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強引社長に捕獲されました!?

ほりえともよ

孤独な子猫を拾ったら (3)

 ……これが噂の八つ当たりか。この女性社員は、機嫌が悪いと清掃員にあたるということで有名な人。仕事仲間から聞いたところによると、そんな彼女に捕まってしまったら、ひたすら頭を下げるしかないらしい。

 はぁ、今日はいいことなさそう。

「ちょっとおばさん! 聞いてんの!?

「……すみません」

 私まだ二十歳なんだけれど……。まぁ、お化粧なんてしたことないし、髪はボサボサ、服もボロボロ。おばさんに見えるのかな。虚しくってうつむいていると、目の前に人の気配がした。

「君は怒鳴りに来ているの?」

「きゃっ、社長!?

「君の仕事は掃除の邪魔をすること?」

「っ、仕事に戻ります!」

 フンッと鼻を鳴らした女性社員が、ツカツカとヒールで床を打ちながら離れていく。彼女を一瞥して向き直った社長は、少し屈んで私の視線に合わせてくれた。

「悪かったね。大丈夫?」

「……いえ、……ありがとう、ございます」

 バクバクと波打つ心臓が喉の奥から飛び出てきそう。社長に、助けてもらっちゃった……。私、話しかけられている……。

「……君、顔色悪いんじゃない?」

 社長は硬直する私の頬にスッと手を伸ばす。ひんやりとした指先が優しく触れると、私は思わず息をのんだ。

「大丈夫です! 失礼します!」

「あ、ちょっと……」

 ひょえぇぇぇ!! 私に触ったら汚れますからぁ!!

 持っていたモップに足をぶつけ、つまずきながら、引きとめる社長を振り切りそそくさとその場を離れる。フロアの隅で身をひそめて社長が立ち去るのを待った。

 びっくりした。あんなカッコイイ顔が目の前にあったら倒れちゃうよ。こんな清掃員のおばさんにも紳士的だなんて、やっぱり素敵な人だなぁ。

 華やいだ気分でひと通りの掃除を終えて、清掃用具室にこもり息を吐く。もうすぐ退勤時間。同じシフトのおばちゃんと片づけをしながら、社長に助けられたことを話した。

「あら、よかったじゃない!」

「でも、びっくりしました」

「社長、まだ独身でしょ? ゆずちゃん若いんだから、誘惑して玉の輿に……」

「もう! やめてくださいよ」

 おばちゃんは「冗談よ」と大笑いしながら私の背中をバシバシ叩く。玉の輿かぁ。そんなの恐れ多くて考えられないけれど、社長のことを思うだけで幸せな気分。

 バケツや雑巾に囲まれた狭い部屋が、気のせいかお花畑の香りに包まれる。私へのお心遣いと優しさで、なんだかお腹いっぱい……。

 ――ぐぅ。

「あ」

 ……いっぱいには、ならないか。社長の前で鳴らなくてよかった。なにしろここ一ヶ月、一日一食なもので私のお腹は鳴きまくっている。そばにいて虫の声を聞いてしまったおばちゃんが目を丸くして驚いた。

「今のゆずちゃん?」

「あはは。ダイエット中なんです」

「細いのに……。おばちゃんのお腹見てごらん!」

「えー、ははは」

 陽気にお腹を叩くおばちゃんについ笑ってしまった。周りにはダイエットって言い張っているけれど、こんな生活いつまで続くのだろう。いつかお腹いっぱいごはんを食べたいな。そしていつか、あんな素敵な人と恋をしたりしてみたい。

 なんて、ね。


「今月の、……分、なんですけど」

「……あれ?」

「あの、それが精いっぱいで……」

「えー?」

「もう少し待ってもらえませんか?」

「は?」

 二十時を過ぎた頃、家の近くの薄暗い街灯の下。スズキに封筒を差し出すと、アライがいつものように私に煙草の煙を吹きかける。

「ケホッ」

 私は少しむせてから意を決して頼み込んだ。

「お願いします、もう少し待ってください。バイト時間も増やしたし、時給も上がったので……!」

「んー。そうじゃないんだよねー」

 スズキはため息をつき渋い顔をした。そしてアライが、まるで身体を舐め回すように私を見る。ニタニタと笑いながら、くぐもった声で耳打ちをされた。

「イイトコ紹介するって」

「なっ!?

「そんなまっとうに働いて返せる額じゃないんだから。こっちで稼いだ方が早いだろ」

 そう言うと、アライは私の腰に手を伸ばす。いやらしい手つきでさすられた不快感から身を引くと、今度は乱暴に肩を掴まれた。私がもがくたびに、その手の力は強くなりギリギリと締めつける。抵抗しても敵うわけもなく、逃げられないと悟った私は、今までがんばってきたことがなんの意味もなかったことを思い知らされた。

「女でよかったじゃねーか。まぁ、恨むなら親父さんを恨むんだな」

 気持ち悪くて怖くて、声が出ない。噛みしめた唇はガサガサで、錆びた鉄のにおいがする。あふれ出る涙が両頬を伝うと、スズキは鼻で笑って言った。

「泣いても無駄だよ。貸した金は返してもらう」

「……っ」

 アライにき立てられ、足をもつれさせながら暗い夜道を進む。振り絞った掠れ声をかき消すように、武骨な手が私の口を覆い、路肩に止まる黒い車に押し込まれた。

 こんなことになるなんて……。これからの自分の運命を想像し、絶望の淵に突き落とされた私は、生きる気力も失いそうだった。

 誰か、助けて……。

 すがれる人も助けてくれる人も、私には誰ひとりいないけれど、押さえつけられて声が出せない私は必死に心の中で叫んだ。

 両手首まで取られて自由が奪われると、もうダメなんだとあきらめかける。それが抵抗する力にも表れたそのとき、暗闇の中から男性の声がした。聞き覚えのある、落ち着いた優しい声色。

「その子、いくら?」

「なんだぁ?」

「買いたいんだけど」

「ははは! 兄ちゃんなに言ってんだ?」

「だから。その女の子、いくらなの?」

 なんの前触れもなく突如現れたのは、……社長!?

「五千万の借金の形でね、ウチとしてもそう簡単には手放せないんだよ」

「じゃあ、とりあえず今日の支払いに足りなかった分を払えばいいかな?」

 なんの冗談だとアライがおかしそうに言う。社長は薄ら笑いを浮かべて、ビジネスバッグの中から大きな茶封筒を出し掲げた。目の色を変えたスズキが中身をたしかめる。やがて領収書とともに私は解放された。

 舌打ちをしたアライに勢いよく背中を押されて、転びそうになりながら社長のもとへ行く。すぐに大きな背中がふたりから私を隠し、社長の鋭い声色だけが突き刺さった。

「こういうの、犯罪」

 そして社長はバッグからある冊子を取り出し、パラパラとめくり始める。わざとらしく唸ってふたりに見せた。

「金銭消費賃借契約書。そちらサンと彼女の父親が作ったコレは『私文書』。つまり個人的なものだから、法的な効力はないよね。催促しても返済してくれないのなら、まずは裁判をしないと」

 社長が持っているアレ、タンスの奥にしまってあったはずなのに。どうして?

 アライとスズキは黙って社長を睨みつけ、私を連れ去ろうとした車に乗り込む。ふたりが去ったあとも、混乱したまま立ち尽くした。

 私、借金取りと一緒に行かなくていいの? 社長、私を買うって……?

 なにが起きているのかよくわからなくて、社長を見つめるだけ。瞳の上の水面が揺れ動いてうっとうしい。ゆっくりまぶたを閉じて涙を落とした瞬間、社長が優しく微笑んだ。

「もう大丈夫だよ」

 そう言って私の頬を濡らす涙をそっと拭う。二度目に触れた指先は、温かかった。

 あまりの急な出来事に呆然としながらも、いつか見たのと同じ社長の笑顔にほっとした。それと同時に張り詰めていたものがプツンと切れて、目の前が霞み、力が抜けて社長の胸に倒れ込んだ。

 意識が遠のく中、私を呼ぶ声が聞こえるけれど、身体が言うことを聞かない。もう限界だった。頭の中がガンガンと鳴り響いて、激痛に耐えられなくなった私は、そのまま意識を手放した。

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