どうやら魔王は俺と結婚したいらしい

わいず

469

鏡で幼い頃のシルクを見て暫く経ったある日。
またロアは、鏡をまじまじと見つめていた。

「飽きもせずに良く見れるね、姉上」

そんな様子に呆れるのはラキュだ、この時もマント付きのタキシードを着ていた。

「くふふふ。分かっておらんなラキュよ」
「分かって無いって……なにがさ」

うんざりしながら、そう言うとロアは妖しく笑う。

「見る度に、この可愛らしい人間の事を知れると言う物じゃ。例えば……この者は風呂に行き身体を洗う際、必ず右腕から洗う。風呂は好きなのか長く入ってる事が多い、後はじゃなぁ……」


ラキュは身震いした。
なんで、そんな細かいところまで見ているのか? 恐怖を感じた。
恍惚に笑う姉を見て、ラキュは静かに思った。

「あ、そうなんだ……」

本音は「は? 気持ち悪」と言いたいんだが、隠した。
理由はわからない、ただ言わない方が良いだろうなぁ……そうラキュは察する。
触らぬ神に祟りなし、と言う奴である。

「ん? なんか感情がこもっとらん言い種じゃが……なんか失礼な事、思っとらんじゃろうな?」
「えぇ? なんでそんな事思うのさ」
「勘じゃ、なんかそんな気がするのじゃよ」

勘が鋭い。
じとぉっと見つめるロア、ラキュはただ笑顔で誤魔化した。
と、その時だ。

トタトタトタ……
部屋の外から足音が聞こえる、小走りでこっちに向かってきている様だ。
だから2人の視線は扉に向かれる。

「お邪魔します……あら」

ガチャリと扉が開き、入ってくる。
誰だろう? と思ったらヴァームだった。
ラキュがいる事に驚きはしたが、直ぐに冷静になってロアへと近付いていく。

「ラキュ様もおいででしたか」
「いちゃ悪いの?」
「いえ。悪くありません」

軽く会話した後、ロアの方を見る。
……真剣な目をしている、ロアも察したのか同じような目をした。

「ロア様、あの件の事でお話があります」
「ん? あの件……じゃと」
「あら。お忘れですか? 鏡の……」
「っ! おぉあれか。なんじゃ、なにか掴めたのかえ?」
「はい。色々と調べました」

ラキュは2人の会話を聞いて首を傾げた。
いったいなんの話をしている? 全く分からなかった。
無理もない、ラキュはあの場にいないから分かる筈が無いのだ。

「ねぇ。さっきからなにいってんのさ。あの件ってなに?」

凄く気になったのか、聞いてみた。
すると、ロアが「くふふふふ」と笑って説明する。

「わらわがさっきから見てる美少年がいるじゃろ? あの者の事が気になってのぅ。少し調べて貰ったのじゃよ」
「え、なにそれ。そんな事させてたの?」

ラキュは呆れた。
またしょうもない事で自分の従者に仕事をさせたなぁ、とか思った。
まぁ……実際そうだからそう思うのは仕方ない。

「うむ。悪いかえ?」
「あ、いや……悪くは無いけどさ。気になったんなら自分で調べれば良いのに」

全くの正論だ。
そんな言葉を聞いて、ロアは微かに笑う。

「まぁそれもそうじゃが、あの時はじっくり見たかったんじゃよ」
「……そう」

自分優先だなぁ、と言う事を口に出さず冷ややかな目をロアに向けた。

「ん? なんじゃその目は。なんか言いたそうじゃの」
「別に、何も無いよ」
「そうか。ならもう説明は良いな? ヴァームよ……早速教えてくれんか? あの者の事をの」

にっと微笑むと、ヴァームは「承知しました」そう言って、鏡の方を指差す。

「彼の名はシルク ハーベスト、フェアローブと言う街に生まれた可愛い男の娘です」
「ん? シルク ハーベスト……長い名じゃな」
「いえ、名前はシルク。家名がハーベストなのです。どうやら人間界ではこう言った名前の付け方をするそうですね」
「ふぅん。なるほどのぅ……」

魔界では聞いたことが無い名前の付け方。
少し変だなぁとは思ったが、あまり気にしないようにした。

それよりもロアは……。

「シルクかぁ。良い名じゃのぅ、それに本当に可愛らしい。もっとシルクを知りたいのじゃ……」

シルクと言う人間に夢中だった。
鏡の中に写し出されてるシルクは、今まさに家事を手伝っていた。
当時少年の小さく可愛らしい両の手で一生懸命皿を運んでいる。

運び終わると、彼の母……であろうか? その人に頭を撫でられて目を細めて喜んでいる。
しかし、直ぐに手で振り払って顔を紅くしてそっぽを向いた。

「あれは照れておる時の仕草じゃ! 嬉しいのに素直になれておれんっ。くへへへへぇ……」

そして、それを見て興奮するロア。
ヴァームはそれを微笑んで見つめて、ラキュは……無表情で見つめていた。
色々思うことはある、色々言いたい事もある、だけど言わない。
ラキュは知っているのだ……なにを言っても無駄だと言う事を。

だからラキュは無言に徹した。
そんな時だ、急に表情を引き締めて真面目な顔をする。

「なっなんか、あれじゃな……シルクを見てると言葉で言い表せん感情がふつふつと沸いてきおる。なんじゃろ、これ」
「あらあら……ふふふふ」

唇を尖らせて考えるロア。
そんな主の姿を見てヴァームは微笑んだ。

「なっなんじゃ、急に笑いおって……」
「いえ。なんでもありませんよ?」
「そっそうか……」

なんかあやしぃのぅ……と呟いてロアは鏡を見つめる。
そしたら直ぐに表情がとろけてしまった。

「ねぇ……」

そんなロアを見たラキュは、くいくいっとヴァームの裾を引っ張る。

「はい、なんでしょうか?」
「姉上あれだよね、しちゃってるよね」
「あらあら、気づいたのですか?」
「うん。何となくね……」
「そうですか」
「本人には言わないの?」
「今言ってはつまらないので黙っています」
「くふふふ、良い性格してるね……」
「あら、褒めても何も出てきませんよ?」
「褒めてないよ?」

ロアに聞こえない様に会話する。
あれだの、しちゃってるよねだの、気になる言葉が出てきたが……これはあれだ、至極簡単な事なのだ。

ロアはシルクに恋してる。
いや、正確には違うが大体はあってると思う。
熱心にシルクを見るロア、シルクの事を知りたがるロア……。

知れば知るほど気になって、どんどんどんどんシルクに惹かれつつある。
ロアはまだ、恋と言う感情を知らない……だが、今少しだけ恋と言う感情に一歩近付いた。

「ヴァーム。シルクについての情報はそれだけかえ? 」
「はい。今のところはそれだけです」
「そうかぁ、それだけかぁ……。うぅぅ、もっと知りたいのぅ。わらわも調べようかのぅ」

腕を組んで考えるロア。
だが、そう時間は掛からずに直ぐに答えは出た!

「決めた! わらわもシルクの事を調べるぞ!」

グッと拳をつくり、高らかに宣言した。
その瞬間、ラキュとヴァームは同時に「え?」と呟いた。

さぁ……皆を巻き込んだ騒動が、今始まる。

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