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強引社長に捕獲されました!?

ほりえともよ

孤独な子猫を拾ったら (2)

 平日の午前中は大手電子機器メーカー、『きりたにコーポレーション』本社ビルで清掃員のアルバイトをしている。


「おはようございます」

 社員の人たちに挨拶をしながら、邪魔にならないように、エントランスやロビー、トイレなどを次々と綺麗にしていく。自分と同年代の女性たちが、メイクをして身なりを綺麗に整え、背筋をピンと伸ばし行き交う姿を見ていると、モップを持って下を向いてばかりの私にはない華やかさに、少し憧れたりもするけれど。なんといっても直接雇用で昇給もあるなんてかなりのメリットだもの。

 そしてなにより……。

「おはよう」

「おっ、おはようございます」

「いつもありがとう」

 社長がカッコイイのだ……!

 シャープな目もとなのだけれど、落ち着いた声色とともに弧を描く唇が、やわらかな印象の整った顔立ち。白い肌に映える、透明感のある黒髪は女の私でさえうらやましい。背も高くてすらりと長い足は、日本人なのかと思わず疑ってしまうほど。ラグジュアリーなスーツ姿で、いつも颯爽と現れ清掃員にまで声をかけてくれる。

 社長が通るだけで女性社員たちは羨望のまなしを向け、耳にするのはいい噂ばかり。私も一応女子の端くれなので、身のほども知らずに憧れているというか。雲の上に住む社長に声をかけられるだけで、一日のやる気がアップする。

 身のほど知らずといえば。最初は社長だとは知らなくて、物怖じせず話しかけた私。今ではとても無理だけれど、あれは三年ほど前。裏庭で煙草の吸殻を拾っていた社長に、ポイ捨てをしたと勘違いして、叱り飛ばしてしまったことがあった。


 * * *


 ガラス張りのエントランスや大理石の床に驚きながらも、与えられた仕事を精いっぱいこなしていたある日の出来事。私は裏庭で、怪しげに身を屈めるお兄さんを見つけた。

「あーっ! ちょっとそこのお兄さん!」

「……俺?」

「あなたですね!? いつもここに煙草のポイ捨てをしているのは!」

 この会社には小さな裏庭がある。ささやかな緑が風に揺れ心が和む場所。しかし、私が清掃に入るたび、毎回煙草の吸殻が落ちているのだ。

「なんのこと?」

 首をひねり、とぼけたフリをするお兄さんが腹立たしい。そのくわえた煙草と、吸殻を掴む手が動かぬ証拠! 私は左手を腰にあて、右手はお兄さんをビシッと指差して睨みつけた。

「恥ずかしくないんですか? いくら立派なお仕事をしても、それでは人の役に立てません!」

 気迫のこもった私を見ても、ものともせずお兄さんはため息をつき、どこか蔑んだ目で突っぱねるように言い放った。

「一清掃員の君になにがわかるっていうんだ?」

「あ、バカにしないでください! お掃除って心も綺麗になるんですから。ピカピカの会社ならやる気も出るでしょ?」

 お兄さんは私の言葉に目を見開いて、あぜんとしているようだった。私は一呼吸おいて、自分にも言い聞かせるようにゆっくりと話す。

「特別なことじゃなくてもいいんです。私の仕事もきっと、誰かの役に立っています」

 父の受け売りだけれど、私の信念。素晴らしいことなのだと胸を張った。お兄さんはまたため息をつき、けれども今度はほんの少し微笑む。緩やかなそよ風が吹いて綺麗な黒髪がサラサラと揺れた。

「そうだね」

「はい!」

 わかってくれたことがうれしくて、ニコニコする私。その前で、持っていた吸殻を携帯灰皿へ。続いて、くわえていた煙草もそこにきちんと捨てた。

 よかった、これでこの裏庭も綺麗に……。あれ? なんかおかしくない? 私は顎に手をあてて少し考える。吸殻を持ちながら煙草を吸うものかな? よく見ると種類も違うような気がするし。

 まさか、まさかの勘違いなのではないかと、居心地の悪さに冷汗がじっとりと滲み出てくる。

「あの、つかぬことを伺いますが。さきほどの吸殻、お兄さんのでは……」

「ないけど」

「ポイ捨て犯では……」

「ないね」

 私は顔面蒼白。お兄さんの顔もまともに見られずに、ただ腰から上を半分に折った。

「っ、すみませんでした!」

「いいよそんな」

「よくありません! 私ったら、ごめんなさい!」

 見ず知らずの人に突然、説教をしたうえ勘違いだったなんて普通怒るよ。堂々と偉そうなことまで言ってしまったし、恥ずかしすぎて穴に埋もりたい。お兄さんはクスクス笑いながら、全力で頭を下げる私の肩をポンと叩く。

「顔上げて? 君は一生懸命、掃除してくれていたんでしょ?」

「お兄さん……」

「君は新人?」

「はい。まだ日は浅いけど、がんばります」

「……そう。がんばってね」

 優しく微笑んだ、素敵な人。やわらかに目尻を下げたお兄さんに、胸の奥がキュッと音を立てて飛び跳ねた。

「君の仕事のおかげで、やる気が出る人がここにいる」

「……っ!!

 こんなことを言ってもらえたのは、初めてだった。喉が詰まったかのように、声が枯れてうまく話せない。きっとうれしさのあまり、ほのかに熱を持った両頬。自然と緩んだ口もとを押さえることも忘れて、私は気持ちのすべてを笑顔に込めた。

 あれからしばらく会えなくて、次に見かけたのは社員さんたちから「社長」と呼ばれるお兄さんの姿。ロビーを颯爽と歩き、分け隔てなく挨拶をしてくれたときだった。

 そのとき初めて知ったお兄さんの正体。また話しかける勇気もなく、たまに裏庭で休憩する姿を見かけては、その背中をこっそり見つめた。大勢の社員さんたちに慕われる社長が、私ひとりなんかを覚えているわけがない。みんなと同じように挨拶をしてくれるだけでうれしい。

『君の仕事のおかげで、やる気が出る人がここにいる』

 その言葉を胸にがんばった。


 * * *


 幸せな思い出に浸りながら、清掃のアルバイトが終わって着替えると、お昼時で混雑する通りを走り抜ける。十三時からは、コンビニエンスストアのアルバイトだ。

 レジ業務中に電子レンジでお弁当を温めるときやファストフードを調理しているときに、お腹が鳴ってしまうと虚しさはひとしお。掃除したり商品を陳列したり、たまにいらっしゃる理不尽なクレーマーに頭を下げたり、忙しく走り回った。

 夜二十時までみっちり働いて、次は居酒屋のアルバイトへ行く。丸一日動き回り、帰宅すると体力も限界でベッドに倒れ込む。接客業は好きだけれど気も遣うから、ひとりになると一気に疲れが。

 どれだけ稼げるかわからないけれど、とりあえず働けるだけ働いて、そのお金でお願いしてみよう。私は一ヶ月間、死に物狂いで働いた。


 午前八時。ロビーの汚れをゴシゴシこすりながらも、ぼんやりと上の空。

 なぜなら今日は十日。またしても今夜、借金取りがやってくる。借用書をよく読んだら、細かく取り決めてあった支払金額と、利息や利率。

 私が用意できたお金はその金額には足りないが、支払期日を伸ばしてもらえるよう頼んでみるしかない。きっと少しなら待ってくれるよね……。モップの柄を握りしめて、フッと息を吐いた。

「さすがに、フラフラする」

 寝不足と疲労で最近体調が悪い。休みナシって結構つらいんだなぁーなんて、ぼうっとした頭で他人事のように考えていると、突然甲高い声で怒鳴られた。

「おばさん! ここ、汚いわよ」

「あっ、すみません」

「私たちと違って掃除に来てるんだからさぁ、ちゃんとしなさいよ」

「……すみません」

 私を怒鳴ったのは、本来は美しい顔立ちでモデルみたいにスタイルのいい女性社員。しかし、眉間にしわを寄せて仁王立ちする姿は、なかなか恐ろしかった。

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