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イジワル専務の極上な愛し方

花音莉亜

専務は私の苦手なタイプです (2)

「ねえ、田辺さん。本当に食事に行かない?」

 秘書室から専務をお見送りしようと立っていると、そんなことを耳元でささやかれた。会議に行く前にも、まだそんなことを言うなんて有り得ない。

 ここは無表情で答えておこう……。

「遠慮します。そろそろ、お時間ですよ?」

 すると、専務は数秒、なにか考えるように私を見た。

「田辺さんって、結構芯が通ってるんだろうな。まあ、いいや。じゃあ、行ってくる」

 そう言った専務は、部屋を出ていく。そのうしろ姿を見送ってから、深いため息が漏れた。

「まったく、もう……」

 専務は、どこまで本気で言っているんだろう。それに、芯が通っているという言葉は、どういう意味なのか……。

 頑なに、お誘いを断っているからそう思われたんだとしたら、だいぶ誤解かも。

 もちろん、軽いノリで男性からのお誘いを受けたくないという気持ちはあるけれど、実はそれ以前の話だったりして……。


「ねえねえ、彩奈。新しい部署の仕事どう?」

「有名なイケメン専務の秘書なんでしょう? うらやましい。彼女いるのかなあ?」

 週末、三カ月ぶりの女子会に出席すると、大学時代の友人たちから質問攻めにあった。

 は、それぞれ大手銀行と自動車メーカーに勤めている友人で、学生の頃は毎日一緒にいた仲。

 ふたりとも大人っぽく、スタイルがいい美人。それなりにプライドも高く、私が専務秘書になったことに興味津々のようだ。

 ダイニングバーの個室で、ゆっくりお酒を飲みながら、ほどよく酔いはじめたところで専務の話になった。

「由奈は、専務のことを知ってるの?」

〝有名な〟の言葉が引っかかり聞いてみると、彼女は得意げな顔をした。

「あたり前よ。彩奈は知らないの? たまにテレビでも取り上げられてるし、経済誌にも載っているのよ」

「そうなの??

 思わず驚くと、美香が呆れたような顔をしている。

「そういうところ、相変わらず鈍いのね。有名なイケメン御曹司三兄弟。その次男なんて、おいしいじゃない」

「お、おいしいって……。私は、上司として以上に、専務を見てないけど」

 そもそも女性関係が派手そうだし、私はそんな彼についていけるだけの華やかさもない。

 どちらかというと、小柄で印象に残らないごく普通のルックス。

 そんな私が、専務を男性として見るなんて考えたこともない。ただ、カッコイイと思う瞬間くらいはあるけれど……。

「そんなこと言わないで、せっかく近くにいるんだし、本気で狙ってみれば?」

 由奈が楽しそうにそう言うと、美香も大きくうなずいている。

「無理よ、無理。だいたい、私と専務が釣り合うと思う?」

 専務は誘いのほとんどを、二回目には断っているような人なのに。私のことを、一瞬でも本気で考えるとは思えない。

「案外釣り合うかもよ? ああいうハイスペックな男性って、逆に派手な女性を好まないこともあるじゃない?」

 由奈の言葉は、私の心のどこかに引っかかってしまっていた――。


「なに熱心に読んでるの?」

 朝、秘書室のデスクで経済誌を眺めていると、ふいに専務に覗き込まれ慌てて本を閉じる。

「お、おはようございます専務」

 専務が入ってくることに気づかなかったなんて、失敗……。バツ悪い思いで立ち上がると、彼は雑誌を取り上げた。

「これって、たしか俺のインタビュー記事が載ってたよな?」

「えっ? そうでしたか……?」

 と、驚いてみせたけれど、本当はだから読んでいたのよね……。

 由奈たちと先週末に会ってから、専務が載っている経済誌が気になって買ってしまった。

 とぼける私に、専務は意地悪そうな視線を向けている。

「読んでたろ? 気づいてるよ。なんで、とぼけるんだよ」

 気づいてたんだ……。どうしよう。なにか、もっともらしい理由をつけて、この場を切りぬけないと……。気まずい気持ちでいっぱいの私の頭を、専務は優しく叩いた。

「別に、見たってかまわないんだからさ。なんで、そんな距離を置こうとするの?」

「えっ? なんでって……。私は秘書ですから、適度な距離を保つのは自然かなと……」

 戸惑い気味に言うと、専務は小さく微笑んだ。

「そういうところ、やっぱり田辺さんだよな。ところでさ、なんで急にこういう雑誌見ようと思ったんだ?」

「それは……。専務のことを、もう少し勉強しようかなと思いまして……」

 由奈たちまで専務を知っているのだから、私はもっと知らないといけないかなと考えたからなんだけど……。口にすると、なんだか恥ずかしい。

「へえ……。それで、なにか分かった?」

「はい、専務がきちんとした信念を持ってお仕事をされているんだなと」

 そう答えると、専務はクックと笑った。なにか変なことを言ったかなと、恥ずかしくなってくる。

 雑誌に載っていたのは彼へのインタビュー記事で、会社の今後の方向性や、業界全体について質問をされていた。

 専務は、思っている以上に、私たち社員を大事にしているんだなと感じたし、それにとても前向きな印象もあった。

 とくに印象に残っているのは、『常に考えているのは、社員が仕事にやりがいを持てているか』という言葉だった。

 個々の社員がいきいきと仕事ができていれば、おのずと会社の利益も出てくるというもの。専務が、利益より大切なものは社員1人ひとりと答えていたことに、少し感動してしまった。

 たしかに、いつも仕事熱心だし、常に現場を気にかけている。女性関係を引いて見てみれば、素敵な方なのかもしれない……。

「あたり前だろ? これでも、会社経営に携わってるんだ。だけどまあ、ありがとう、気がついてくれて」

 笑いをこらえるように言った専務は、そのまま専務室へ入っていった。

 今、なにに対してお礼を言われたんだろう……。〝気がついてくれて〟って言葉は、どういう意味……? 分かるようで分からない専務の気持ちが、どこかもどかしく感じた――。


「今日は、遅くなりましたね」

 車中、時間を確認すると十九時を回っている。今日は、専務は大事な顧客との打ち合わせで、私も同行していた。その帰り道、すっかり明かりがネオンに変わった街並みを見ながら、自然とつぶやいていた。

「ああ、たしかに。ちょっと遅くなったよな。田辺さん、今日中にやらなければいけない仕事は残ってる?」

 同じく窓からの景色に目を移した専務が、そう尋ねてくる。私は、数秒ほど頭のなかを整理して答えた。

「いえ、大丈夫です。残しているものはないので」

「じゃあ、ちょっと夕飯を食べて帰らないか?」

「えっ??

 まさか、晩ご飯のお誘いを受けるとは思わなくて、思いきり動揺してしまう。すると、専務は不本意だとでも言いたそうに、どこかムッとした。

「そんなに、露骨に抵抗感を見せられるとショックだな。この近くに、今度取引する会社が経営する店があるから誘っただけだ」

「そうなんですね……。すみません」

 自意識過剰すぎたかと、気まずい思いで謝ると、専務は小さくため息をついている。それにいたたまれず、思わず視線を逸らしてしまった。

さきもとさん、三丁目の交差点で右折して。そこにオーガニックレストランがあるから、そこで降ろしてもらっていい」

「かしこまりました」

 専務は運転手の崎本さんにそう告げると、それ以上なにも言うことはなく、腕を組んだまま窓の外に目をやっている。

 私が思っている以上に、専務の性格は結構難しいのかも……。前秘書の人が切られたのも、お誘いを断ったからなんて単純な理由ではないのかもしれない。

 でも、専務は私たち社員を大切に思っているし、考えれば考えるほど、彼のことが分からなくなる。

 数分後にお店に到着すると、専務が車を降りる間際、肩越しに振り向き私にうかがうように言った。

「田辺さんはどうする?」

「えっ!? も、もちろんご一緒します」

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