極上男子シリーズ~クールな野獣弁護士の甘い罠~
オオトリ登場は暴君弁護士 (3)
五人で乾杯を終えてまだ十分ほどしか経っていないけれど、私はそんな悲観的な気分になって、徐々に会話をスルーし始めた。
そんなタイミングで……。
頬杖をついたまま伏せていた目線の先に、スーツの袖口から伸びた大きな手が向かい側の椅子を引くのが見えた。
「なんだ? 開始早々からつまんなそうな顔してる女がいるな」
私がハッとして顔を上げるのと、男性陣が反応するのはほぼ同時。
「あ、やっと来た」
パイロットの彼が、そう言った。
私はゆっくり目を上げながら、椅子に座る彼に視線を走らせる。
「悪かったな、遅れて。……お前ら、女の子につまんなそうな顔させるなよ」
ネクタイを緩めながら男性ふたりにかける声は、低く落ち着いたトーンで、耳に心地いい。
「前の席の彼女、二条さんが来るの楽しみにしてたんですよ」
国家公務員の彼がそんないらん情報を暴露する。『二条さん』と呼ばれた彼が、「へえ?」と口角を上げるのを見て、私が顔の前で手を振りながら、
「そんな、別に楽しみになんかしてません!」
そう言って慌てて否定すると、『二条さん』が、上目遣いに私を見た。
途端に……。ドクンと、大きく鼓動のリズムが乱れるのを感じた。またしてもさっきと同じように、ゴクッと唾をのんでしまう。
イケメンの仲間はみんなイケメンなのかと、真剣に思うほど。『シャイ』と聞いていたのに、私の前には恐ろしく色気のあるちょっと大人な男性が座っていた。
ひと目で上質な高級ブランドとわかるダークグレーのスーツ。今緩めたネクタイは、品のいいベージュのペイズリー柄。
癖のないすっきりと整えられた黒髪。男らしいきりっと上がり気味の眉に、高い鼻梁、薄い唇。
夏の日焼けが少しだけ残った精悍な顔立ちで、落ち着いた大人の色香が漂うイケメンだ。
私の勝手な『弁護士像』は、メタルフレームの角ばったお堅い印象の眼鏡に、もやしっこみたいな白い肌というのが固定観念になっている。『今までお勉強しかしていません』っていう超真面目タイプの弁護士にしか会ったことがない。
仕事で関わりがあるぶん、会話はなんとかなると思っていたけれど、この先お付き合いに発展する相手としては、あまりにおもしろみがなさそうな気がして、個人的に期待が薄かった。
でもこの人……二条さんは、私の固定観念を完全に覆す弁護士さんだ。職業を表すように知的で落ち着いた雰囲気で、文句のつけどころがなくカッコいい。
これだけタイプの違うイケメンを揃えられるなんて、舞子ちゃん、すごいなあ~、なんて、変な感心をしてほおっと息をついたとき。
「…………」
私に上目遣いの視線を向けた二条さんが、目も口も大きく開けて放心しているのに気づいた。まばたきも忘れたように見つめられていることにドキッとして。
「……あ、あの。なにか……?」
胸に手をあてながらそう尋ねると、彼はハッとしたように私から目を逸らした。そして、まるで何事もなかったかのように、スマートに名刺を差し出してくる。
「すみません。ぶしつけに。……二条と申します」
とっさに両手で受け取ったけれど、彼の様子に無意識で首を傾げた。
けれど、二条さんは私にはおかまいなしで上着の胸ポケットに手を突っ込んで……。
「失礼。タバコ、いいですか?」
そう言いながら、外国産の赤いタバコの箱をチラッと私に見せてくる。
「あ……どうぞ……」
愛想笑いを浮かべながらも、ほんのちょっと彼に対する評価が下がる。
タバコを吸う男は嫌いだ。だって煙たいし、同じ空間にいるだけで服に臭いがつく。
でもまあ、初対面だし。ちゃんと断りを入れてきたし、イケメンだし……ってことで、最初の一本は許そう、と見逃した。
「ありがとう」
私の返事を聞いて、二条さんは箱から一本取り出すと、その薄い唇にくわえた。銀色のオイルライターをカチッと鳴らして、目を伏せながら左手で囲い込むように火をつける。
タバコは嫌いだけど……その仕草が妙に似合っているから、つい見惚れてしまう。
二条さんは私の目の前で深く煙を吸い込むと、顔を横に向けて気持ちよさそうにフゥッと吐き出した。
「なあ。君……」
そのタイミングで彼は目線を上げて、私にそう呼びかける。
それを聞いて我に返った。私も、自己紹介くらいはしないと!
「あの、申し遅れました」
バッグをあさってピンクの名刺入れを取り出した。
「私、古橋奈央と言います。えっと……」
会社名を続けてから、さっきもらった二条さんの名刺を今度はしっかりと確認した。そして……。
「知ってる。法務部の、古橋奈央さん」
「え、二条桜亮……?」
お互いの名前を声に出したタイミングは一緒だった。
その途端、彼が吐いた煙が、思いっきり私に襲いかかる。
「うっ……」
不意を突かれて、思わず咳き込んでしまう。彼も、「あ、悪い」とつぶやいた。
「正直驚いた。まさかこんなところでご対面できるとはね」
そう言って私の名刺から目を上げると、二条さんはタバコをくわえながら大きく足を組んで背もたれに身体を預けた。
「そ、そうですね……」
さっきより少し砕けた口調の二条さんに微妙に引きつりながら、私は名刺をテーブルに戻して目を伏せた。
二条桜亮。
今まで顔を合わせたことはない。だけど私は、彼の名前も連絡先も知っている。ついさっき……ほんの数時間前にも、メールでやり取りをしてきたばかり。
彼はうちの会社の顧問弁護士で、まさに私の仕事相手なのだ。
電話で話したこともあるけれど、声を聞いただけじゃ気づけなかった。そもそも、彼がこんなにイケメンだなんて聞いたこともなかった。まさか合コンの席で出会ってしまうなんて、想像できるわけがない。こういうとき、どうしたらいいんだろう……。
「お、お世話になってます……」
とりあえず、引きつりながらも笑顔を向けてみる。
けれど。
――あれ? さっき二条さんは、私を「知ってる」って言わなかった? それにさっき私を見た途端に放心状態だったのって……。
「あの……お目にかかったこと、ありましたっけ?」
二条さんの言葉が引っかかり、首を傾げて尋ねる私の質問を、
「そうだ。古橋さん」
彼はシレッと遮った。そして。
「君のとこのM&Aの件で、俺が法律アドバイザーとして今後ちょくちょく顔合わせることになるから」
「へっ……?」
私に振ってきたのは、仕事の話だった。今うちの会社が、ヨーロッパのリース事業拡大の一環として力を入れている大型案件について。来年度中の合意を目指している企業買収の話題。
なんの話かはもちろんわかるけど、この場で話題にされる意味がわからない。
「来週から、週に三日、そっちの会議室を使わせてもらうことになる。部長から聞いてないか?」
「……聞いてませんけど」
返す声も、自分でもわかるくらい刺々しくなってしまう。目線を伏せて、なみなみと注がれたビールのグラスを傾けた。
合コンの場だというのに、私の質問は完全スルー。その上……。
「う……」
またしても、煙をお見舞いされる。一度目は気にしてくれていたのに、二条さんはもう気を配ってはくれない。ただ黙って目を向ける私の前で、来週からの仕事のことを話し続けている。
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