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陛下は身代わり花嫁を逃がさない~初恋相手は絶倫王!?~

水城のあ

2 運命の出会い (2)

 淡いピンク色のフワフワとしたドレスを身にまとった少女はジゼルのところまで来ると、夫人からかばうように背を向けた。

「フランソワーズ! 部屋にいなさいと言ったでしょう!」

「嫌よ。昨日お父様は私の部屋にきて、私の妹だってはっきりおっしゃったわ。それなのに階下に行かせるなんて」

「なにを言っているの。あなたとこの娘では身分が違います。あなたはまだ子どもだから知らないでしょうけれど、母親は卑しい身分のものなのです。我が家にはあとにも先にも娘はあなただけです。妹だなんて、汚らわしい!!

 夫人はゾッとした顔で身震いをした。

「牧師様はそんなことをおっしゃらなかったわ。私たちはみんな同じ人間で、たまたま生まれてきた環境が違うだけだって。お母様だって私だって偶然貴族に生まれてきただけなのよ」

「そんなくつを言うんじゃありません! いいから早くその子を連れて行きなさい」

 再び使用人にジゼルを託そうとする夫人の前で、フランソワーズと呼ばれた少女はキッパリと言った。

「では、私も今夜から階下で休むわ。お母様を亡くしたばかりのこんな小さな子をひとりになんてできないもの。その代わり私もお母様の前から姿を消すことになると思うけれど」

 小さな娘の言葉に動揺した夫人は一瞬ジゼルを睨みつけ、半ば諦めたようなためいきを吐いた。

「……まったく旦那様もあなたも私を困らせようとしているのね! 勝手になさい! その代わり私はその娘には関わりませんよ!!

 夫人は早口で言い捨てると、たくさんのレースが縫い付けられたドレスの裾を翻してその場をあとにした。そして階段の上に夫人が消えたとたん、フランソワーズは安堵したようにホッと溜息を漏らした。

 随分あとになってから姉の乳母に聞かされたのだが、それまでのフランソワーズは大人しく、伯爵夫人に口答えしたことなどなかったそうだ。実際普段は性格も話し方も深窓の令嬢らしく温和でおっとりしていた。

 なぜあのときあんなにもジゼルを庇ってくれたのかわからないけれど、夫人に刃向かうフランソワーズに乳母も驚いたそうだ。

「さあ、いらっしゃい。お父様から歳が近い女の子だと聞いて、あなたが来るのを楽しみしていたの。部屋は私の隣を使ったらいいわ。お洋服もね、私があなたぐらいのとき着ていたものがたくさんあるのよ」

 優しく手を取られ、ガラス玉のようにキラキラとした水色の瞳に微笑ほほえみかけられたジゼルは、急に緊張がほどけてワッと泣き出してしまった。

 母と暮らしていた屋敷には、母の実家からついてきたという元乳母のメイドと伯爵がつけた数人の使用人がいたけれど、母が亡くなった途端誰が呼んだのか母の兄だという人が現れて、ジゼルの身の振り方を決めてしまった。

 そして慣れ親しんでいた使用人たちから引き離され、伯爵家の領地を管理する男に連れられてこの屋敷に来たのだ。

 ジゼルに残されたのは母が大切にしていた水晶を連ねたロザリオだけで、それも首にさげるには五歳のジゼルには大きすぎ、乳母が用意してくれた巾着に入れたものを握りしめてここまで来た。

「ああ、もう大丈夫よ。ここはあなたの家なのだから」

 小さな手の中に滑り込まされた、美しいしゅうが施されたハンカチーフを顔に押しつける。

「うう……っ、ひっ、く……ううっ」

「困ったことがあったらなんでも私に相談してね。私はあなたのお姉様になったのよ」

 その言葉に、グズグズと鼻を鳴らしていたジゼルはハンカチーフから顔を上げた。

「……おねえ、さま?」

 初めて泣き声以外で言葉らしい言葉を話したジゼルに、フランソワーズはニッコリしてうなずいた。

「そうよ。今日から私はあなたのお姉様。仲良くしましょうね」

 フランソワーズがそう言ってジゼルの小さな身体をギュッと抱きしめたから、ジゼルはまたたくさん泣いてしまった。

 それからのブーシェ家での生活は、すべてが幸せだったとは言いがたい。ただ伯爵夫人がジゼルをいじめる気配を見せてもフランソワーズがいれば庇ってくれた。

 義母に近しいメイドたちは決してジゼルに優しくなかったけれど、フランソワーズの乳母や下働きの使用人たちはみんなジゼルと仲良くしてくれた。

 夫人は娘がジゼルを可愛がる以上まったく無視することもできず、最低限の衣食住は与えるという態度だった。それは娘として受け入れたのではなく施しで、そうしなければまなむすめがジゼルを庇うために、より深く関わってしまうからだった。

 その証拠に来客があるときは部屋から一歩も出ないよう言い付けられ、伯爵家にはいないものとされた。夫人はあくまでも伯爵家の娘はフランソワーズひとりという姿勢を貫いていた。

 せめて伯爵が父として自分にもう少し興味を持ってくれたらと思ったことは何度もある。しかし成長するにつれ、伯爵夫人が自分を嫌う理由も理解できるようになった。

 結婚し娘が生まれて間もなく、夫は領地で他の女に手をつけたあげく、子どもを産ませ家や使用人を与えて囲っていたのだ。その娘が憎らしくないはずがない。

 そんな背景もあって、義母の目をはばかった伯爵が無関心な態度を取るのだと理解できたとしても、やはり実の父親に冷たい態度を取られるのはジゼルの心を傷つけた。

 別に貴族の娘になどなりたくない。伯爵が許してくれさえすれば、母と暮らしていた家に戻って、もう伯爵夫妻の目に触れない場所で暮らすことになったとしてもかまわなかった。フランソワーズがいなければ、伯爵家にとどまる意味などなかったのだ。

 フランソワーズはなにかにつけてジゼルを自分と同様に扱うよう伯爵夫人や使用人たちに求めた。

 例えば家庭教師のこともそうだった。農場の娘に勉強は必要ないという夫人を説き伏せ、自分と一緒に歴史や外国語、礼儀作法を学ばせてくれた。

 毎年夏に半月ほど別荘へ出かけるときも、必ずジゼルを一緒に連れて行った。

 ジゼルが屋敷に来るまでは夫人も同行していたそうだが、フランソワーズがジゼルを連れて行くようになってからは、夫人はなにかと理由をつけて居残りをするのが習わしになった。

 ブーシェ家の別荘は高原にあり、辺りには王族をはじめ名だたる貴族も別荘を構えている地区で、ジゼルはほんの半月とはいえ夫人の目がないことがうれしくて、毎年その時期を楽しみにしていた。

 本宅にいるときは容易に外を出歩くことは許されないが、別荘に来るとその監視が緩むのも嬉しかった。

 フランソワーズと一緒にひんに乗って辺りを散策することもできるし、ひとりで散歩に出てもとがめられることはない。本来なら散歩するにしても、貴族の令嬢なら馬番やメイドの供をつれて歩くのが普通だが、フランソワーズはともかくジゼルにそこまで口うるさく言う人間はいなかった。

 男と出会ったのは、そんなひとりで散策しているときだった。

 当時ジゼルは十四歳、フランソワーズは社交界へのお披露目を控えた十六歳だった。

 フランソワーズが刺繡をする隣で本を読んでいたジゼルは眠気を覚え、気分転換にふらりと散歩に出た。

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