御曹司様のことなんて絶対好きにならない!
一途な軽快御曹司 (1)

一途な軽快御曹司
「ね、ランチ行こう」
「行きません」
「俺、奢るからさ」
「結構です」
「せっかく絶品オムライス見つけたのに?」
……絶品オムライス!?
ピタリと足を止めてしまった私の前に回り込んで、自慢げな口調でもったいぶる。
「好きでしょ? オムライス。ね、行こうよ。香奈美ちゃん、絶対気に入るからさ。だから、食べてるとこ見せてよ」
「……行きませんっ!」
あえて視線を合わせて冷静に言い切って、歩き出す。
食べてるとこ見たいって、なんだよ! 私は動物園の象かよっ!
心の中でツッコミ入れながらズンズンと足を進める。
「ホントもう、なに考えてるんだか分からないよ、垣内課長は! 人のことで遊んでさ、腹立つ!」
一緒にランチに来た同期の知恵ちゃんに八つ当たりしながら、ランチセットのサラダにガシガシとフォークを刺す。
「まぁまぁ、落ち着きなよ。しっかし、今日も垣内課長は相変わらず軽快だったねー」
知恵ちゃんは心底楽しそうだ。
友人に降りかかる災難をなんだと思っているんだか。おもしろいイベントかなにかのように、はやし立てるフシがある。
日課のように私を食事に誘う彼は、垣内将生。私たちが勤める、国内有数の規模を誇り、海外にも拠点を置く食品総合商社『株式会社KAKIUCHI』の社長令息で営業部課長。私より三歳年上の三十歳ですでに課長だ。
社長にはキレ者の長男がいるから後継者にはならないだろうけど、将来的に経営陣に加わるのは間違いないだろう。いや、本来ならもう役員になっていてもおかしくない。それなのに一般社員に交じって営業部の最前線で働いているのは、兄がトップに立ったときにしっかりと支えられるように、と希望したかららしい。自分の立場を理解し、仕事と会社に対して責任を持って真摯に向き合っているのだ。
明るくみんなに好かれる性格と、社長の息子に対するやっかみを言わせない営業成績。加えて王子様のような容姿を持つ彼は、まさに理想の御曹司といったところ。平均より高い身長と少しクセのある黒い短髪。アーモンド型の黒い瞳は思わず見入ってしまう美しさで、彼と話すときには注意が必要なレベルだ。女子社員のみならず、男性社員さえも魅了している。
その整いすぎた容姿と相まってチャラいと評されても仕方ないだろう彼なのに、育ちからくる品のよさなのか嫌悪される軽さはない。
「軽い」じゃなく「軽快」。それが彼を的確に評価する言葉だ。
「だいたいさ、あのスペックでモテないはずないんだから、わざわざ私にちょっかいかけるなっていうのよ! ホント、迷惑!」
「仕方ないじゃない。だって彼、香奈美を見ていたいんだからー」
ホットサンドを振りながら知恵ちゃんはニヤニヤとからかう。
「見ていたいのは私じゃなくて、私が食べているとこ限定だから! 食事シーンなんて見せる趣味なんて私にはないわよ」
ブスっとつぶやくと、トマトクリームパスタをくるくるフォークに絡める。
いかん、いかん。こんなに腹立てて食べたら、せっかくの食事をおいしく味わえないじゃないか。
このカフェのパスタランチはお値段もお手頃でハズレも少なくてお気に入りだけど、私の好きなトマトクリームの頻度が少ないのだけが残念だ。
食べることがなにより大好きな私は、〝食〟に対して異常と言ってもよいほどの情熱を持っている。休日に話題のお店に並ぶのはもちろん、ウィークデーのランチでも精力的にお店を発掘していて、短大を卒業してから七年、会社近くの話題のお店はほぼ制覇しているはずだ。
就職先にKAKIUCHIを希望したのも一番興味のある〝食〟を扱う仕事に就きたかったからだし、営業部に配属されてアシスタント業務をしている今も仕事が楽しくて仕方ない。取引先がいつもと違う商品を仕入れるのを伝票で見つけてはどんな料理に使うのか想像したり、新しい食材を一般の人より早く知ったり。〝食〟に関する好奇心を満足させているのだ。
中肉中背でたいした長所もない私だけど、たくさん食べても肥らないこの体質だけは自慢できる。おかげで、スイーツバイキングや職場で恒例行事として行く焼肉でも満足いくまで食べることができるし。なにより食べることが大好きなのだ。そうじゃないと前後の日に食事を抜いたり、バイキングの最後の一皿を迷った挙句やめたり、食事の楽しみが減ってしまう。
人間には三大欲があるというけど、食に関する欲が大きいからか、私はほかのふたつ、睡眠欲と性欲があまりない。
正確には睡眠欲は人並みにはあるから、性欲がないのだ。
おかげで恋愛はいつも受け身。二十七歳になった今も、自分から告白したこともなければ別れ話を切り出したこともない。もっと言えば付き合った人数だってふたりだけしかいない。付き合った期間も短いし、知恵ちゃんに言わせればいないも同然らしい。
「あーでも、絶品オムライスは食べたかったかもー。最近、おいしいのに出会えてないし」
心底残念そうに言うと、知恵ちゃんはまた笑った。
「そのセリフ、垣内課長ファンに聞かせたげなよ。そしたら睨まれなくなるって」
できることなら、私だってそうしたい。
課長がちょっかい出してくるせいで、玉の輿を狙う肉食女子たちにすれ違いざまに睨まれたり、お手洗いや更衣室でひそひそ話をされたり、平穏な会社員生活が送れていないのだ。私はなるべく関わらないようにしてるのに……。
うんざりした顔を上げてため息をついた。
「だいたいさ、課長が私にかまうのだって好きだからじゃないんだよ? 食事しているところを見たいだけって言ってるんだから、素直に受け止めて私なんか気にせずにアタックすればいいじゃない」
人のことを悪く言ってもなにも変わらない。でも、勇気を持ってアタックするなら可能性はゼロではなくなるんだし、よっぽど建設的だ。その結果フラれても自己責任、私には関係ない。
「でも、課長が香奈実の食べているところ見ていたいっていう気持ち、分かる気がするんだよねー。だって、すごいうれしそうに食べるし」
「だっておいしいモノ食べてるときって一番幸せなんだもん……」
なんか知恵ちゃんの言い方だと小さい子と一緒みたいだ。
仕事では後輩もできて、ここ数年少し自信も付いてきた。コツコツ着実な私の仕事スタイルと、ナチュラルメイクで無難な服装から、私の会社での評価は〝真面目で地味〟。
自分でもそれは間違ってないと思う。気の利いた会話とかも苦手だしね。
そんな堅実で穏やかな、地に足の着いた社会人生活がガラガラと音を立てて崩れたのは半年前。営業部の飲み会が発端だった。
うちの営業部は若い男性社員の割合が多いので、彼らの好みやヤル気アップを考慮した結果、飲み会が焼肉屋さんで行われることが恒例となっている。
女子社員にとっても実は焼肉屋さんはうれしい選択だ。メニューの性質上、席の移動はあまりないから上司の席で接待しなくても済むし、飲み物もジョッキでくるから面倒なお酌からも免れる。
幹事になった新人は各テーブルに飲み物が行き渡っているか神経を使うが、それ以外の女子社員にとってはゆっくり食事のできる飲み会なのだ。
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