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御曹司様のことなんて絶対好きにならない!

佳月さや

一途な軽快御曹司 (2)

 テーブル一卓を女子だけで固めれば、女子会のノリで飲み食いできる。ま、おしゃべりの声はトーンを落とさないとだめだけど。

 その日も私はいつも通り、知恵ちゃんやほかの女子社員と端のテーブルに座ってゆっくり焼肉とビールを楽しみ、たくさんおしゃべりしていた。

 その日一緒のテーブルに着いたのは私と知恵ちゃん、既婚者の先輩ふたり。

 仲のいい人たちに囲まれた席で私は食欲を全開にさせていて、牛タンに始まりカルビにロースにハラミ、さらにホルモンにミノ、と女子にしては多い量の肉を存分に堪能していた。


すずさんっておいしそうに食べるね』

 急に斜め上から聞こえた声にもぐもぐしながら視線を上げると、そこには眩しい笑顔を浮かべた我が社の御曹司・垣内将生課長がいた。

 同じ営業部に所属しているとはいえ、年上で課長の彼には普段、極力関わらないようにしていた。だいたい、一介の営業アシスタントである私と御曹司である垣内課長だ。あまりにも身分が違うし、話しかけるには畏れ多い。それに彼のキラキラした容姿とオーラは、地味な私には眩しすぎるのだ。

 彼の周りにはいつも取り巻きの肉食女子がいるし、仕事でも一緒になることがなかったし。この日まで六年、挨拶以上の会話をしたことは一度もない。

 突然のことに咀嚼していた肉をゴクリと飲み込むと『はぁ……』と腑抜けた返事をした。

 同じ部の課長に緊張するなんて、私もやはり御曹司というブランドに弱いのか? なんて心の中でツッコミつつそのまま固まっていると、垣内課長は笑顔のまま私の対角の席に座った。


『鈴木さんと話すのって初めてだよね? もう何年も一緒に営業部にいるのに変な感じだけど』

 ニコニコと話しかけられても、正直どう対応したらいいのか分からない。

 たしかに格好いい人だと思うし、そのスペックにキャアキャア言う女子社員の気持ちも理解できる。

 でも理解できるだけだ。私自身にそういう気持ちはない。

 微妙な表情で受け流す私に、さらに笑みを深めた垣内課長は突然爆弾を落とした。

『今度ご飯一緒に行こうよ。俺、鈴木さんが食事するところ、もっと見たいな』

 そのときの私の心情を素直に表せば「はぁぁぁっ!?」だ。まったく意味が分からない。初めて話しかけられた内容が食事の誘いってことも理解不能だし、ここで断らなければ明日からの会社員生活が大変な事態に陥ることも確実だ。垣内課長に憧れて玉の輿を狙う肉食女子には、よくも悪くもアグレッシブな人が多いってことをちゃんと知ってるんだろうか。とにかく、毎日いつくるかわからない攻撃にびくびくしながら過ごすなんて真っ平ごめんだ。うまく反応はできなかったけど、とりあえず断らなければとブンブンと首を横に振った。


 だがさすが、優秀な営業マンの垣内課長はそれくらいではひるまない。

『今度予定合わせようよ。俺、来週は忙しいんだけどその後は時間作れそうだからさ』

 爽やかに、けれど拒否するを与えず、にっこり笑顔を残して彼は違う席に移動していった。

 残されたのは断りの言葉を発するタイミングを逃して、口を開いたまま間抜けな顔で固まった私。そして目の前で起こった出来事に興奮している知恵ちゃんと先輩たち。ざわめきは隣のテーブルからそのまた隣へと伝わっていき、飲み会が終わる頃には周知の事実となっていた。

 そして翌日、尾ヒレも背ビレも付けた噂話が会社中を駆け抜けた。


『垣内課長が同じ部の女子社員に告白した』


 ……どうかしてる。告白なんてされてないし、だいたい興味を持たれたのは私じゃなくて私の食欲だ。男女の関係になんて発展するわけがない。

 だが肉食女子たちには無視できない情報だったのか、あちこちでチラチラ見られたりコソコソ話されたり。

 すごく不愉快だったけど、「次の噂が出たら忘れさられる」と思い無視することにした。下手に反論したら火に油を注いじゃいそうだったし。


 でもそんな私の予測は楽観的すぎたらしい。

 一週間後、私の席の隣に来て、再び垣内課長がのたまったのだ。

「食事、いつにする?」

「……行きません。この間もお断りしました」

 私の穏やかな会社員生活がかかっているのだと思ったら、意識したより強い口調で返答してしまった。私の口調に周囲の人の視線が集まったことを感じて、上司に対して失礼だったか、とちょっと後悔もした。でも課長には伝わらなかったらしい。

「あ、忙しかった? じゃあ、また来週にでも誘うよ」

 この間と同じにっこり笑顔を浮かべると、颯爽と仕事に戻っていった。

 その後半年、もう断られるのとセットなんじゃないか?と思うほど、垣内課長のお誘いと私の拒否が続いている。

 いい加減あきらめてくれないかなー。

 たかが同じ部の女子社員の食いっぷりだ。そこまで意地になって見るものじゃないだろう。

 それにそろそろ、肉食女子さんたちの視線に本気の殺意を感じるようになってきた。

 無意識のため息を零しながら、更衣室に寄るという知恵ちゃんと別れてエレベーターのボタンを押す。

 チンっと音を立てて扉の開いたエレベーターには乗客がいた。

 全員降りるまで横に避けて待っていると「おや?」っと声がした。

 中から出て来たのは垣内課長の十歳上のお兄様、キレ者と評判の垣内たかゆき常務だ。欧州支社長時代には数年で取引額を倍増させただとか、大きな買収を成功させたとか、仕事での成功話は私たち下っ端でも知っているほどのやり手。しかも垣内課長のお兄様だ、もちろん容姿も素晴らしい。仕立てのよいスリーピースのスーツを着こなす姿は近寄りがたいオーラを漂わせているし、弟よりも厳しい顔つきで甘さは控えめ。だけど課長に負けず劣らずの人気があり、女子社員にもファンは多いのだ。とはいえ取締役の彼にはおいそれとは近づけない。文字通り高嶺の花である。


「君、もしかして鈴木香奈美さん?」

 なんで常務が平社員の私の名前を知っているんだ!?

 疑問がそのまま私の顔に出ていたんだろう。返事のできない私にクスリと笑って常務は教えてくださる。

「弟が迷惑をかけてるみたいだね。兄として私からも謝らせてもらうよ」

 常務はプライベートでもキレ者らしい。弟がちょっかいかけてる女子社員のことまでも把握済みとは……。

 常務は笑顔で話しかけてくるけれど、全身から感じるその威圧感は半端ない。ひと回り以上年上だからか、常務という立場か、はたまた御曹司という生まれからくる品格か。いや、その全部かな。とにかく、常務のオーラにのみ込まれないように、

「いえ、大丈夫です」

 と、小さく息を吐いて返すのが精いっぱいだった。

「迷惑ってことは否定しないんだね」とおもしろそうな顔をしてニヤリと笑う。

「うちの弟意外と一途だからね、甘く見てると捕まっちゃうよ。鈴木さんも手強そうだけど、将生には勝てないんじゃないかなぁ」

 イヤイヤイヤ。私、食事には誘われても捕まえようとはされてませんから。常務まで勘違いしてます?

 この人たちは兄弟揃って答えにくいこと聞いてくるなぁ、と思いながら「はぁ……」と腑抜けた返事をした。

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