どうやら魔王は俺と結婚したいらしい

わいず

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この場は、まるで氷の大地にいるかの様に冷えきった空気になっている。
この雰囲気はあれだ、あれに似ている。
昔、俺が思春期の時に母さんの事を「クソババァ」と言った時に似ている。

「で? どういう事なんじゃ……あれは」

魔物共へんたいどもがジロジロ見てる中、店の真ん中で正座させられてる俺とアヤネ。
ロアはそんな俺とアヤネを仁王立ちで見下ろしている。

胃がキリキリ痛む、この睨みがすっごく精神的に堪える。
と言うか、ロアがすっごく睨んできてる、これはあれだ。
返答間違ったら拳が飛んでくる奴だ、慎重に答えよう。

「シルクが急に私を押し倒したの。ビックリした……でも嬉しい」
「ちょっ!! 誤解を生む様な事を言うな! ちっ違うッ、違うぞロア! 事故! あれは事故なんだ!」
「……事故、のぅ」

やっばい、すっごく疑ってる。
ほんとだよ、事故だよ、嘘ついてないよ!

「ほっほんとだって! アヤネが急に脱ぎ出してだな……」
「脱ぎだした……いきなりかえ?」

やっ……やっばい。
弁解しようとしたら、地雷を踏んだらしい、睨みがキツくなった。

「そっそんな顔するな! ほっほんとに起きた事なんだ! な? アヤネ」
「んぅ?」 

いや、んぅ? じゃなくてだな……実際脱ごうとしたんだから「うん」って言えよ! 頼むからさ!

「どうなんじゃアヤネ」
「んー……うん。シルクは嘘ついてないよ」
「ほぉ。そうか……」

よっよし。
本当の事を言ったぞ、ナイスだアヤネ。

「でも、押し倒したのはほんと。意外と大胆だよね、えへへぃ」
「ちょっ! アホ! 違うッ、押し倒してない! あっ足を滑らしたんだ……だっだからな? その冷たい眼差しはやめてくれ」

くっくそぅ、隣のアホのせいでロアを更に誤解させてしまった。
えへへぃって笑ってる場合じゃないぞ! お前もなにか言えよ!
あ、いや、やっぱり黙っててくれ。
余計な事、言いそうだからな。

「…………ふむ」

ん? あっあれ……なんか、急に視線が怖くなくなった。
どっどうした? なにか考えてるな。

「そこまで必死に言うとは……これはあれじゃな、シルクを信じなければな」

っ!!
おっおぉ……信じてくれた。
たっ助かった、ほっ……とひと安心だ。
はぁ……助かった。

「と言うか、良く考えればわかる事じゃったな。シルクは人前で堂々と襲う様な男では無い、わらわが一番分かってると言うに……すまんな、シルク」
「あ、いや。分かってくれたなら良いんだ」

申し訳なさそうに話すロア、目尻をさげて頭を下げてきた。
いやいや、謝らないでくれ……あれは誤解しても可笑しくない場面だった。

「じゃがな、なんだかなぁ……」

ロアは頭を上げて、俺をじぃぃっと見つめる。
あっあれ? また睨んできたぞ。
ゆっ許されたんじゃ、ないのか。

「アヤネに出し抜かれた気分じゃ……くそぅっ、そのラッキースケベ、わらわが体験したかったのじゃ!」
「…………は?」

えっ、えと、なんだ? なにを言ってるんだ、こいつは。

「おい、アヤネ!」
「なに?」

激しく睨んでアヤネを指差す。
アヤネは、無表情でじとぉ……とロアを見つめた。

「貴様、シルクの事は諦めていないようじゃな」
「ふふ。そのとおり」

バチっ、バチバチっ……!
ふっ二人の間に火花が散っている。
おっおいおい、なんか喧嘩っぽい空気になって来たぞ。

「あぁ……二人とも? なに睨んでるんだよ。あの事は誤解だって分かったんだから、もう良い……」

だろ? と、そう言おうとした……その時。

「ちっ……」

ロアが舌打ちした、その瞬間、また空気が冷たくなった。
ナイフの様な鋭い目付きでアヤネを睨み末、ゆっくりと指を指す。

「あの事を言う前に、やる事が出来てしまったのぅ……」

ゾクッ……
とても低く、聞くものを震え上がらせる怒気のこもった声。
それを聞いた俺は、震え上がり全身に鳥肌がたった。

おっおぉ、おい、なんだよ、こっこれは……なんで、こんな、空気に……ななっなってるんだよ……。
冷えきり張り詰めた空気に訳が分からなくなった俺は……ただ黙って二人を見ていた。

「アヤネッ!!」
「……なに?」

激しく自分の名を呼ばれ、少し頭に来たのか、眉をぴくっと動かす。

「……ぶじゃ」
「……聞こえない、ハッキリ言って」

俺も聞こえなかった。
ロア……今、なんて言ったんだ?

「勝負じゃ……アヤネ! 勝負をしてもらうぞッ、アヤネぇぇぇぇっ!!」

ビシィィィッーー!!
と、勢い良くいったその言葉は……店内に響いた。
そこにいた客、俺、アヤネは暫く放心し、ほんの数秒後……。

「えぇぇぇぇぇっ!!」
「っっ!?」
「「なっなんだってぇぇぇぇっ!!」」

それぞれ色んなリアクションをした。
しょっ勝負……だと、勝負って……また、なんで……。

困惑する俺だが、勝負を持ち掛けたロア。
勝負を持ち掛けられたアヤネは……妖しく笑っていた。

その瞬間、俺は察した。
あぁ……過去の記憶が甦る。
また、やるのか? あの……ハチャメチャで嫌な思い出がある、あの戦いを……。

頭に巡るあの記憶……マラソン、お掃除、壊滅的お料理……特に料理の部分に嫌な記憶が……うぐっ!! きゅっ急に吐き気が……うぷっ。

咄嗟に口を押さえる。
はぁ……はぁ……味わってもないのに、あの味を思い出してしまった。
アヤネの……チョコ&チーズで作ったカレーを模した何かの味を……。

そんな記憶が頭に巡るなか……ロアとアヤネは。

「のぞむところ」
「くふふ、言うたな? 逃げるでないぞ?」
「逃げない。そっちこそ、逃げちゃダメ」
「勝負を仕掛けたわらわが逃げるものか……くふふふ、今から楽しみじゃのぅ、お前をコテンパンにするのがなぁぁっ!」
「私も楽しみ、ケチョンケチョンにする」

くふふふ……、ふふふふ……、と妖しく笑いながらそんな会話をしていた。
バチバチだ、一歩間違えたらガチの殴りあいの喧嘩が始まりそうな位バチバチしてる。

というか、勝手に勝負する流れになってる。
これ多分あれだろうな、誰の制止も聞かないで強引に話を進めて、また色々と巻き込まれる奴だろうな。

うん、きっとそうなる。
過去の記憶がそう言うんだから間違いない。

そう察しながら頷く俺は……静かに、そして虚ろな目をしてゆっくり斜め上を見上げ「夢であれ」と思ったのであった。

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