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陛下は身代わり花嫁を逃がさない~初恋相手は絶倫王!?~

水城のあ

2 運命の出会い (1)



2 運命の出会い



 ヴェルネ王国は大国アマーティと海に挟まれたきょうあいな国だが、貿易の経由地となる大きな港を有するおかげで、経済的には大変豊かな国だ。

 隣国アマーティの広大な領土は希少鉱石を産出することで知られており、たくさんの原鉱や加工された宝石類がヴェルネから海の向こうへと旅立っていく。反対に海の向こうから美しいレースや絹織物、珍しい果物、貴重な美術品、異国の言葉を話す人々とヴェルネやアマーティにないものがたくさん運ばれてくる。

 ヴェルネによる独自の税関システムでそのすべてが管理され、取引のために各国の貿易会社が港に集っており、アマーティは少なからずヴェルネにその管理の対価を払っていた。

 この国の歴史を知らない人は、そんな無駄なシステムがあるのなら狭隘な国など属国としてしまえばいいと考えるだろう。しかし実際は数代前のヴェルネ王がアマーティからきた王子であったことから、今も友好関係は続いており、両国の王族は頻繁に行き来をしていた。

 ヴェルネ王リュシュアンとブーシェ伯爵令嬢の結婚式はその港の高台にある教会で執り行われた。

 海に面した壁は一面ガラス張りで、結婚という新たな航海に旅立つという意味から遠くあおい海をどこまでも見渡すことができる。

 天井が高く水晶の装飾がそこかしこに使われていることにちなみクリスタルチャペルと呼ばれており、ヴェルネに住むものなら誰もが知る場所だ。

 ロイヤルブルーのバージンロードには真っ白な小花が散らされ、参列席は王家や伯爵家に関係するごくわずかなものだけという、ごくごく内輪の式だった。

 一国の王の結婚式にしては簡素だが、それには理由があった。

 一ヶ月後にはリュシュアンの戴冠式が控えており、花嫁の正式なおはその場でされることになっていたからだ。

 ジゼルの母は貴族ではない。ブーシェ伯爵領で比較的大きな自作農場を営む農場主の娘で、平民ながらも裕福な家に育ったという。伯爵が子ども時代を領地で過ごしていたことから、近所に住むふたりは幼なじみとして自然と仲良くなった。

 しかし父の急逝により若くして爵位を継ぐことになった伯爵は生活を王都に移し、ジゼルの母とは疎遠となってしまった。数年後すでに貴族の娘を妻に迎えた伯爵と母が再会し、ふたりは恋に落ちた。そして生まれたのがジゼルだった。

 ジゼルを身籠もった際、母は家族に迷惑をかけないようかたくなに父親の名前を口にしなかったことから勘当されてしまう。伯爵の計らいで領地の片隅に使用人を付けたつつましやかな家を与えられたが、すでに王都に妻と娘を持つ伯爵とは、その後あまり良好な関係ではなかったらしい。

 結局母は伯爵を待つ生活の間に身体を壊し、ジゼルが五歳になってすぐにこの世を去ってしまった。

 幸い伯爵がジゼルを王都の屋敷に引き取ってくれたが、本妻の手前かそれとも元々ジゼルになど興味がないのか、伯爵はジゼルには無関心の態度を貫いた。

 物心ついてから父親の顔をほとんど見たことがなかったジゼルは、母を亡くした悲しみの中で見いだしたばかりの、父親と暮らすという希望を無残にも打ち砕かれてしまった。

 初めて屋敷の敷居をまたいだジゼルは、玄関ホールの高い天井に描かれたフレスコ画と装飾の豪華さに圧倒され、きょろきょろと落ち着きなく辺りを見回していた。

 ジゼルをここまで連れてきてくれた領地の管理人には、これからは顔も覚えていない伯爵をお父様、その妻をお義母様と呼ぶようあらかじめ言い含められていたが不安でたまらなかった。

 母とふたりの寂しい暮らしだったからか年の割に聞き分けのいい娘だと言われていたが、所詮まだ五歳の幼子だ。誰ひとり知っている人がいない場所に放り込まれて、不安にならないはずがない。

 さながら小動物のように小さく震えるジゼルの前に、ごうしゃなドレスにたくさんの宝石を身に着けた女性が姿を見せた。

 するとジゼルをここまで連れてきた領地の管理人が小さな声でささやいた。

「あの方が伯爵夫人だ」

 正面階段から降りてくる夫人の姿に、この人が新しいお義母様になるのだと思わず見入ってしまう。夫人は残りの数段を残したところでピタリと歩を止め、ぽかんと口を開けて見上げるジゼルを冷ややかな視線で見下ろした。

「……この娘がそうなの? なんてみすぼらしい娘かしら」

 美しい伯爵夫人に優しい言葉をかけてもらえるのだと思っていた幼いジゼルは、いきなり頰をたたかれたような衝撃を覚えた。

「おまえの母は農場の娘だというじゃないの。挨拶ひとつ教えてもらっていないようね。主をそんなしつけな間抜け面で見るんじゃありません」

 夫人の言葉のすべてを理解していたわけではないが、言葉の矢がジゼルに降り注ぐ。

「まったく。旦那様も労働階級の娘にこの家の敷居を跨がせるなんて、なにを考えているのかしら。そんなったい服を着てみすぼらしいこと。そんな姿で我が家の美しいホールに立つなんて汚らわしい」

 忌々しげにジゼルをにらみつけながら、夫人は残りの数段を降りジゼルの前に立つ。手にしていた扇の先をジゼルの顎に当て、その顔をよく見ようと上向かせた。

「……瞳はあの女の色なのね。ああ、あの女と同じでずる賢そうな顔!!

 夫人が忌々しそうに扇を振ると、ピシリ! と鋭い音がして扇の房飾りがジゼルの頰を打った。

「……っ」

「まあ、泣きもしないのね。可愛かわいげのない」

 夫人は突然のことに声も出ないジゼルを冷ややかに見下ろした。

 実際にはただただ困惑して声も出ないのが真実だったが、ジゼルが泣きもせず黙っていることがさらに夫人のかんに障ったらしく、さらに言葉の切っ先が鋭くなる。

「旦那様はおまえのことは私の采配に任せると言っていたわ。つまりおまえをどう扱おうと私の自由だということよ。そうねぇ、農場の娘なのだから馬屋の二階で寝起きするのはどう? ああ、家政婦が階下したで下働きの娘が欲しいと言っていたから、そちらでもいいわね」

 夫人がいたぶるようにゆっくりとジゼルの周りを歩く。

 夫人の言う階下とは使用人たちが暮らす区画のことだったが、貴族の暮らしを知らないジゼルには、その言葉の意味がわからなかった。

 夫人はジゼルの母を農場の娘とさげすんでいるが、母が育った農場は使用人がたくさん働く大きな農場だったと聞かされていた。母は農場主の娘として大切にされ、乗馬はするけれど馬屋の掃除どころか自分の部屋だって掃除したことがないようなお嬢様だったそうだ。

 かなり裕福で伯爵とは言わなくても、いい縁談がたくさんあったらしいと、母とジゼルの世話をしてくれていたメイドから聞かされていた。

「もういいわ。この目障りな娘を二度と私の目に触れないところに連れて行きなさい」

 そう言い捨てて、夫人がその場から立ち去ろうとしたときだった。

「お母様、私の妹にそんなことおっしゃらないで」

 子どもらしい甲高い声がして、ジゼルより少し年上の愛らしい巻き毛の少女が階段を駆け下りてきた。

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