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強引社長に捕獲されました!?

ほりえともよ

孤独な子猫を拾ったら (1)

孤独な子猫を拾ったら


「今月の、分です……」

「……たしかに。じゃ、また来月」

「……はい」

 半分に欠けた月が黒い雲に見え隠れする夜。二十時を過ぎて、人通りが絶えた路地裏は不気味だった。生ぬるい風が頬をなでると、八月だというのに鳥肌が立つ。毎月十日、私はこの時間が一番苦痛だ。

 家の近くの薄暗い街灯の下。少し厚みのある封筒を男に差し出すと、糸のような細い目をさらに細めて封筒の中身を数え始める。スズキというこの男が、毎回処理をしていた。声も口調も温厚で、一見、人のよさそうなおじさんなのだが。ワイシャツは黄ばみ、しわだらけで清潔感がない。

 その隣で煙草に火をつける、熊みたいに大柄な男はアライ。だぶついたスーツがだらしなく見えた。この人は口数が少なく、やり取りを眺めるだけ。私を哀れんだように見て、でもそれを楽しんでいるようだった。

 ふたりとも三十代後半というところだろうか。彼らは債権者、私にとっては借金取りだ。一ヶ月間働き詰めて手にした十五万円をスズキに渡すと、煙草をくわえたアライが私の顔に煙を吹きかけた。

「ケホッ」

 顔をしかめてむせたあと、領収書を受け取りバッグにしまう。これが借金取りのふたりと私との、毎月お決まりの流れ。そうして一ヶ月が終わり、また一ヶ月が始まる。いつも通りため息を吐き出し、ふたりに背を向けるとスズキに呼びとめられた。

「あぁ、それと! 来月から返済額上がるからね」

「え?」

 その言葉に驚き、不信感をつのらせる。意味がわからないでいると、アライがニタッと笑い珍しく口を開いた。

「遅延損害金」

「ちえん……?」

 アライの声は低く、くぐもっていてうまく聞き取れずに、私は眉を寄せた。スズキはしわだらけのワイシャツの袖をまくりながら、細い目を見開く。穏やかなのは話し方だけで、その目は笑っていなかった。

「借金の延滞料。こう言えばわかる?」

「延滞? でも私、毎月ちゃんと支払ってましたよ!?

「それは月々に支払う最低金額ね」

「……え?」

「借用書、見てないの? 三年ごとの期日と金額も分割して決めてあったでしょ」

 私は耳を疑った。借用書は大事なものだと思い、何年も前からタンスの奥にしまい込んだまま。働くことに必死で、じっくりたしかめたことなどなかったから。

 つまり、今日までに支払う返済額までは、まだ達していなかったということ。……でも、今の額でさえ毎月ギリギリなのに、これ以上増えるなんて私の稼ぎではどうにもならない。

「一ヶ月は待つから。残額分と延滞料、きちんと用意してね」

 口ごもっていると、アライに肩をトントンと叩かれた。

「あんた、いくつだっけ?」

二十歳はたちですけど……?」

 その手は這うように腰まで下りてくると、そのままお尻の辺りを乱暴になで回す。

「いろいろあるでしょう?」

「……っ!?

「ガンバッテネ」

「……そんな」

 ゲラゲラと下品な笑い声をあげながら去っていく、ふたりの後ろ姿を呆然と見送る。途方に暮れた私は、その場にへたり込んだ。

 本当に、どうしたらいいの……。

 涙をこぼさないように上を向くと、薄暗い街灯が私を照らす。いつの間にか、夜空の月は深い雲で消えてしまった。けれども、孤独な闇は私のことまで消してはくれなかった。


 どのくらい、ほうけていたのだろうか。左手首につけた安い腕時計の針が、二十一時を指そうとしている。ハッと我に返り、膝に力を入れ立ち上がった。

 湿った路地裏を小走りで駆け抜けると、その先の一角に赤提灯が揺れる一軒の古い居酒屋がある。木製の重い引き戸に両手を添えてガラガラと引き、私は重苦しい気持ちを吹き飛ばすくらいの笑顔を作った。

「お疲れ様です!」

「ゆずちゃん、元気だねー」

「はい店長! 昇給お願いします!」

「あはは」


 今からアルバイト。私はエプロンの紐を腰で固く結び、気合いを入れた。ここは個人経営の小さな店なのに、好待遇で賄いまで出る。貧乏な私にはありがたい存在だ。

 洗い物や掃除、仕入れたものの片づけ、在庫がなくなると買い出しに走ることもあって大忙し。でも、常連さんとも仲良しで和気あいあいと楽しい時間を過ごせる。暇なときは店長と新メニューの開発や料理修行。店長直伝のだし巻き卵は我ながら絶品だった。

 私は力強く布巾でテーブルを拭く。オーダーを受けたり、空のお皿やジョッキを片づけたり。深夜三時までの立ち仕事は体力的には少しキツイけれど、こうなったらできる限り働かなくちゃ。今、私にできることは、それだけだもの。閉店時間まで奮闘し、勤務時間の増量を申し入れた。

「あの、店長。……シフト増やしてほしいんですけど」

 店長は「ん?」と首を傾げて顎をかく。

「んーいいけど。ゆずちゃん、ほかにもかけ持ちしてるよね? 大丈夫?」

「はいっ! 絶対遅れたり休んだりしないので、お願いしますっ!!

「……よし。じゃあ、さっそく明日から毎日頼むよ」

「ありがとうございます!」

「常連さんも喜ぶと思うよ。ゆずちゃんはうちの看板娘だから」

「そうですか?」

「うん。ゆずちゃんの笑顔で一日の疲れが癒されるんだって」

 そんなふうに思ってくれていたなんて、なんだか胸の奥が熱くなる。

「誰かの役に立てているなら、うれしいな」

「……よしさんの口癖だったね」

 店長が少し寂しそうに言う。私は切なさをこらえて口角を上げた。

「お疲れ様でした!」

 ガラガラと戸を引き外へ出る。真っ暗な夜空を見上げて深呼吸した。

「良樹さん」というのは私のお父さんのこと。店長と父は飲み友達だったらしく、身寄りのない私をなにかと気遣ってくれる。


 ――私には家族がいない。

 父は私が小学生の頃、事業に失敗し多額の借金を作ってしまった。父も母もがむしゃらに働いてなんとか返そうとしていた矢先、私が十歳のとき、父は工事現場の事故に巻き込まれて亡くなった。母はもともと身体が弱かったのに無理をして働いていたせいで、病に倒れ三年前に父のもとへ。

 ひとり残された私は、借金取りに追われながら返済の日々を送っている。あとで知ったのだが、相続放棄という手段もあったらしい。しかし、両親に先立たれショックで追い込まれていた私は「今度は私が返さなきゃ」という一心で、連帯保証人だった母の借金を相続し支払い続けてきた。

 こんな境遇だから親戚とは疎遠だし、「親の借金のせいで気の毒に」と不憫に思われたりもしたけれど、私はそんなふうに思わない。いつかきっと全部終わらせて、幸せになるんだ。

「がんばるぞ!!

 私がこんなにも前向きなのは、両親のような人になりたいから。どんなに苦しくてつらいときでも、記憶の中の両親はいつだって笑顔で、私をめいっぱい愛してくれた。そして、大切なことを教えてくれた。

『人の役に立てる人になりなさい』

 父の口癖だった。それは思いやりの心。いつか必ず、自分にも幸せをもたらすから、と。私は父の教えを信じている。状況は最悪だけれど、負けずにがんばれば幸せになれるはず。だから、自分を不憫だなんて思ったりしない。

 父と母みたいに、些細なことで笑いあえる、愛があふれる家庭をつくるのが私の夢なのだ。


 帰宅して約二時間の仮眠をとり、午前七時。

 ジリジリと鳴り響く目覚まし時計を、寝ぼけまなこで手探り、アラームを止める。薄いカーテンを通り越して降りそそぐ太陽の光に目をこすりながら、私はむくりと起き上がった。そうしてカビくさい浴室にこもり蛇口をひねる。

 節約のため、電気もガスもなるべく使わない。冷たいシャワーを浴びて目を覚まし、ローテーションしすぎてヨレヨレになったTシャツをかぶる。そのままメイクもせず次の仕事へ。

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