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イジワル専務の極上な愛し方

花音莉亜

専務は私の苦手なタイプです (3)

 今度、取引をする会社が経営しているというのだから、私だって行かないわけにはいかない。やっぱり、顧客との会話のヒントにもなるわけだし、そもそも専務だけ行かせるわけにはいかなかった。

 即返事をして、急いで車を降りる。崎本さんは、会社に戻ることになっていて、そのまま車は走り去った。

「本当、田辺さんは真面目だな。というより、意外と純な感じ?」

「ど、どういう意味ですか?」

 さっきまで不機嫌そうだったのに、すっかり表情は和らいで、笑みを浮かべている。その変わりように、戸惑いっぱなしだった。

「プライベートで誘うと嫌がるのに、仕事だって言ったら迷わずついてくるんだもんな」

「それは……。私は、専務の秘書ですから。お仕事に関しては、私もしっかり把握しておかないといけないからです……」

 おずおず答えると、彼はフッと笑った。

「なるほど、仕事だからか。じゃあ、まだ業務中ということで、専務命令。店、入ろうか?」

「はい……」

 専務はお店のドアを開けてくれて、私をエスコートしてくれる。

 時々見せる軽いノリは苦手だけれど、やっぱり専務はこういう社交的な雰囲気のほうが合っているな……。

 オーガニックレストランは、外観が都会的な垢抜けた雰囲気で、オフホワイトが基調の明るい印象のお店だった。籐で作られた椅子と、パステルカラーのテーブルクロスが飾られたガラステーブルがかわいらしさを演出している。

 専務は、自分の身分を明かすことなく店員さんに人数を告げると、私たちは窓際のテーブルに案内された。

「専務、自己紹介などはしなくていいんですか?」

 席に着き、小声で彼に問いかけると、小さくうなずかれた。

「今度、会う予定の社長は、この店にいるわけじゃないんだ。あくまで、ビジネスのひとつ。ヘタに名前を名のると、面倒くさいことになるから」

 メニュー表を私に見せながら、専務はそう言った。面倒くさいって、なんだろうと疑問を持ちながらも、メニュー表に目を落とす。当然のごとく自然派メニューが多く、中でもサラダやピラフが気になった。

「田辺さん、ここは俺持ちだから、遠慮なく頼んで」

 同じくもうひとつのメニュー表を見ている専務が、ごくあたり前のように言う。私は思わずメニュー表を置き、専務に視線を移した。

「いえ、それはいけません。先日も、お支払いしていただきましたし、今夜は自分のものは自分で出します」

「気にしなくていいよ。これも仕事の内だし、プライベートで田辺さんを誘ったんじゃないから」

 専務は、視線をメニュー表に向けたまま言っている。いくら相手が専務とはいえ、毎回奢ってもらうのは申し訳ない。それに、たまにとはいえ、専務とランチを外でするときは、必ず払ってもらっている。

 やっぱり、ここは自分の分は自分で支払おう。心に強く決め、彼に向かって言った。

「プライベートで誘ったとしても、専務はご馳走してくださるでしょう? だったら、今夜は仕事の内ですから、自分の分は払います」

 きっぱり口にすると、専務は私に視線を向けクックと笑った。

「田辺さんって、本当に変わってるな。こういうとき、女性はだいたい喜ぶんじゃないのか?」

 彼の笑う顔は嫌いじゃない。目元を少し下げ、甘いルックスがさらに甘くなるから。無防備なその感じは、ほんの一瞬だけ専務を身近な人に感じさせられるものだった。

「専務の周りにいる方たちは、みんな喜ぶんですか?」

 逆に質問をすると、専務は笑みを浮かべたまま、小さくため息をついた。

「そうだな。みんな、とても喜ぶよ」

「そうなんですか……」

 口調から、それに対してどこかうんざりしているようにも見える。すると、まるでその疑問に答えるかのように、彼は続けた。

「専務という肩書きは、こっちが思う以上にキラキラ輝いているみたいでね」

「それって……、肩書き目当てということですか……?」

 口にするのもためらうけれど、専務はうなずいた。

「ああ。俺に取り入ろうって、裏が見え見えなんだよな。うんざりするよ。それから、兄目当てで、言い寄られたこともある」

「そんな……。それは、ひどいですね」

 だから、女性に対して、どこか本気になれないところがあるのだろうか。いつも、〝二回目〟がなさそうなのもひょっとして……。

「まあ、慣れてるから、別に傷つくってことはないんだけど。ただ、本気で恋愛ができなくなってるとは思う」

 サバサバと言う専務は、言葉こそ気にしていないように見せているけれど、やっぱりどこかもどかしそう。

 本当は、〝本気の恋愛〟がしたいんじゃないのかな……。今まで、専務を女性に軽い人という目でしか見ていなかった。だけど、もしかしたらそうではなかったのかもしれない。専務のことを思い込みで見ていたことに、申し訳ない気持ちが込み上げた。

「それなら……、最初から女性のお誘いをお断りしたらいいんじゃないですか?」

 中途半端に受け入れるから、相手も誤解をするってこともあるかもしれないし。そう思い言った言葉だったけれど、専務は一瞬目を丸くしたかと思うと、アハハと笑った。

「そうだよな。田辺さんの言うとおり。最初から、相手にしなきゃいいのか」

「そうですよ。無理に、自然消滅を狙わなくてもよくなりますよ?」

「どうして、今まで気づかなかったんだろう。本当だな。これからは、そうしよう」

 そう言いながら、専務は再びメニュー表に目を落とした。もしかして、専務ってどこか天然なところがあるの……?

 女性関係に派手な人だと思っていたけれど、そういう人じゃないとか……?

 私の話を素直に聞いてくれたことがうれしくて、思わずクスクスと笑っていた。今までは、苦手な人というイメージだったけれど、少しだけ彼を近くに感じる。

「なに?」

 訝しげに見る専務に、私は笑いを抑えながら答えた。

「すみません。ただ、専務って実は天然な方なのかなって。私、もっと計算で女性と接しているのだと思っていました」

 すると、専務は照れくさそうに私を睨んでいる。そんな姿に、ますますクスクスと笑ってしまった。

「天然じゃない。だいたい、そういう女性しか俺の周りにはいないんだよ。そういうのが、あたり前だと思ってたから。ただし、田辺さんに会うまではね」

「え……?」

 私に会うまではって、どういう意味だろう。本気で深い意味に受け取ってしまったら、専務に引かれるかもしれない。でも、軽く聞き流すこともできなかった。

「あの……」

〝どういう意味ですか? 〟と、聞いてみればいいのに、どうしてもその言葉が出てこない。

 途端に緊張が増してきて、専務を真っすぐ見られなくなった。

「田辺さんってさ、彼氏いる?」

 急に話題が変わり、戸惑いつつも首を横に振る。

「いえ。今は……」

「いないんだ?」

「はい。学生のときに、付き合っていた人がいて以来です……」

 それも、その人が唯一付き合った人。さすがに、女性慣れしている専務には、それは恥ずかしくて話せないけれど……。

 恋愛に奥手な私は、いつも好きな人を見つめるだけの毎日で、勇気を持って告白をしたことはなかった。だから、気がつけばいつも、好きな人には恋人ができていたっけ……。

 元カレも、告白をされたのがきっかけだったし……。

「へえ。そうか……。好きな人は?」

「いません……」

 なんで、そんなことを聞いてくるんだろう。ただの好奇心とも思えないくらい専務は真顔だし、質問の意図をどう受け止めていいのか分からない。

 すると、専務が静かに言った。

「立ち入ったことを聞いてごめん。注文、どうしようか?」

「あ、はい。えっと……」

 気になっていたピラフとサラダを伝えると、専務は店員さんを呼び料理を注文してくれた。軽いノリの専務もいたり、今みたいに急に真面目な雰囲気になる専務もいたり。

 掴みどころのない彼に、心が振り回されている自分がいた。

 専務は、私の苦手なタイプなのに――。

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