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俺様専務と崖っぷち令嬢~俺を満足させられたら~

ごとう深恵

一章 (2)

 瑠璃はぎゅっと握りこぶしを作り、目をきつく閉じる。

 どうして父と祖父が諦観しているのか理解しかねた。一方的に縁を切られた側としても、長い付き合いであれば抗議の一つや二つするはず。

 けれど──。

「蔵前のおじいさまと祖父は旧知の間柄で、喧嘩はすれども一日で関係修復していた、とのこと。そんな二人が、いきなりそんなことになるなんて、おかしいに決まっています。私は、蔵前のおじいさまに直接会って、ちゃんとお話したいんです。聞きたいんです。何があったのですか、と」

 事実に触れるまで、修復不可能でなければ諦めてはいけない。

 瑠璃の中に出された回答は、自分で動くことだった。

 きっと顔を上げて、バックミラーを睨み付ける。この表情を、きっと男は見ているはず。これが自分の意思で、捻じ曲げるつもりもない、と瑠璃は視線で強く訴えた。

 すると男は、ふーん、と興味なさげに息を吐き。

「そんなに聞きたいのなら、会わせてやろうか」

 流れる雲の如く自然に流してしまいそうな言い方でそう言った。男の言葉に、瑠璃は目を丸くする。本当ですか? と聞き返してしまいそうになったが、男が不敵な笑みを浮かべていたので聞くのを止めた。

 瑠璃自身、自分が世間とズレのある性格であると自負している。ただ、勘は人よりも優れている自信があり、男がタダで引き合わせるわけがないと直感した。

「すんなり会わせてくれるつもりは、ないですよね?」

「へぇ、案外頭の回転が速いみたいだな。そうだな……古典的、だけれど現代でも通用する条件を取ろうかと思ってる」

 古典的かつ現代的な条件。いつの時代も男が女に突き付けるのは肉体、特に性的な要求である。うまい話には裏がある、それが金銭だったり、肉体的なものであったり。いつの時代も変わらないものがあるのだ。

「私の身体、ですよね」

「ああ。まあ、でもな」

 男が言葉を詰まらせる。

 車は赤信号で停止し、車内には静寂が訪れる。

 さっきまで運転中でもずっと話し続けていたのに、どうして黙ってしまったのか。瑠璃には全く理解が出来ず、次の言葉を待つが口は閉じられたまま。信号が変わり、車が発進しても様子が変わることがない。

 車は錦糸町のとあるマンションの地下駐車場でエンジンが切られ、男はシートベルトを外して降車する。瑠璃も男に続いて車から出て、大きな背中を追う。

 一体、何センチあるのか。百五十以下の瑠璃は男を見上げては足を速める。身長に差があるということは、歩幅にも大きな違いが出る。いくら早歩きをしても、追い付かない。息が切れる。この男とデートをすることになれば、きっと簡単に迷子になってしまう。

 エレベーターの前で立ち止まると男は振り向いて、瑠璃を見下ろした。

「どうした。ああ、お前、小さいから歩幅も小さいのか。それで俺に付いて歩くのも息が切れるほど大変、と」

「い、今更っ、変に気に、かけない、でくださいっ!」

「今後気を付ける」

 エレベーターの重々しい扉が開き、男は瑠璃の腕を掴み、中へ引っ張り込んだ。小さな身体は男へと倒れ込みそうになったが、なんとか地に足を踏んばって体勢を整えた。

 男が押したのは二十階で、日中だから誰も乗ることもなく、そのまま二十階まで直行する。扉が開くと、男は瑠璃をひっぱりながら突き当りの部屋前で足早に移動する。部屋はカード式の鍵で、見たことがない形状だと興味津々に見つめる。

 ドアノブの接合部に鍵を入れ、一回転するとカチッと音が鳴り、五十ミリほどのドアが開かれる。瑠璃は靴を脱がされ、リビングまで利き手を掴まれたまま通された。

「ああ、そうか」

 男は瑠璃に鞄からカード型の鍵を一枚手渡す。

「俺が呼んだときにはこの鍵で開けて待っていろ」

「待っていろ、ですか。つまりは、ここに通わないといけないということですよね」

「お前が取引を断るのなら返してもらうが?」

 瑠璃にはもう選択肢など一つしかなかった。この男に従い、肉体的な関係を持つ。場所は高級ホテルでもラブホテルでもなく、男の住まいで。

 今なら断れるタイミング、ではある。が、若林組を、家族の今後を考えるのならば、男に身を委ねる以外に手段がない。

 ──私の身体で会社を存命させられるのなら、どうだって構わない。

「私、あなたにこの身を委ねます」

 カード型の鍵を両手に握り、真っ直ぐな思いをぶつけるように男を見据えた。

 先程と違い真面目な顔つきの瑠璃に対し、男はいきなり噴き出して瑠璃の頭をくしゃくしゃ撫でた。

「そこまで気合いを入れられると、俺もそれなりの覚悟がないといけないみたいだな」

「そ、それなりの覚悟ってなんですか! 私は、家や会社がかかっているんですよ! 命を懸けるぐらい意気込みと覚悟がないと」

 身を捧げるとは、単に身体云々ではない。心情にも必ず変化が訪れる。曖昧なままに生活ができないほどに、心が乱されるはず。両親や友人、近しい人間に察知されぬよう、日常の中で自分を演じなければ。

 瑠璃の真面目過ぎる雰囲気に、男は頭を撫でながら困ったように笑う。

「乱暴にしないから気を張るな。あと、な、確認を兼ねて一つ聞きたいのだが」

「はい?」

「お前、女子高生。いや、小学生じゃないよな?」

 男の心無い発言に、瑠璃は一瞬にして硬直した。

 車の中で言葉を詰まらせていたのは瑠璃の体型を気にしていたのか。瑠璃は今年で二十歳を迎えたが、年齢に関して数えられぬほどに間違われてきた。しかも、大抵が小学生だ。いつものことだと流せばいいものの、どうしてかショックを隠しきれない。

「私はっ、大学二年生ですっ!」

 頭を撫で続ける男の腕を振り払い、瑠璃は子供のように威嚇をする。

「小学生でなくて安心した。さっきから幼女を抱くのかと我ながら兢々としていた。まあ、お前が本当に大学生なのか疑わしいが」

 小学生の誤解は解けたが、今度は大学生であることに疑いを持たれている。ショックを通り越して怒りが込み上げてきた。瑠璃はトートバッグから学生証を取り出し、男の顔の前に突きつける。

「これ! 見ても疑いますか!」

「なにこれ、一種の偽装?」

 堪忍袋の緒がぶちんと音を立てて切れる。耐える、耐えない問題ではない、と学生証を男の頬に叩き付けた。

 瑠璃が本気で怒っても、男は顔色一つも変えず、瑠璃を差し置いてキッチンスペースへ向かう。

「なぁっ、人の話を無視するんですか!」

「客人に茶を出すのを忘れただけだ。そこのソファに座ってろ」

 怒りが収まらず瑠璃は食い下がろうとするが、男は完全に口論を放棄している。聞く耳を持たない男の態度に瑠璃は腹を立てたが、仕方がなく指示された通りに座った。

 男性の家に訪れるのは生まれて初めてである。ふと気づいたその事実にはっとし、瑠璃の顔面はイチゴのように紅潮する。

「悪かった。ほら、ココアでも飲んで落ち着けよ」

 ソファに腰かけた瑠璃へと男はマグカップを渡してきた。仕方がなくカップを受け取る瑠璃であったが、ココアを出されたのが気に食わない。

 私だってコーヒーを飲めるのに、と内心でいじけつつも冷ましながら飲み始めた。少々のほろ苦さと優しい甘さが口いっぱいに広がる。牛乳でとかしたのか、味全体が柔らかくいつまでも飲み続けられる。

「なんだ、不満そうな顔をするなよ。俺はコーヒーが飲めないんだ」

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