どうやら魔王は俺と結婚したいらしい

わいず

14

いつもの通りお姫様抱っこされる俺、いつもの通り着替えさせられ移動中だ。
なんでだろうな……こう言う事をされるのにも早くも慣れ始めてしまった。
理解したくない思いを振り払い前をみる、今は朝食を食べに食堂に行く途中だ、食事前くらい前向きでいよう。

「今日は何を食べようかのぅ、やはり肉かのぅ、くふふふっ」

にこにこ笑うロアの下で暗い表情の俺、今から行くのは食堂なのだが普通の食堂ではない、ロア専用の食堂だ。
普通の食堂に比べて小さな部屋だが豪華な作りになっている、俺もそこで食事をするんだが……そこにいる料理人、個人的に苦手なんだ、初めて見た時はビビった、何故なら見た目が怖かったからだ。
ふんっふーんっーー
と軽快に鼻唄を奏でるロア、あぁ憂鬱ゆううつだ。

「おっはようなのじゃ!」
「おはよう……」

暫くしてその部屋に辿り着き朝の挨拶と共に部屋に入る。
そこから見える内装はピカピカの机が中央にあり、その奥にはきちんと整備された厨房が見える、その中央には料理人が立っていた…あぁやはり何度見ても怖いな、そいつは大きな身体で大きなフライパンを振るっている姿が見えた。

「おぅ来たか……まぁゆっくりしてけや」

粗暴な喋り方、どすの聞いた声が聞こえて来る、その瞬間俺の身体はびくんっと跳ねる。

「ん? どうかしたのかえ?」
「なっ何でも無い……と言うかそろそろ降ろしてくれ」

疑問を浮かべつつもロアはようやく俺を降ろしてくれた。
俺とロアは高級感溢れる椅子に座り厨房の方を向く、そこにいたのは鬼、昔話とかに出てくる鬼である。
猛々しい肉体、赤銅色肌、屈強な腕でフライパンを振るうのはこの城の料理長にして料理の鉄人、名を鬼騎ききと言う。
見た目はいってしまえばガチムチ兄貴みたいだ、全体的に筋肉質なのは言うまでも無く、白のコックコート皮の服からでもはっきりと解るくらい筋肉が盛っている。
頭には鬼特有の角が2本あり、髪型は黒髪オールバック……因みに身長は2mらしい……濃い表情とあの体格に似つかわしくない程のフライパン捌き……うん、流石料理長なだけはある、雰囲気も何処か威圧感があり、鋭い瞳でコンロの火とフライパンの中の食材を見つつ調理をする姿を見ると…なんか変な感じがしてくる。

「鬼騎! 今日も肉を頼むのじゃ!」
「また朝から肉か? 元気なこった……」

そう言いながら俺とロアは席に着く、ロアの注文に呆れつつも何処か嬉しそうな鬼騎……口元をにやつかせながら調理していく、そして俺をじーっーーと睨んでくる、おっ恐ろしい……何が恐いって? ずっと睨んでくるからだ……え? 俺何かしたか? 別に何もしてないんだが……ぐっ! こんなに睨まれていたら威圧感が半端じゃない!
そんな怖い鬼騎だが、料理を愛する良い鬼だ、それは解ってるのだが恐い物は恐い、まぁ何日か経って何度も会ってるから今は少し慣れ始めたんだが…当分は怖がるだろうな。

「ん? シルク震えておるのか?」
「いや…別に震えてはいない」

何時の間にか身体が小刻みに震えていた…この事をロアに知られたら何を言われるか分かったもんじゃない!

「しぃ坊、あんさんは何を食べたい? いつのトーストで良いんか?」

鬼騎は俺の事をしぃ坊と呼ぶ…何か子供っぽい呼び方で止めてほしいんだが、怖いから言い返せないでいる。

「あぁ……何時も通りトッピングはベーコンと目玉焼き、付け合わせにサラダ、あと食後に紅茶を飲みたい」
「おぅ、少し待っとけや……」

ドスの聞いた声が俺の恐怖心を更に昂らせる、あぁ因みに鬼騎は人間界に来るまでベーコンと言った加工食品、食後の紅茶と言った物を知らなかったらしい…。
魔界では肉はただ焼いて食う、パンと言う物は存在しない、喉が乾いたら水を飲んでいたらしい、魔界にいた頃の鬼騎はその食事が気に入らないと思いつつ色々と工夫して魔界で料理の鉄人と呼ばれたらしい…で、人間界に来ておもむろに街を歩いていたら料理に関する本を見つけた、それに度肝を抜かれ今に生かしている、「正真正銘のプロだ!」俺は正直にそう思った。

「ぬふふふーっ、にーくっにーくっじゅーしーじゅーごっぱくぱくむしゃむしゃ旨いのじゃー!」

と、俺が色々考えてる隣で陽気に謎の歌を歌ってる奴がいるな、何だよ「じゅーしーじゅーごっ」って、訳がわからない…。

「むっ、何じゃその顔は! わらわの歌はつまらんって顔じゃな…」

じとーと俺を睨んでくるロア、正直に言うと全くその通りだよ…だがそれを口には出さない…きっと物凄く厄介な事になるに違いないからだ。

「そんな顔してないぞ?」
「そうか……ならば良いのじゃ」

そう言って厨房の奥を覗く、俺はふぅ…ーーとため息をはく、その時だ。
良い匂いが部屋いっぱいに広がった、鬼騎が片手に皿を乗せてこっちにやって来た、皿の上には旨そうなステーキ……横にはポテト、これが毎朝ロアが頼むメニューの内の1つだ、その皿を机に置き、ロアを見る。

「熱い内に食ってくれ しぃ坊はもう少し待ってくれや、直ぐ出来る」
「あっあぁ……分かった」

それだけ言うと鬼騎は厨房に行ってしまう、駄目だな……近くに来られると身体がすくんでしまう。

「うぉぉー! ステーキなのじゃぁ! 何時もの事ながら素敵な出来なのじゃぁ! ステーキだけにのぅ……くふふふふ」

場が凍り付く事を言うな! 心で突っ込みを入れる俺をよそにステーキに食らい付く、このステーキと言う料理も魔界には無くて鬼騎が参考にして作った物だ。
物凄く旨そうだ……いやこれは確実に旨いだろう、と咥内に出てくる涎をのみ込む俺、ぱくぱくっーーとフォークにステーキを突き刺して食べるロアに対して、ギロリッと睨みを効かせる。

「おい……テーブルマナーは守れよ?」

ロアを一睨み……こっ怖い! ロアも身がすくんだのか、かくかくーーと身体を震わしている、苦笑しつつステーキを皿に戻しきちんとナイフとフォークで行儀良く食べる。
何だよあの睨み……今のが夜道だったら俺は倒れて泡吹いてたぞ? だからテーブルマナーは絶対に守らなければならない、何故なら鬼騎は料理を行儀良く残さず食べない奴には容赦なく怒るやつなのだ、まさに鬼の様に……。

「……あむ」

鬼騎を恨めしそうに睨みつつステーキを一口、すると直ぐに笑顔になる、案外ちょろい魔王なんだよなぁ……なのに俺ときたら未だに手に負えないでいる、少し情けなくなってきた……と落ち込んでいた時だ。

「しぃ坊、出来たぞ」
「あぁありがとう」

頼んでいたトーストセットがやって来た、恐怖を感じるのは此処まで、後は料理を楽しもう。

「いただきます…」
「おぅ食ってみろ」

何時も思うが鬼騎は俺が料理を食べると笑顔になる、その笑顔は赤ちゃんが見たら戦慄を感じ大泣きさせる笑顔…本人は満面の笑みのつもりなんだろうなぁ、しかし何故俺が食べてる時にそんな笑顔になるのだろう? 疑問に思いつつトーストをかじる。
サクっーーと綺麗な音が鳴り、ふわふわとした食感を感じた、鬼騎の料理はどれを食べても旨い、それはトーストにも含まれる、小麦本来の味がちゃんと出ていると思う……あとトーストに塗ったバターの味もかくべつだ、仄かに甘く少しの酸味がある、これなら何枚でも食べれそうだ、これは勉強の賜物たまものと言う訳か……ん?

「毎度毎度、旨そうに食べるのぅ」

何時の間にか隣でにやにやしているロア、なんだよ人が食べてるのを見るな。

「そりゃ、旨いからな……」

俺は無意識の言葉が出てしまう、すると鬼騎は誇らしげに鼻を擦る……照れているんだろう、この仕草を見て良い奴だと俺は確信したんだ、感情を上手く表現できる奴に悪い奴はいないと俺は思っている。

「おい、しぃ坊」

急に名前を呼ばれたからびくっ!っと身体が跳ねる、なっ何だ? さっきより視線が熱い……こっ怖すぎる!

「なっなんだ?」

震えそうなのを堪えつつ返事する、あっ……今、声が裏返ってしまった。

「夜にお前の部屋に行くから大人しく待ってろ、ロア嬢良いよな?」

そう言うと鬼騎はあの笑顔を見せる、やばい…殺される! と一瞬脳裏に過ったが、直ぐにそんな事は無いだろうと思う事にした……なっ無いよな?

「別に構わぬ、では夜に会えぬ分昼間にスキンシップするのじゃ! さぁシルクよっ食べ終わったら城下町に行くぞ!」

なんて事だ……夜に鬼騎に呼ばれたってだけでも心臓がどきどきしてるのに昼間にロアと強制的スキンシップだと!? あっ、これは何時通りか……ロアも厄介だが、ある意味鬼騎も厄介だなぁ、と染々思いながら旨いトーストを食べる。
鬼騎の呼び出しか……何の様かは知らないが一応用心しておこう。

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