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許婚同盟!彼と私の共同戦線

七里瑠美

第一章 建前の許嫁から本気の恋へ (2)

 開業当初は、〝おはよう〟から〝お休み〟まで良い一日を、というコンセプトでの営業だったらしいが、今は二十四時間営業が基本だ。

 商品開発部に所属している彼は、主に食品関係の新製品の企画に従事しているそうだ。しかしまだ、自分が中心となって立てた企画が商品化されたことはないらしい。今年こそはと意気込んでいるのは萌香も聞いていた。

「まさか、俺に招待状が来るとは思ってなかった」

「せっかくだから、婚約指輪とか作っちゃう?」

「いきなり、それはないだろ」

「──そうよねぇ」

 自分で言って落ち込んだ。

 何せ、新作ジュエリーの発表会に同行を求められたとはいえ、礼一とはお付き合いしているというわけではない。だから、婚約指輪なんて作るはずもないのだ。

 萌香と礼一の間には一種の契約がある。

 二人の間で冗談めかして『許婚同盟』なんて呼んでいるそれは、高校時代に締結されて以来、お互い煩わしい相手に好意を持たれた時に発動されてきた。

『祖父が気に入ってる女性なんです。許婚というか』と礼一が言えば、たいていの人はそこで引いてくれる。芳賀ホールディングスの会長である芳賀れいろうの意向をくつがせるとは誰も思わないからだ。

 そんな風に礼一に頼まれて『許婚』を装ったことは何度かあるが、萌香が活用したのはたった一度きりだったりする。

「まあ、その前にご両親にご挨拶だろ? そこを越えてからでないと」

「じゃあ、そこ越えられたらってことで」

 やらかした。自分で口にして、なんだかずきりときた。

 礼一と二人揃って両親に挨拶なんてないない、ありえない。何しろ萌香が二十四になる今まで、親にすら話を通していない便宜上の関係だったのだ。

 ──やっぱり、そろそろ潮時なんだろうな。

 幼い頃からずっと彼に恋してきた。気がついた時にはもう好きになっていた。

 一番好きなのは萌香と一緒にいる時の柔らかな表情。

 婚約指輪を買うということは、彼が誰かと結婚するということ。そして、その相手はド庶民の萌香でないことだけは確実だ。

 でも、幼なじみの顔をしている間だけは、彼の側にとどまることを許してもらえる。

「──今日要注意なのって、もりまなさんだっけ? モリノのご令嬢」

 今、萌香が口にしたモリノとは、芳賀ホールディングスと同じように小売業を柱として複数の事業を展開している一大グループだ。

 そこのご令嬢がどうやら礼一と年が近いらしく、礼一の母親──HAGAYAというスーパーマーケットの重役という地位についている──は、彼女と礼一の縁談を進めたいらしい。

 今どき政略結婚という話にもびっくりしてしまうけれど、大企業の創業者一族ともなるといろいろあるんだろう。

「そうだ。どうも、先方がうちの親に縁談を持ちかけてきたらしい。うちは母さんの方が乗り気だな。父さんの方は好きにしろって感じ、というか興味なさそうだ」

 ──れいくんの家も、なんだか複雑だもんね。

 幼い頃からの知り合いなので、彼の家庭環境についてはなんとなく把握している。

 祖父と両親、それから萌香と弟の五人でわいわい暮らしている自分の家族の関係と、彼と家族との関係は違うものらしい。深くそこに立ち入ったことはないけれど。

「ま、俺には『許婚』がいるから、その話には乗る気がないけど」

 ──それは、そういう設定でしょ。

 というのは、萌香の心の声。

 ではあるけれど、両家の祖父が親友同士なのも、子供の頃から彼の祖父に冗談交じりで『うちにお嫁においで』と言われていたのも本当のことなので、まるきり噓ってわけでもない。だからなおさらやっかいだ。

 長年の芝居が、微妙に信憑性を持たせているのもそれに拍車をかけている。萌香の友人はともかく、礼一の友人の中には信じ込んでいる人もいるだろう。

 だから萌香としても、つい淡い期待を抱いては打ち消す羽目になる。

「ちゃんと、『許婚』らしくふるまうから、終わったらコーヒーご馳走してくれる?」

 彼の腕にかけた手に力を込めて、ちらりと見上げる。

 今まで頼まれて呼び出されてきた時、毎回帰りにカフェでご馳走してもらっていた。

 彼にとっては、単なるお礼以上の意味はないだろうけど、そうすることで『デート気分』を味わってきたのだ。

 当時、同級生の間で流行はやっていたクレープのおいしいカフェ。店内にいるのは九割が女性だったけれど、嫌な顔をせずに付き合ってくれた。

 苺の季節限定のパフェに付き合ってくれた時もあったし、その時には一緒になって店の前で二時間近く一緒に並んだ。その時のおしゃべりだって、忘れられなくて。

 今日は、レンタルしたドレスを返しに行ったあとで、ホテルのカフェに寄るのはどうだろう。いや、それならドレスを返す前の方がいいかも。こうやってドレスアップした状況で一緒に過ごす機会はまずないから。

「そんなことでいいのか?」

「じゃあ、ケーキもつけて。こういう場所だとあまり食べられないんでしょ? 久しぶりだから心配。上手にできたらご褒美ってことで」

 彼に呼び出されて、彼女のふりをするのは実は久しぶりのことだった。

 萌香より二歳年上の彼は、学生時代にはそれはもうモテてモテて困ったらしい。

 というか、容姿が良くて、成績が良くて、運動神経も──萌香の知っている限りではけっこうなもので。おまけに資産家の息子とくればモテない方がどうかしている。

 彼が大学を卒業してから恋人のふりを頼まれることがなくなったのは、社会人ともなれば周囲も色恋沙汰にうつつを抜かしている場合ではなくなってきたというのと、彼が自分でうまく対処できるようになったからだろう。

「萌香はいつだってちゃんとやってくれただろ」

 かけられた言葉はそれだけなのに、ふわりと胸に温かな期待が広がる。たぶん、それはもう捨てなければいけないものなんだろうけど。

 支度に使ったホテルを出て、ジュエリー発表会の開かれるクルーザーへと移動する。

 今日は比較的若い年齢層向けのラインナップということで、招待客も若い人が多いらしい。

 クルーザーに乗る機会なんてめったにないので、それだけでわくわくしてしまう。

 乗船手続きを済ませ、乗り込んだところで萌香のテンションは一気に上昇した。

 まずは甲板でのウェルカムドリンク。小さなグラスに注がれたそれは、ノンアルコールのカクテルだった。

 それを飲み終えたところで、会場内へと通される。

 数百人は入れそうな大きな部屋は、一面青いカーペットが敷き詰められていた。会場内のあちこちにガラスのショーケースが置かれ、そこに新作ジュエリーがずらりと並べられている。

 ──ほら。

 いつだって、彼は人の目を引き付ける。会場に入った瞬間、中にいた人達の視線が彼に向けられるのがわかった。

「──ねえ、今Maikaが通った!」

「Maikaって?」

「今、人気なんだってば! 昨日買った雑誌にも出てた!」

 先ほど萌香の目の前を通り過ぎていったのは、最近若い女性の間で大人気のモデルだ。

 すらりとしていて足が長く、れてしまうくらいにスタイルがいい。その身を包むワンピースは裾がアシンメトリーになっていて、彼女の動きに合わせて柔らかく揺れる。

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