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愛を教えて+α 【完全版】

御堂志生

第一部 (2)

 だが合コンとなると話は別。そこには必ず男性がいて、彼らの目的がわからないほど、万里子も子供ではなかった。いつも、あれこれと理由をつけては断っている。

「でも、やっと卒論用の実習研修も終わったところでしょう? 少しくらい自由になさっても、お父様もお叱りにはならないんじゃない?」

 友人の間では、万里子の〝ファザコン〟はかなり有名だ。

 万里子は四歳のときに母を亡くしていた。第二子妊娠中に前置胎盤で大量出血。母はお腹の子供と共に還らぬ人となった。

 その後、父は再婚もせずに、男手ひとつで万里子を育ててくれた。そんなこともあって、万里子は誰よりも父を優先する。

「いえ、父のことではなく、十一月には私立小学校の二次試験もありますので」

 万里子は小さい声で付け足すように言った。

 第一目標は幼稚園教諭。すでに試験は終わっており結果待ちだ。少しでも経験を積みたくて、付属幼稚園での実習だけでなく、多くの幼稚園でボランティアをやらせてもらった。だが、公立幼稚園の採用は狭き門。そして私立の場合は、縁故採用が多かった。

「何もむきになってお仕事を探さなくても。いずれお父様のお眼鏡に適った方を、お婿さんに迎えるのでしょう?」

 知人や教授に推薦を頼みたいのだが、会社社長のひとり娘である万里子の場合、すぐに結婚して辞めるだろうと真剣に取り合ってもらえない。

 こうして万里子をコンパに誘う友人も、就職は最初から諦めていると話す。父親が開業医という彼女は、卒業後は家事手伝いをしながら『聖マリア女子大卒』の肩書きで医者を狙うと宣言していた。

 だが、万里子には全く興味のないことだ。大学を卒業したら生涯を通して、人の役に立てる仕事に就かなければならない。それは、かつて自分が犯した罪の償いだった。

「ねえ、あの方どこかで見たことがあるんだけど……ご存じ?」

「さあ……どなたかの恋人じゃないの?」

 頑なな万里子の態度に、友人たちは誘うのを諦めたようだ。彼女らの意識はすでに別のことに移っていた。

「ねえ、ちょっと万里子さん。こちらを見てらっしゃる方、お知り合いかしら?」

 友人の質問に万里子は視線を向ける。


 万里子たちが話していた場所は正門の近く。そして、正門を出てすぐの道路脇に一台の車が停まっていた。

 普段からこの場所は、誰かの恋人や家族が待っていることが多い。そこに、オーダーメードらしき上質のスーツに身を固め、最高級グレードのBMWにもたれかかり、人待ち風情の男性がいた。

 彼はじっと万里子たちのグループを見ている。

 端正な顔立ちに社会的地位の高さを漂わせる服装。おそらく、エリートと呼ばれる種類の人間だろう。

 次の瞬間、射るようなまなざしが万里子を捉えた。

 そのまま数十秒が経過する。だが、彼は視線を逸らそうとはしない。そして、一歩ずつゆっくりと万里子たちに……いや、万里子に近づいてくる。

 万里子は彼の瞳を凝視したまま、棒立ちになっていた。

「千早物産のご令嬢、千早万里子さんですね」

 それは万里子が想像したよりも硬質な声であった。女性に媚びる感じはまるでなく、あくまで事務的だ。

「はい、そうですが……あの、あなたは?」

「失礼。私は東西銀行のしぶ頭取の友人で……こういうものです」

 渡された名刺には『弁護士 藤原卓巳』と書かれていた。


 卓巳が嘘をついている訳ではない。彼は六年前に司法修習を済ませ、弁護士会にも登録されたれっきとした弁護士だ。

 ただ、弁護士として働いた経験はない。引き出しの隅に眠っていたバッジを引っ張り出し、今日のために数枚の名刺を刷らせた。

『ストレートに呼びつけて条件を突きつければよろしいのでは? 或いは、社長の代わりに私が話し合いを済ませても構いませんが』

 秘書の宗は、妙な小細工をしようとする卓巳を見て、不思議そうに首を捻っていた。だが、卓巳はなんとしても、〝もう一度〟直接会っておきたかった。

 卓巳が万里子と初めて出会ったのは、半年近く前のことになる。正確には、卓巳が彼女を見かけた、というだけだが。当然、言葉も交わしてはいない。藤原グループが所有する劇場のこけら落とし公演があり、卓巳も出席した。そのとき、取引先の一社として招待されていたのが千早物産だ。万里子は父親と共に出席していた。

 公演のあと、場所を移して行われたパーティで些細なトラブルが起こり、卓巳は彼女に目を留めた。

(あのときの彼女は、不倫の挙げ句、中絶するような女には……)

 浮かび上がった思いを卓巳は慌てて振り払う。

(それが女というものだ。騙されるものか)

 あからさまに偽りの関係とわかる女性を、祖母の前に連れて行く訳にはいかない。旧華族出身の祖母が気に入りそうな花嫁は、良血で教養の高い楚々とした女性に決まっている。その女性像を卓巳が思い描いたとき、万里子の姿が浮かんだ。

 しかし、妊娠中絶の過去は卓巳にとって予想外だった。いい取引材料にはなるが、祖母はもちろん、周囲のやかましい連中が知れば明らかにマイナスだ。

 また、卓巳の万里子に対する初見の印象が誤りであった可能性も捨て切れない。その場合、計画そのものを中止にする必要が出てくる。

 卓巳の素性を明らかにするのは、計画を続行すると決めてからで充分だと考えていた。


「恐れ入りますが、弁護士の先生が私に何か?」

 万里子の不審そうな声に、卓巳の思考は一時中断した。

 一番信用を得られそうな肩書きなので、〝弁護士〟を選んだ。だが、立ち居振る舞いがそれらしく見えているかどうかは……。

 卓巳は咳払いをしながら、なるべく曖昧に話を進めた。

「突然、申し訳ありません。渋江頭取から、大変興味深い相談を受けました。お嬢さんにもお伝えしたいことがありまして、お迎えに上がりました」

「は? それは、なんのことでしょうか?」

「千早物産の経営状況と、あなたが今夜、頭取宅に招かれている理由です」

 万里子はますます不安そうな顔をする。どうやら、彼女は警戒心の強い慎重なタイプらしい。卓巳が用意した肩書きや小道具では、万里子を連れ出すのは難しそうだ。

 卓巳は仕方なく、携帯電話を取り出した。

「わかりました。では、私の身分を渋江頭取に照会していただきましょう」

 過信している訳ではないが、自分の容姿で女性を連れ出すくらい簡単だと思っていた。

 念のため、渋江に話を通しておいてよかった、と心の内でホッと息を吐く。卓巳は渋江と二、三言だけ会話し、「ご確認ください」と万里子に携帯電話を差し出した。


(この人は、いったい何を言ってるの?)

 万里子は狐につままれたような気分で携帯電話を受け取った。

「お電話替わりました。千早と申しますが……」

『ああ、万里子くんだね。渋江だ。今日は招待に応じてくれてありがとう。藤原氏は息子の大学の先輩でね、今でも仲よくしてもらってるんだ。身元は確かな方だよ。私が保証するから、彼の話を聞いてもらえないか? よろしく頼む』

「おじ様? 渋江のおじ様ですか? それはどういうことでしょうか? 父の会社に何か……」

『ああ、すまない。今ちょっと手が離せなくてね。そうだな、千早物産にとって大きな問題といえば問題だろう。あとは藤原氏と話をしてくれ。頼んだよ』

「待ってください、おじ様」

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