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スクールカースト殺人教室(新潮文庫)

堀内公太郎

プロローグ


   プロローグ


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   最後のお願いです。

   今度の月曜日、いつもどおりに来てください。

   来てくれなければすべてをバラします。


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 足音を忍ばせて、暗い廊下を歩いていく。一晩中、締め切られていた校舎には、梅雨の湿り気を帯びた熱気がこもっていた。そっと足を運ぶだけでも、あっという間に額や首筋に汗がにじんでくる。

 はねまさるは担任を務める一年D組の教室の前で足を止めた。音を立てないように神経を配りながら、扉を横にすべらせる。中から、さらにむっとした熱気が流れ出てきた。窓から差し込む明るさが、室内を薄黄色く照らしている。生徒がいない教室はやたらと広く見えた。この時間に来たときに、いつも感じることだ。

「……いるのか」ささやくような声で呼びかける。

 しばらく待ったが、返事はなかった。まだ来ていないようだ。

 左腕の時計に目をやる。婚約者のもとはしゆうから今年のバレンタインにもらったものだ。ネットで調べると、定価十五万円とあった。まずまず高級だったことで、気に入って使っている。

 時刻は、午前三時になろうとしていた。まもなく相手も来るだろう。心を落ち着かせるため、羽田は短く息を吐いた。

 まさか向こうから脅迫してくるとは思いもよらなかった。少しなめていたかもしれない。二度とこのようなことをしないよう、今日はしっかりと分からせる必要がある。

 こちらも向こうの弱みは握っている。人生を破滅させるほどの弱みだ。強めに脅しておけば、すぐにおとなしくなるだろう。そのあたりは自信があった。

 教室に入って扉を閉める。教壇に上がると、教卓に手をついてぐるりと見渡した。羽田が支配するクラスだ。

 あと二十日ほどで一学期が終わる。ここまでは実に満足のいくクラス運営ができたと自負している。それもこれも、前回の反省から、生徒の力関係を踏まえた戦略を立てたからだろう。

 三年前、二十三歳で初めて担任を任された際は、クラスにおける生徒の序列の重要性がまったく分かっていなかった。押さえるべき生徒を押さえることができず、気がついたときには、クラスの生徒全員からうとまれ、無視され、邪魔者扱いされていた。

 そのうえ、クラスで《王様》として君臨していた男子生徒の母親がなにかにつけて学校に怒鳴り込んできたため、肉体的にも精神的にも追い詰められ、一年間、休養を余儀なくされてしまった。

 昨年の秋に復帰した。二学期、三学期と無難にこなしたのち、この四月から再び担任を任された。普通なら、これほど早く担任に戻れることはない。すべては校長であるいずみのおかげだった。泉田には仲人なこうども頼んでいる。式を延期することが多少気になるものの、今後、ますます後押ししてくれることだろう。

 中心的な生徒を見つけて押さえる──クラス運営で大切なのはそれだけだった。

 押さえると言っても、押さえつけるわけではない。むしろ逆だ。多少外れていることでも、彼らについては基本的に肯定する。意見を尊重し、冗談には笑い、コミュニケーションを密にする。それだけで彼らはこちらを《いい先生》だと思ってくれる。あとは簡単だ。彼らさえ味方につければ、その他大勢はそれに追随する。

 やり方は、校長の泉田が教えてくれた。実は三年前にも言われていたのだが、当時は特定の生徒を贔屓ひいきするやり方に抵抗を覚えて聞き流していた。今回の復帰では、意識してそれを実践している。ベテランの経験は大切だと改めて実感していた。

 泉田のアドバイスのおかげもあるが、自分で加えたアレンジがさらにクラス運営をスムーズにしていると羽田は感じていた。クラスで《イジられ役》となっている数人の生徒を、羽田自身も積極的にイジるように心がけたのだ。

 羽田が《イジられ役》をイジると、ほかの生徒はウケた。中心的な生徒はもちろんだが、それ以外の生徒も見ていて楽しそうだった。それにより、クラスの大半を掌握できた。中心的な生徒を押さえただけでは、こうはいかなかったに違いない。

 結果的に、不登校の生徒も出てしまったが、四十人近くいるのだから脱落者が出るのは仕方がない。それよりも、刺激的な副産物が生まれたことのほうがありがたかった。日ごろの行いがいいからだろう。今日まで、ずいぶんと楽しませてもらった。

 窓へ近づいていく。空を見上げた。新月なのか、月は出ていない。いつもより暗く感じるのは、そのせいだろうか。この時間に教室に来るのは今日が最後になる。少し感慨深い気もした。

 背後で扉の開く音が聞こえた。腕時計で時刻を確認する。約束の午前三時を一分だけ過ぎていた。わざとらしくため息をつく。

「この俺様を脅したうえ、遅刻するなんていい度胸じゃないか」

 羽田はゆっくりと首をめぐらせた。

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