運命(さだめ)の迷宮

ノベルバユーザー173744

祈りは泡沫(うたかた)の夢として消えることは無さそうです。

到着した空港に降り立ち待っていたのは、元直げんちょくと、警視総監の熊斗ゆうとの叔父、夏侯元譲かこうげんじょうである。

景虎かげとら?どういうこと?リサイタルは⁉」
「……」

元直を見上げ、微笑む。

庄井元直しょういげんちょくどの。どこの誰とも解らぬ子供であった私を、育ててくれてありがとう。私は、待っているものがいる。責任を果たさず逃げることは許されぬ。だから、許せとも口にせぬ。ただ、本当にありがとうございます」

頭を深々と下げる。
その姿に、元直は……、

「行ってしまうんだね……私の手を離れて……」

瞳を潤ませる育ての親に、こちらも涙をためて、

「兄上からいただいた愛情、教え、そして自分が自分であることを忘れず、生きていこうと思います。私は、庄井景虎と言う名を捨てるつもりはありません。多分……ここに来る前に、熊斗が言ってましたが、私は時代を戻ったら長尾景虎ながおかげとらとして生きることになるでしょう。でも、向こうでの私の責務を果たし終え、人生を閉じたら、この世界に……兄上の息子として戻ってきても良いですか?」
「……やんちゃ坊主を育てるのは慣れてるからね……安心して、戻っておいで。着いていけず、本当に……」

景虎を抱き締める元直の瞳からは涙が溢れる。

「私は側にいないけど……生きて生きて……人々を守る領主として、名を残す人に……なりなさい。景虎。私の大事な息子だよ……お前は。自慢の息子。それを忘れないで……」
「解っています……何年、一緒にいたんだ」

抱き締め返し、

「あなたは、我の父は……庄井元直ただ一人。私の尊敬し、そして愛する父は、あなただけ。ありがとう」

そして、実にあっさりとしていたのは、元譲で、

「熊斗。あの馬鹿はしっかり徹底的に、文謙ぶんけんと締めておく。文謙は機嫌が悪いし、あいつも懲りるだろう。だが一つだけいっておく」
「何でしょう?」
「お前たちを一旦理由をつけて、春の国から出そうとしたのは理由があるんだ」
「私と月季げつき姉上を売るんじゃないんですか?」

その言葉にやれやれと首を振る。

「違う。本当は、黒河備くろかわそなえ関雲長せきうんちょうが、他国の組織にお前たちの暗殺を命じて、そして、瑠璃るりどのと琉璃りゅうり公女の誘拐を……そこで、何とか、手を打とうとあれこれとこちらでしようとしたら、あの馬鹿は飛んでいってな。あれでも、月季を可愛がっていて、お前の事も大事にしているつもりなんだ。不器用だが……」
「二人とその周囲は?」

話をそらしたいのか、話を振る様子に苦笑する元譲。

「大丈夫だ。だが、黒河の策略に乗ろうとしていた馬鹿を捕らえた」
「はぁ……いるんですか?誰ですか?」
曹子桓そうしかん曹子建そうしけん。黒河は二人が固執する甄天香けんてんこうどのを利用しようとし、天香どのが相談に来た。こちらでどうにかしようと思っていたのだが、彼女は強い人で、自分がおとりになると」
「天香は無事ですか?」

百合の言葉に、

「君も知り合いだったのか?」
「昔の。文通しています。厄介な兄弟に巻き込まれて困っていると」
「そうだったのか。彼女は安全なところにいる」
「良かった……」

胸を握りしめ、ホッとする。

「でも、百合さん。君も行くのか?」
「はい‼『私は、私の道を行く』んです」
「『マイウェイ』だね。シックな懐かしい曲だよ」
「はい。私は、大好きだったんです」

百合は息を吸うと、歌い始める。

『やがて私も この世を去るだろう
長い年月 私は幸せに
この旅路を 今日まで生きてきた
いつも私のやり方で

心残りも 少しはあるけれど
人がしなければ ならないことならば
出来る限りの 力を出してきた
いつも私のやり方で

私は見てきた 私がしたことを
嵐も恐れず ひたすら歩いた
いつも私のやり方で

人を愛して 悩んだ事もある
若い頃には 激しい恋もした
だけど私は 一度もしていない
ただ卑怯な真似だけは

人はみな いつかは
この世を去るだろう
誰でも自由な
心で暮らそう
私は私の道を行く』

歌いきった百合に、

「あれ?普通なら……」
「えぇ。『今船出が近付くこのときに』でしょう?私は、色々楽譜を探していたのよ。そうして気に入って、舞台の前に歌っているのよ」
「というか……百合……人生終わったって曲だぞ?」

景虎の言葉に、

「あら、『恋は野の鳥』と一緒よ。男か女か、生きるか死ぬかよ。博打ばくちよ。いちかばちかってことね。それに、それだけやり遂げた満足感を歌っているのよね。私はこんな風に生きたいわ‼」

百合はニッコリと笑う。

「向こうに行って、景虎と死ぬときに歌ってあげるわ。と言うより、じいちゃんばあちゃんになって、孫に『しぶとく生きてんなぁ』って言うのをしばきたおすつもりよ。それに、戦場でも戦い前に……」
「いや、士気落ちるから止めて」

熊斗に、

「あら、何言ってるの。この程度で落ちるようじゃ、負けよ負け。それにこの私から歌を奪うと、後は格闘だけど?」
「……」

熊斗は恨めしげに景虎を見る。

「えーと、百合。適材適所に、歌を選んでくれ……頼む」
「あらそう?残念だわぁ。あ、日本の合唱曲に、『葬式』って言う曲もあるし、戦場で負けたときには『流浪の民』歌いましょう‼」
「「適当に変な曲を歌うな‼」」

景虎と熊斗の声が重なり、百合は、あははは‼と笑い始める。

「全く……」

やれやれと呟く二人の頭をポコポコと大人は叩く。

「景虎?百合ちゃんは、必死に覚悟を決めているんだよ?馬鹿にしているんじゃない。景虎は解るだろう?違う世界に来て苦労したことを……」

ハッとすると、泣きじゃくっている百合がいた。

「百合‼」
「あはは……か、覚悟を決めてきたのに‼景虎と熊斗と行こうって決めたのに、今になって、自分は本当にちゃんと勉強して、生きてきたのかしら?悔いはないかしら?私は、景虎と熊斗と生きていけるかしら……?」

景虎は抱き締める。

「百合‼側にいる。百合が悲しまないように、笑ってくれるように、私は!約束する‼だから……」
「うん、うん……ありがとう……」
「大丈夫だ‼」



泣き止んだ百合たちを乗せた車は、空港を離れていったのだった。

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