どうやら魔王は俺と結婚したいらしい

わいず

197

ちょっと前の事だが、メェが両手で鬼騎を持ち上げ、医務室へいってしまった。

いや、驚いた……。
メェは小柄なのに、よくあの巨体を持ち上げられるなぁと思ってしまった。

鬼騎って身長2メートル、確実に越えてるだろ? 体重も重い筈だ。
なのに軽々と……女性がそう言う事やってのけると、惨めになるんだよな。
ほら、俺って体力ないし、力ないし、足遅いし……。

「はぁ……」
「なんじゃ? ため息なんぞつきおって、元気がないのかえ?」

俺を覗き込んでくるロア、なにやらニヤニヤ笑ってる。
このため息は、自分自身の貧弱さに呆れてため息をついただけだ。

「元気だぞ? だから、キスしようとするな、離れろ」

目を瞑って近寄るロアの頭を押さえる。
しかし、ロアはめげない、力を緩めない。
こいつ、何としてもキスしたいんだな。

「くふふふふ、別に照れんでも良いではないか、キスは何度もしたじゃろう?」
「付き合っても無いのに、する事じゃない……」

少し横を向いてそう話すと、ロアが俺の顔を触ってくる、くっくすぐったい……。

「ほほぉ? つまりはあれじゃな? 付き合えばキスはしてくれるのじゃな?」
「なっ、えっと、それは……」

ロアの吐息が熱い、妙に視線を感じる。
くっ、汗をかいてきた……それと変な感情が涌き出てくる。

そんな心境からか、辺りをキョロキョロしていると、アヤネが俺の方を向いて睨んでるのが見えた。
なんか今にも飛び掛かってきそうな体制をしている、え? まっまさか……飛び掛かってこないよな?

「くふふふふ、なぁんての、少しからかっただけじゃ」

とか、心配してたら、陽気な声でそう言って俺の頭を指で突っついてきた。
妙なからかいは止めろ、そんな意味を込めて睨んでやると、ロアは「くふふふ」と笑った。

ここでアヤネを見てみると、安心したのか、ため息をついて、ラキュの料理を見はじめた。
よっ良かった、飛び掛かって来たらどうしようかと思ったぞ。

「ラキュよ、今日の昼はなんじゃ?」
「トマトサラダにトマトのスープ、牛肉のトマト煮込みにトマトの果汁を混ぜたパンだよ」

ロアはカウンターに少し前のめりになって、ラキュに話し掛ける。
それを聞きながら鍋の中身を見ながら答えるラキュ、予想はしていたが、今日のお昼はトマト尽くしだ。
恐らくだが、この昼食を終えたとき、暫くトマトはいいや、そう思うだろう。

「トマトばっか」

アヤネの的確な突っ込みに、にっこりと笑って、お玉で鍋の中をくるくるかき混ぜる。

「そうかな?」
「うん」
「ふぅん、アヤネはトマトは嫌い?」
「好き、でも多くはいらない」
「くふふふ、なら問題はないよ」

いやいや、問題はあったやな? アヤネは多くはいらないって言ったよな? スルーをするな!

「全く、呆れた物じゃな、トマトは旨いが、そんなに大量には要らんじゃろう」
「美味しいなら良いじゃないか、それに卵焼きを大量に作った姉上に言われたくないよ」
「うぐっ……」

ラキュの言葉が深く胸に突き刺さったのか、椅子に深く腰掛け、口をとがらせながら「あっあれは……その、違うのじゃ」と、ぶつぶつ言い出した、毛先もいじって、すっかりいじけている。

しかし、大量の卵焼きか……それを聞くと思い出すなぁ、あれは凄まじい位の魔物あほ共の相手をして疲れたな。

「はい、もう直ぐ出来るから、姉上もシルク君も浮かない顔するのは止めなよ」
「なっ! そんな顔しとらんわ!」

ばっ! と椅子から立ち上がり抗議。
俺はそんな顔をしていたと自覚があるのでしない、それにラキュ相手に抗議しても軽く流されるだけだ。

「はいはい、分かったよ姉上」
「ぐぎぎぎぃっ、なんじゃその、バカにした様な顔は! ラキュよ表に」

その時だ、ロアが言葉を最後まで言い切る前に……それは突然訪れた。

グゴガァァァァァァァァァァァァァァッ!!!

轟音、空気を震わす様な轟音、いや……声か?
それが原因で、揺れる、食器が揺れる、身体も揺れる。
なっなんだ、何が起きた!?

余りの音に目を見開き席を立つ皆、ロアは俺の前に立ち周りを警戒している。

ラキュとアヤネはその場から動かずに臨戦態勢……バカ話しをしていた平和的な雰囲気が一瞬にして殺伐した物になってしまった。

……声はまだ響いてる、あれだけの声だ、止むのには時間が掛かるだろう。
だが、今こうしているだけでも、確実に声は小さくなってきている。

「っ、この音は……足音かえ?」

その時、ロアが何かを感じ取った、目線は扉に向けられる。
ロアに釣られて、皆も扉を見る。

そしたら俺の耳にも聞こえて来た。

タッタッタッタッタッ……。
慌ただしく走る足音、こっちに近付いて来ている。
ごくりっ、唾を飲み込み暫くした後……。

バタンッ!
豪快に扉は開かれた。
現れたのはメェだった、息を切らして「でぃ……でぃ……」言っている。

乱れた服を直しつつメェは息を整える。
ロアが「どうした? 何かあったのかえ?」と聞くと、メェは、ずんずんと俺達の方へ歩きながら言ってきた。

「たっ大変です! きぃ君が目覚めて起き上がったと思ったら、何でか知らないですけど、大声上げて白目向いて倒れたですぅぅっ」

涙ぐむメェの訴えに全員が沈黙した。

「またか……」

そんな時、ラキュがぽつりと呟いて、苦笑いする。
ロアも、「何事かと思えば……」と、呟いた後ため息をもらす。

「なっ、なんです、その表情は! きぃ君が倒れたですよ? 立て続けにですよ? 心配するですよ!」
「いや、メェよ……それは毎度の事じゃろ? 流石に驚かんよ、まぁさっきの大声には驚いたがの」

……また雰囲気が変わった。
アヤネは、何が起きてるのか分からず首を横に傾けていた、俺も、アヤネと同じ反応をしている。

「うっ、そっそれはそうです、けっけど! 今回はメェは何にもしてないですよ? きぃ君が勝手に声をあげたです!」

なんか、よく分からない話をしてる。
あっ、アヤネが俺の隣にやってきた。

「シルク、説明お願い」
「いや、すまん、俺も何が起きてるのか分からん」

鬼騎がメェを前にして挙動不審になるのは知ってる、だが、今起きている事は理解不能だ。

鬼騎が勝手に声をあげて倒れた? 一体何があったんだよ。

「むぅ、良く分からんな……詳しく説明するのじゃ」

ロアも分かってない様子、メェは「わっ分かったですよ」、そう言って説明し始める。

「えとですね、あの時は、きぃ君を膝枕しながら看病してたです」

膝枕……か、恐らく鬼騎が気が付いてたら相当ドキドキしてて目を開けられなかっただろうな。

「汗とか拭いて看病してたら、きぃ君が目を開けて起き上がったです! そしたら……」

そしたら?

「メェの胸に、きぃ君の顔が当たったです、むにゅんって感じにです」

……なっなるほど。

「そしたら、大声あげたです」

おっおぉ。
それは、その……あれだな、凄い事があったんだな。

「ふむ……なるほどのぅ」

ロアは難しい顔をして、頬をかく。
そして、真っ直ぐメェを見つめてこう答えた。

「その胸のせいじゃな」

そう言って、メェの胸を軽くビンタした。
そしたら、ぽよんっと揺れた、俺は視線を反らす。

「めきゃっ! なっ何するですかぁ!」

胸を押さえて、赤面してロアを睨み付けるメェ。
それに対して、ロアは鼻息を勢い良く出す。

「まったく、開眼して起き上がって、巨乳に顔を埋めたら、大声を上げるじゃろう、それに相手は鬼騎じゃ、あやつには刺激が強すぎじゃ」

確かに、ロアの言う通りだ。
俺の場合は、目の前の相手を突き飛ばしそうだが……鬼騎なら、大声上げて気絶くらいするだろう。
普段、あんなだからな。

「めっメェは巨乳じゃ無いですよ! 一般的です!」

ぴょんっ、と跳ねてロアに詰め寄るメェ、ロアはそんなメェの頭を手で押さえて進行を止める。
と言うか、メェの言葉に突っ込みたい事があったんだが俺からは言わないでおこう、それに……。

「それが一般的じゃと? ヴァームを見てみろ! あの胸を3割り増ししたサイズが一般的じゃ!」

ほら、ロアが言ってくれた。
と言うかロアよ、恐ろしい事を言うな、ヴァームが聞いたら、またお仕置きされるぞ?

「と、それは置いといて……メェよ」
「なっなんです?」
「取り合えず、1人で医務室に寝かせて置いてやるのじゃ」
「うっうぅ……それで大丈夫です?」
「大丈夫じゃ、安心せい」

ロアの言葉を聞いたメェは、少し間を開けて頷いて「分かったです、でも濡れタオルは乗せるだけは良いですよね?」と答えて部屋から出ていった。

それを見送った後、メェが大きくため息をはいた。

「まったく、鬼騎もメェも騒がしいのぅ」

それは、確かにそうだ、お陰で昼飯を食べるのが遅くなってしまった。

「くふふふふ、後でまた気絶したね? ってからかってあげよっと」
「いや、それは勘弁してやれ」

俺の言葉に耳を向けずに不適に笑った後、ラキュは呆れた顔をして両腕を広げる。

なんと言うか、鬼騎は色々と考えた結果、耐えきれなくなったんだろう。

だが、多少は声を上げるのを我慢したんじゃないか? まぁそうかどうかは分からないが……。
えと、つまりだ、鬼騎は自分なりに頑張ったと言う事だ。

そう思ってみると、俺は何もしていないな。
いや、前と比べてロアの誘いには乗っていると思う、だが、それだけじゃダメなんだろうな……。

ナハトとロア、現在いまを生きて、同一人物なのか見極めないとダメだ。

恐らく今のままじゃダメだ、ずっとロアの誘いが来るのを待ってるだけじゃ進展しない。

っ! だったら、向こうから来るのを受け止めるんじゃなくて、こっちからも行かないとダメなんじゃないか?
突然出て来た考えに身震いする、そして考えるまでもなく俺は答えを出した。

俺から誘って見よう、ロアの事を見極める為に……。

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