どうやら魔王は俺と結婚したいらしい

わいず

330

「シルク、次は右……そこから良い匂いがするよ」
「おっおぉ、それは分かったから落ち着け!」

興奮気味のアヤネを、どぅどぅと背中をすすって落ち着かせる。
これはあれだ、また走り出すパターンの奴だ。
暴れ牛を落ち着かせる様に優しく優しく落ち着かせよう。

「やっぱり走って良い?」
「ダメだ」
「どうしても?」
「どうしてもだ!」

そんな上目使いで見てきてもダメだからな。
こっちは足の危険を考慮して言ってるんだ、だから絶対に俺は首を縦に振らないぞ。
妥協して「分かったよ」なんて絶対に言ってやるもんか。
あ、これ……振りじゃないぞ、本気の奴だからな?

「今すぐ走りたい気分でも?」
「今すぐ走りたい気分でもだ」
「……けち」
「けちで結構」
「むぅ……」

すっごい睨んでる。
それだけなら良いんだが……肘で小突くのは止めてくれ、地味に痛い。

「ゆっくり歩くのも良いと思うぞ?」
「……」

なんだその、「うん」とも「いいえ」とも言えない顔は。

「えと、俺は……ゆっくり歩きたいなぁ」

苦笑いで言ったら、目を細めるアヤネ。
そして、俺に詰め寄ってぽんっと胸に手を当てて来た。

うぉっ、一瞬で心臓がばっくんばっくんしたぞ!
と言うか、アヤネの手柔らかい、それに暖かい。

「その方が、シルクは楽しいの?」
「へぁ!?」

ビックリした、密着されてる上に甘えた様な声出されたから変な声が出た!

「ぇ……ぇと、はい……楽しいかな?」
「ハッキリ答えて」 

くっ、これ以上近付いて来るな。
むっ胸が、あっ当たってる……やっやらかい。
それと、凄く良い香りがする……うぉ、手ぎゅっと握ってきた。

「そっその方が楽しい……です」

顔真っ赤にして呟く、なんでか知らないが敬語で喋ってしまった。

「そう、だったら我慢する」

そう言ったアヤネは、やっと離れてくれた。
よかった……あのまま密着してたら柔らかい感触でどうにかなってた所だ。

「感謝してね」
「あ、あぁ……感謝する」
「よろしい」

誇らしげに胸をむんっと張る。
……なんでそんなに偉そうなんだ?
まぁそんな事はどうでも良いか、こうしてゆっくり歩けたんだ。
ここは1つ安心して、ゆったりとした時間を過ごそうじゃないか。

安堵した俺は「じゃ、行くか」と話し掛けて前へ進みだす。

「あ」

その直後、アヤネが急に立ち止まった。
がくっ、と足がつまづき転けそうになるが、なんとか耐える。
なっなんだ? その良からぬ何かを思い付いた様な顔は!

まっまさか……走ったりしないよな?
身構える俺、焦りの汗が頬を伝う……。

「思い出した……」
「おっ思い出した?」
「うん、思い出したの」

って、あれ? 違ったな。
身構える必要なんて無かったな……。
いっいや、油断しちゃダメだ。
アヤネは極度の気分や、いつ「やっぱ走りたい」って言うか分かったもんじゃない。

何を思い出したのか知らない、とっ取り合えず警戒しながら聞いてみよう。

「思い出したって……何を?」
「昔の事」

微笑みながらアヤネは言った。
そして、天を見上げる。
その表情は、優しくて可愛くてなんと言うか別の人に見えた。

昔の事……。
今この瞬間に、それを思い出したのか?

「あのね、子供の頃……こうして歩いた事を思い出したの」
「ん? ……あぁ、そう言えば歩いた事あるな」

だが、俺も今思い出した。
アヤネが、いつ俺と歩いた時の事を思い出したのかは知らないが、俺は一番思い出に残ってる出来事を今思い出した。

アヤネも、その事を思い出したのか? ここに連れて来られる前のハロウィンの夜の出来事を……その事を思い出しながら、俺とアヤネは歩いていった。

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