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俺様専務と崖っぷち令嬢~俺を満足させられたら~

ごとう深恵

一章 (1)

 一章



 三十階建てのビルを見上げては俯いて呼吸を整える。飛び出しそうな心臓を深呼吸で落ち着かせては首を振る。

 ここで二の足を踏んでいては意味がない。そう思いつつも、足が動かせないのもまた事実である。突っ立っていても現状を打破できるわけではない。

 肩につくぐらいの黒髪をした若松瑠璃はトートバッグからスマートフォンを取り出し、目の前のビルの名称を確認する。

【蔵前グループ】

 蔵前とは、瑠璃の父親が代表取締役社長を務める建設会社若林組の主要取引先銀行があるグループ。蔵前銀行を中核としたグループ企業で、若松組は銀行の他にも蔵前不動産や蔵前建設とも深いつながりがある。

 瑠璃の祖父は、蔵前グループの頭取とは小学校からの長い付き合いであり、長く取引を行っていた。若松組の令嬢である瑠璃ももちろん頭取とも面識があり、可愛がってもらっていた。

 が、それもここ数ヵ月前までの出来事である。

 二ヵ月前に遡るが、蔵前銀行が若林組の融資を止めたのだ。事前の予告もなく、また当日の申告もないままの取引停止に、若林組は混乱に陥る。その翌日には不動産、建設と蔵前との取引を停止されたのだ。しかも一方的にだ。

 蔵前建設の下請けとして多く取引をしていた若林組は一気に窮地に立たされたのだ。更に、他の建設会社も一斉に若林組との取引を停止・取りやめてきたのだ。

 若林組でも元請けを扱っているが住宅のみで、残念ながら業者からの取引の停止によるマイナスをプラスに転じることはできなかった。

 このままでは、会社は倒産し、従業員どころか瑠璃の家族も路頭に迷うことになる。それだけは、阻止しなければならない。

「蔵前のおじいさまにもお考えがあってのこと。でも、私の家だけではなく社員の皆さまにも迷惑がかかっているもの」

 自分の意見に耳を傾けてもらえるかはわからないが、どんな手段も可能性が少しでもあるのなら、試してみる他ない。

 瑠璃自ら頭取へ直談判をする。それが良くないことだとは知っている、けれどもこうするしかできない。無能な社長令嬢という己の立場に対し憤りを覚えつつも、瑠璃ただ一人乗り込む。

 入り口を抜け、受付へと一直進する。

「あの、すみません。若林瑠璃と申します」

 受付嬢の二人は首をかしげるが、一人は瑠璃の顔を思い出したかのように、目を見開き、即座に俯いた。

「若林組の……若林瑠璃様」

 俯いた受付嬢が瑠璃の名を発すると、もう一人のショートヘアーの受付嬢は、えっ! と声を発し、二人の顔を交互に見たのだ。

「ええ、そうです。頭取に会いたいの。アポは取っていませんけれど」

「申し訳ございません。アポイントの有無、如何なる理由関係なく、上の者から若林組の関係者は社に入れるな、と」

 想像を絶する返答に、瑠璃は絶句する。如何なる理由があってもなくとも、蔵前グループは若林組を拒絶している。

 背中に刺さるような視線が注がれているのがわかる。ふっと瑠璃が振り返ると、瑠璃の名を聞いた社員が瑠璃を凝視していた。痛烈な批判と辛辣と冷徹な視線に血の気が引いていく。

 自分が、家が、若林組が蔵前グループになにをしでかしたのか。ここまで拒絶されるような何かをした記憶など全くないが、知らず、相手方が不利益を被った可能性はある。しかし、だとしても、何故ここまで拒絶をされなければならない?

「お帰り下さい。今、わたくしにはこのような言葉しか告げられません」

 黒髪の受付嬢は瑠璃へ冷たくも悲しげに口にする。一方的な通告に対して、瑠璃の小さな身体から力が抜けていく。そうして、その場にしゃがみ込んでしまった。

 あの痛々しい視線はずっと瑠璃に注がれ、動きたくとも逆に動けない状態が続いている。この場から一時も早く逃げ出さなければ、逃げなければ。そんな気持ちだけは先行するが、肉体は全くついていかない。初めて経験する抑圧に、涙が流れそうになる。

 ──誰でもいい、お願いだから助けに来て……。

 そう願った瞬間、瑠璃の身体がふわっと浮き、立った自分の身長以上の高さに視線が上がり、思わず目を丸くする。担がれている、そう気付くのさえも遅れ、ただ唖然とするしかない。

「せ、専務っ!」

 瑠璃を担いでいる大男が七三分けの壮年男性に呼ばれ、周りの視線が一気に瑠璃と男に集まる。身なりは標準的なスーツで、髪は少々癖のある黒い毛をしている。

 あまりにも目立ってしまっている。

 瑠璃は自分の立場の危うさ以上に、この状況に対して危機感を覚えて手足をバタバタし始めた。

「や、やめてください! 私は蔵前のおじいさまに会いに来たのです。どんなことがあっても、おじいさまに会って話をするまでは帰りませんっ」

「あー、あのじーさんはいない。ついでに上層部もいない。だから、暇な俺が暇潰しに話を聞いてやるよ」

 想定外の返答に、瑠璃だけでなく周囲の人間も呆気に取られる。

「ひ、暇っ、潰し、ですって!」

「そう、暇潰し。お前のしようもない直談判を耳に入れてやるだけでも感謝すべきだと思うが?」

 二言だけ交わし、瑠璃は直感する。

 ──この男は、とんでもないほどの暴君だ!

 俺様、傲慢、暴君、この三つは瑠璃の中では最悪の男である。誰とも付き合ったことはないが、この三パターンを持つ男と関わっても、ろくな事がないことは目に見えている。

 専務と言えど、自己中心的かつ他者を振り回す人間には不快感以外の感情を感じ得ない。

「は、放して!」

「その意見を呑むつもりはないけど。あ、相田、俺は今日あがるから上の人間には納得するような言い訳でも提供してやってくれ。まあ、親父にはメールで連絡する、夜にでも」

 夜に連絡する、とは、とんでもない男だ。とんでもないどころか、あまりにも破天荒で、眩暈を覚える。

 瑠璃の抵抗する力が弱まると、男は鼻で笑って小さな瑠璃を担いだまま外に出た。この格好のままでは醜態を晒し続けているようなもの。はっとした瑠璃が抵抗をする前に、ビルの前に停められていた自動車の後部座席に乗せられる。乱暴に押し込まれてではなく、腰掛けさせ、シートベルトを締められた。

「え……? なにこれ」

「なにこれって、交通ルールを守るのが常識だろうが。スピード違反もしないから安心しろよな」

 運転席に座った男も、シートベルトを絞めて、車のキーを回して発進させた。

 横暴な態度を取るのは会社だけで、外に一歩でも出れば社会のルールを守る。社会人としては当然のことかもしれない。だが、瑠璃からすれば家族のような社員に対しても横柄に振る舞うのは不快であった。

「ど、どちらに向かっているのですか」

「俺の家だけど? それは置いておいてとしてだ」

 ──いいわけがないのに、話題を置くのは自分勝手過ぎる。

「若松組のお嬢さんがわざわざたったひとりで直談判をしに来るなんて、肝が据わっているな。確か、あんたって幼稚園からずっとお嬢様学校に通っているんだろう? テンプレート的に考えると、お嬢様=か弱くて守ってもらいたい、とか、強情でわがまま、もあるか。あんたの場合は、後者だろうな」

「かっ、勝手に型に嵌めないでもらいたいです! 私は、ただ会社を、社員の皆さん守りたいだけです。勝手に融資や取引を停止したのは蔵前グループ。半世紀以上の長い付き合いなのに、お父さまは完全に諦めきっている。お兄さまは別の会社に勤めているから興味もない態度。おじいさまも興味がなさげで……どうすればいいのか」

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