その言葉に、周囲も吹き出し、笑い転げる。
「本気で、弱いわね」
「馬鹿者‼」
かすれた声を張り上げて、景虎が怒鳴り付ける。
「百合は本当の戦場を知らない‼それに人を殺す意味を……ゲホゲホ‼」
「しゃべっちゃダメ‼」
「馬鹿か‼それよりも‼」
「百合」
いつの間に近づいてきていた采明が妹の前にたつと、頬を叩く。
「貴方は、戦いを収めたいと思っている、平穏な国を作ろうとする景虎様の気持ちがわからないの!何であおるの‼これで、この直江家と中条家は、完全に晴景さまと対立する。戦が起こってしまうのよ‼どんなに辛いものか、解らないの‼」
「お姉ちゃん達の方だって、似たようなものよ‼解らないの?」
「なんですって?」
百合は食って掛かる。
「お姉ちゃんは、国をよくしたいと思っていると思うけれど、あんな男に出仕をせずにただ、こつこつとしているだけでいいの?お姉ちゃん達のしてることは悪いことではないわ‼でもね?一部にしか浸透していないものをずっと続けるだけ‼それじゃ、あんな男に頭を下げてないだけで、ただの主のいない仕事らしい仕事もしてないプータローじゃない‼そんなだらけた生活を続けるなら、将来生まれる子供や孫やモットモット先の事を考えられないの?それよりも、そんなだらだら生きるなら……実明を生むな‼父さんや母さんは自業自得で子育てしろ‼でいいけど、実明はどうなるの?」
「……っ」
「迎えにも来ない、会いにも来ない、なら、実明の父親や母親を名乗らないで‼咲夜達の養子にしなさいよ‼もう知らない‼」
「百合……、あのっ‼」
「知らないわ‼お姉ちゃんだって、父さんと母さんと一緒‼勝手にして‼」
姉の手を振り払い出ていく百合に、景虎がかすれた声で、
「悪いが、今の状態では、私は直江家を信用できない。景資のところに言ってくる。それと、百合がいっているのは、正しい‼違うか?ではな」
そう告げて、出ていった。
重苦しい空気が漂うばかりである。
藤三郎は母に付き添う。
と、
「おらぁ‼この頑固親父が‼可愛い息子の一言にそれか‼」
「何も言える親ではありませんし……」
俯く神五郎に、景虎は、
「本当はここにつれてくるつもりだったんだ‼集団風邪にかかっていなければ‼」
「……」
「『パパだいすきさねあき』と、お前に便りを贈っているのを拒絶するのか‼」
振り絞るように告げる。
「私は、直江家の当主です。いくら、息子がいとおしくとも、私は一族を守る義務があるのです」
「一族は守るが、息子は守らんのか‼まだ本当に小さい泣き虫の子供を‼パパ、ママと呼ぶ声を‼」
「それが、私の立場です……いつか、あの子にはわかる日が来ます」
「解るか‼捨てられたとしか思えんだろう‼」
景虎は訴える。
「一目で良い。会うだけでいい‼会って、話をして、抱き上げてやってくれ‼それでも駄目なのか?」
「……会えば、いとおしさが増し、別れがたく思えます。そうなると、会えません……」
横で、後ろを向き、袖で涙をぬぐう采明に、景虎も、
「解っておるわ‼それくらい‼だが咲夜とて、百合も、景資も選んだ‼選べぬのか‼あの子を‼」
「……」
静まり返る……と、直江家の門辺りがざわめき始め、
「旦那さま‼晴景さまが‼」
「どけ‼」
姿を見せたのは約10年ぶりに会う兄。
神五郎と年は離れていないが、酒の害と、遊興の数々で、老け込み、その上おぼつかない足取りにけいれんも起こしている。
「この屋敷から、おなごの死骸が運び出されたと聞いたが?どう言うことだ?」
「あ……っ!」
声をあげようとしてつねられた景虎は涙目になる。
その横で、ニッコリと、
「ここではなく、隣の屋敷ですが?兄上?」
「そ、そなたは……」
「景虎ですが、お忘れですか?そうですね?もう、長い間お会いしておりませんので、私も、兄上のお顔を、きれいさっぱり忘れておりました」
あははは‼
笑う百合の姿は、着替えをした際に、
「お姉ちゃん、それにお母様にお姉さま。私の背丈は合う着物がないでしょう?兄上のお古で結構ですよ」
と言って、景虎の隣に座ったのである。
長い髪はポニーテールに結い上げ、紐で縛る。
友人の天香に教わった吉祥の飾りのピアスもつけている。
そうすると、化粧はしていなくとも、後で言う伊達姿に見えるはずだが、凛とした瞳が性別不詳に見せる。
「それにしても老けましたね?子供はいかがですか?もしや子種がなく、世継ぎも生まれていないとか?」
「なっ‼そ、それは女が……」
「知っておりますか?兄上」
立ち上がると、晴景に近づく。
実は百合は178センチの長身である。
一応ギリギリ、神五郎は高かったのだが、百合に、
「なんでぇぇ‼この時代の人ってそんなに長身いないじゃない‼なのに、何で兄上私より高いのよ‼上から見下ろして笑ってやろうと思っていたのに‼」
と言われ、神五郎は、
『そんなに嫌いか……そうだよなぁ、勝手に結婚したし……報告も遅くなり……』
と、一瞬落ち込んだのだが、あっけらかんと、
「嫌い?そんなわけないじゃない‼お姉ちゃんの選んだ旦那さまよ?絶対バカじゃないってわかってるし、それにね?お姉ちゃんの旦那さまは、私のお兄ちゃんでしょう?私よりも強くて、大きくて、背が高くて、かっこいいお兄さんが欲しかったの‼」
「気を付けろ、兄上。百合はこれでいて格闘系は完璧だ。腕をとられたら一瞬だぞ」
と囁く景虎に、弟の重綱も、
「本気で強い‼死ぬ‼」
と半泣きになっていた。
近づいた百合は、小柄な晴景に、
「子種がないとおなごを責めるのは男の勝手。おなごに種がないのではなく、男の方に精がない場合もあるのですよ?」
「な、何だと‼」
上を見上げるようにして見ている晴景に、百合はにやっと笑う。
「酒の害とらんちき騒ぎ、などといった不摂生の体は、余計におなごに子を儲ける事ができず、遠ざけ、別にとついだ側室が子供をもうけたと言ったことが……あるのですね?」
数年前に寵愛した側室が子に恵まれず、遠ざけたが再婚してすぐに子供を身ごもった。
どう言うことだと、子供は自分の子供だと言い張り、奪い取ろうとしたが、生まれた子は下げ渡した部下に瓜二つだった。
顔を歪めるのを、百合は、
「昔は子供ができたと言っても、そういう生活に溺れては、生まれる子も生まれたくないと逃げるでしょう。あははは‼」
「な、何を‼お前こそ子供ができたと言うのは‼」
「結婚せずに、兄上を支えたいと思っておりましたが、ここ10年余りの堕落した兄上、忠義を尽くす部下を遠ざけ佞臣の戯言と、領地を治められぬその情けなさ‼貴方を兄として、主として忠義を尽くす気は毛頭ございません‼」
「な、何だとぉ‼」
激昂する晴景がつかみかかろうとしたのを、振り払い、自ら中に入ると、襟元をつかみ、片腕で投げ飛ばす。
「これが、この国の主の実力ですか?もっと面白いものを見せてもらえると思っていたのですが……つまらないものですね」
投げた先には晴景の連れてきていた部下がおり、押し潰される。
「さて、この私に、一対一での戦いを所望するものは?」
出ていく百合を、後ろから景虎が力ずくで引き寄せる。
と、隠れていた兵士の槍が飛んだ。
「おやおや、臆病な主にお似合いの卑怯な部下か……面白い‼」
落ちていた槍を拾い構えると、後ろから、
「景虎さま一人では見せ場がないではございませんか。私にも」
と、橘樹は微笑み、そして、
「妾にも残しておいてほしいものよ。最近運動不足で困っておるゆえ」
と梓は娘と同じなぎなたを構える。
「では、梓さま、橘樹姉上と戦えるものを所望する‼我はと思うものは前に出よ‼」
その一声で、晴景以下は脱兎のごとく逃げ出した。
その姿に、
「ハハハハハ‼次に来るときには、私と戦えるものをお連れください。兄上。では」
その言葉に、周囲も吹き出し、笑い転げる。
「本気で、弱いわね」
「馬鹿者‼」
かすれた声を張り上げて、景虎が怒鳴り付ける。
「百合は本当の戦場を知らない‼それに人を殺す意味を……ゲホゲホ‼」
「しゃべっちゃダメ‼」
「馬鹿か‼それよりも‼」
「百合」
いつの間に近づいてきていた采明が妹の前にたつと、頬を叩く。
「貴方は、戦いを収めたいと思っている、平穏な国を作ろうとする景虎様の気持ちがわからないの!何であおるの‼これで、この直江家と中条家は、完全に晴景さまと対立する。戦が起こってしまうのよ‼どんなに辛いものか、解らないの‼」
「お姉ちゃん達の方だって、似たようなものよ‼解らないの?」
「なんですって?」
百合は食って掛かる。
「お姉ちゃんは、国をよくしたいと思っていると思うけれど、あんな男に出仕をせずにただ、こつこつとしているだけでいいの?お姉ちゃん達のしてることは悪いことではないわ‼でもね?一部にしか浸透していないものをずっと続けるだけ‼それじゃ、あんな男に頭を下げてないだけで、ただの主のいない仕事らしい仕事もしてないプータローじゃない‼そんなだらけた生活を続けるなら、将来生まれる子供や孫やモットモット先の事を考えられないの?それよりも、そんなだらだら生きるなら……実明を生むな‼父さんや母さんは自業自得で子育てしろ‼でいいけど、実明はどうなるの?」
「……っ」
「迎えにも来ない、会いにも来ない、なら、実明の父親や母親を名乗らないで‼咲夜達の養子にしなさいよ‼もう知らない‼」
「百合……、あのっ‼」
「知らないわ‼お姉ちゃんだって、父さんと母さんと一緒‼勝手にして‼」
姉の手を振り払い出ていく百合に、景虎がかすれた声で、
「悪いが、今の状態では、私は直江家を信用できない。景資のところに言ってくる。それと、百合がいっているのは、正しい‼違うか?ではな」
そう告げて、出ていった。
重苦しい空気が漂うばかりである。
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