極上男子シリーズ~クールな野獣弁護士の甘い罠~
オオトリ登場は暴君弁護士 (1)

オオトリ登場は暴君弁護士
鏡の中の自分に、私は厳しい視線を向ける。
昨夜、録りためたドラマの先が気になってつい夜更かししたせいで、すっかり寝不足。おかげで業務終了後の今、目の下に薄いクマが目立つ。これは隠さなきゃ、と、コンシーラーを伸ばした。
その上からパウダーファンデーションをはたいて、アイブロウで少し崩れた眉の形を整えた。ファンデーションを直したら、アイシャドウもぼやけてしまった。もちろんこれも直さないと。
ちょっとかわいらしく仕上がる、発色のいいピンク系のアイシャドウをまぶたにしっかりと塗って、目をくっきり大きく見せるためのアイラインを引く。ブラウンのアイラインにした方が、私の場合少しやわらかい印象になる。
「……奈央さ~ん……」
オフィスのトイレ内の化粧台に並んで立っている後輩が、困ったように私を呼んだ。
ん?と首を傾げながら横目で見ると、アフターファイブに向けて準備万全といった感じでひとつ年下の後輩……経理部所属の宮沢香帆がじれたようにローヒールの爪先で床を蹴飛ばしていた。準備万全……とは言っても、二時間前に見かけたときとそれほど変わりはないけれど。
「この時間からフルメイクしなくても、奈央さん、じゅーっぶん! 綺麗ですから~」
そう言われて、ビューラーを持った手をピタッと止めてしまう。
なにを言ってるの。まだまだこの程度で満足してはいけない。そうは思っても『綺麗』という言葉はまんざらでもなく、私は再び鏡の中の自分を注視した。
小顔なのは自覚している。その顔を構成するそれぞれのパーツもわりとバランスよくて、少なくとも、私は自分の顔が嫌いではない。
綺麗に形作った眉尻は、ちょっと吊り上がり気味。スッと通った鼻筋に、大きな二重の目。下唇の方がわずかに厚いぽってりとした小さな口。
そう、私は一般的に見て、〝美人〟と呼ばれる部類に入る。それはもう幼い頃から言われ慣れて自覚しているし、これまで二十八年間、自分でも努力して磨いてきたつもりだ。
「そ、そう?」
だからこそ、褒められてうれしい気持ちは隠せない。つい頬の筋肉を緩めながら、鏡越しに香帆ちゃんを見た。
「そうですよ~」と、香帆ちゃんが胸を張った。
「そんな気合入れてメイク直さなくても、今日の合コンの男子はみんな奈央さんのもんですからっ」
ため息交じりにそう言いながら、香帆ちゃんは左手首の腕時計に視線を落とした。
「あと十分なんです~!」
「ご、ごめん」
そう言われてハッとして、私は慌ててメイク道具をポーチにしまった。
自分ではまだちょっとやり残した感があるけれど、香帆ちゃんから見て『綺麗』と言ってくれるなら、それほど直す必要もない。女の見た目に関しては、同性の意見を信じていい。
「舞子ちゃんは?」
私を誘ってきた張本人、今日の合コンの幹事の楠舞子の所在を確認しながら、最後に髪の具合を確認した。
さすがに巻き直すことはできなかったけれど、背中まで伸びた茶色い髪の毛先には、朝のカールがほどよく残ってくれている。
「舞子なら、先に行ってます。なんでも、幹事同士で話すことがあるからって」
香帆ちゃんの返事に、「そう」とだけつぶやいて、私はようやく鏡の前から離れた。
先に準備を済ませた香帆ちゃんと向かい合う。あまり身長差はないけれど、ローヒールの香帆ちゃんの目線の方が私より少しだけ低い。
香帆ちゃんは私を少し見上げながら、ふふっと笑った。
「でも、ちょっと意外でした。後輩に誘われた合コンに、奈央さんがこんなに気合入れてメイク直しするとか」
なんの気なしに言われて、私は思わず口ごもる。
法務部の私と、財務部の舞子ちゃんは、普段から仕事での付き合いもあり、私の方が一年先輩とはいえ、それなりに親しくしていた。そんな彼女が幹事を務める合コンに誘われたのは、つい先週のこと。
『男側に、弁護士がいるとかで。シャイな人だから、法律の話が通じる人がいると気楽なんじゃないかな~とか言われちゃって。そうしたら私、奈央さんしか思い浮かばなくて!』とゴリ押しされて、参加することになった。
正直なところ、せっかくの合コンなら、仕事柄関わりのある弁護士じゃなく、もっと違うタイプとの出会いを期待したいとこだけれど……。
「ご、合コンだからってわけじゃなくてね。ほら。……やっぱり初対面の相手なのに、終業後メイクの落ちた顔で会うのは失礼じゃない?」
取り繕うようにそう言ってみせると、香帆ちゃんはちょっと目を丸くした後で、なぜだか「おお~」と感嘆しながら手を叩いた。
「さすが奈央さん! 女の……というか、オフィスレディの鑑です!」
「いや……あのね、香帆ちゃん……」
私はどう答えていいかわからず、思わず苦笑しながら言葉を濁した。
「でも、ほんっっとに! 奈央さんはそのままでも十分お綺麗ですから! さ、だから早く行きましょ? むしろ、遅刻する方が相手に悪いです!」
そう言いながら腕を引かれて、それもそうだと気を引きしめる。
「うん。行こう行こう!」
香帆ちゃんのテンションに合わせて返事をしながら、私は少しだけ自分の服を気にした。
合コンなんて、久しぶり。どんなテンションで参加していいのかわからず、昨夜も今朝もさんざん迷ったわりに、私がチョイスしたのはあまり冒険心のないブラウンのツイードのスーツだった。
間違ってないかな、と、今さらながら不安になった。
私、古橋奈央、二十八歳。大手総合リース会社の法務部に勤務している。主に、契約書など法に関わる書類の作成・チェックを担当していて、日々弁護士やお役所とメールや電話でやり取りしている。縁の下の力持ち的な役割で、表立って目立つことはない。取り立てて目立つ功績はないけれど、不本意な評価を受けたこともない。勤続六年のOLだ。
仕事は嫌いじゃないけれど、キャリアを積みたいわけでもない。そこそこの年で結婚したら、仕事は辞めて専業主婦になる。そして、素敵な旦那様に目いっぱい愛されながら家庭を守る。今どき古いと言われそうだから、こんなこと誰にも話したことないけど、それが私の人生の目標なのだ。
そんなわけで、素敵な旦那様と出会ったときに確実に選んでもらえるように、これまでできる限り〝美〟を追求してきた。
なのに……。学生時代も社会人になってからも、何人もの男から交際を申し込まれたけど、全然ピンとこなかった。そうして私は、〝素敵な旦那様〟を夢見て理想高く追求し、軽くあしらいすぎた結果、『綺麗なお姉さん』ではなく『高嶺の花』扱いされるようになってしまった。おかげで今では、社内のそこそこのイケメンも私を遠巻きにするだけ。『素敵な旦那様に出会ったときに確実に選んでもらえるように』なあんて言っている場合じゃない。それどころか、今の私には出会いのチャンスがまったくない。
だからこそ、この後の合コン相手について、幹事の舞子ちゃんから『極上なんです』と言われてしまえば、私だって目に見えるくらいの気合を入れたくなる。しかも、この合コンは、実に……大学生のとき以来、六年ぶりなのだ。
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