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許婚同盟!彼と私の共同戦線

七里瑠美

プロローグ / 第一章 建前の許嫁から本気の恋へ (1)


もえは、俺の『許婚いいなずけ』なんで、手を出さないでもらえるか?」

 冷たい目で相手を睨みつけながら彼はそう言った。

 顔立ちが整っているだけにそうすると妙な迫力がある。

 ──夢みたいだ。

 彼のその言葉を聞いた途端、胸が締め付けられたような気がした。

 ここが、文化祭真っ最中の学校であることも、周囲に多数の人がいることもどうでも良くなってしまう。

 萌香を背後にかばうようにして立つ彼の背中を見つめる。紺のブレザーに紺のネクタイは、有名な小中高大一貫校のもの。許婚という言葉に、周囲がまたざわめく。

「言葉の通り、親の決めた縁談だ。もっとも、それがなくても、俺は萌香のことが好きだけど」

 許婚という言葉など信用していない男子高生に向かい、れいいちは同じ台詞を繰り返した。

 親の決めた縁談──なんて噓。そんな話、最初から存在しない。ましてや彼が萌香のことを好きなんて事実も。

 今日、彼がここに来てくれたのは、困った状況に巻き込まれている萌香を救うため。

 ──それなのに。

 大好きな彼のそばにいるのを許されたような、そんな気がしてしまう。

「──ごめんね、れいくん」

 せっかくの休日なのに、こんなことに付き合わせてしまった。それが申し訳なくて、萌香は眉尻を下げた。

「いや、いいよ」

 逃げるように立ち去る相手の背中を見送って、彼はこちらへと振り返る。

 いつも店に会いに来てくれるのは学校の帰りだったから、彼の制服姿を見るのは珍しいことではない。

 けれど、いつも自分が通っている学校に彼がいるのは不思議な気分になる。

「学校、案内してくれよ。今日は、そのためにここに来たんだし」

「うん!」

 彼は、萌香の手を握って歩き始めた。

 ──手、繋いでる……。

 自分のものよりずっと大きな手。

 萌香が誰かと手を繋いで歩くのなんて珍しいから、すれ違った友人達がぎょっとしたような目を向けるのも照れくさい。

 ──あとで、あの人は誰って聞かれるんだろうな。

 そうしたら、なんて言えばいいんだろう。幼なじみ──でいいんだろうか。

「お前のクラスのお菓子は売り切れだって、教室で聞いたぞ」

「うん、皆で一緒に作ったから売り切れて良かった」

「俺も食べたかったな」

「今度、お店に来て? いつ来るか教えてくれたら、用意しておく。パウンドケーキでいいかなあ」

「じゃあ、来週──かな」

 まつなが萌香、高校生になって初めての文化祭。クラスで出店した模擬店も大成功。最初の文化祭がこんなに楽しいものになるとは思っていなかった。

 その日は、ずっと彼が隣にいてくれて──けれど、その『許婚』という言葉に萌香自身が縛られているのに気づいたのは、それからずっと後のことだった。


 九年後──。

 支度をしていた美容室から出て、松永萌香は息をついた。

 ──や、これは、まっすぐ歩くのも難しいかも。

 明るいピンクのドレスにビジューで飾られたきゃしゃなハイヒール。スマートフォンを入れたらそれだけでいっぱいになってしまいそうな小さなバッグ。というか、このバッグ持ってる必要あるんだろうか。

 仕事の時にはバレッタで束ねているストレートの髪は、今はこてで巻かれ、顔の周りにルーズな編み込みを入れた上で左に寄せられ、そのまま肩に流されている。

 カールした髪が頰を撫でる感触がくすぐったいし、こうやって髪が寄せられているだけで頭が片方に引っ張られているような気がして落ち着かない。

「──れいくん、どうかな?」

 こわごわと一歩踏み出す。ここまで細身のヒールを履くのもめったにあることではなくて、踏み出した瞬間よろめいた。

「ひゃあっ!」

「──危なっかしいな、おい!」

 萌香を受け止めてくれたのは礼一──萌香の二つ年上の幼なじみだ。今日、こうやって萌香をドレスアップさせた張本人である。

 ここはホテルの中にある美容室。

 今、萌香が着ているドレスも履いている靴も、このホテルでレンタルしている品。

 ここでドレスを選び、顔にメイクを施され、髪もきちんとセットしてもらうまでかかったのはおよそ二時間。

 その間、彼はずっと萌香を待っていてくれたというわけだ。

 彼の方も今日はフォーマルスーツで、二人並んでも釣り合って見える──そう、思いたい。

 萌香より二十センチ以上高い高身長、すらりとしたモデル体形。ライトグレーのフォーマルスーツは、上質な仕立てのもの。少し癖のある髪は、染めていない自然な色合いだ。

 彼は全国で様々な事業を展開している芳賀ホールディングスの創業者一族で、簡単に言えばセレブとかおんぞうとか、そういうたぐいの人である。対して自分は、単なる街の洋菓子屋の娘で、一企業のOL。

「危なっかしいって、こんな服着るの、めったにないからしかたないでしょ? れいくんは慣れてるかもだけど」

「──俺だって慣れてるってわけじゃ。あー、仕事ではスーツを着るか」

「そうじゃなくて!」

 ──今日も、素敵なんですけど。

 と、言葉にしたら何か変わるんだろうか。

 着なれないドレスを着て彼の隣にいると、お姫様にでもなった気分。だけど、釣り合っていないという事実を改めて目の前に突き付けられているというかなんというか。

 だいたい、今こんな格好をしているのも彼の要望だからで。

 萌香は腕を借りている礼一の顔を見上げる。

「だけどな、そのドレスすごく似合ってるぞ?」

「そう? そう、かな……」

 単純なもので、彼の口から誉め言葉が出てきたら萌香の気分は一気に上昇した。彼とは幼なじみであるけれど、こうやって本格的にドレスアップした状態で彼の前に出るのは初めてだ。

 真正面から誉められて、不意に照れくさくなる。

 もじもじとしながら片手を頰にやったら、そこは急に熱くなっていた。

「似合ってる。すごく似合ってる」

 にこにこしながらこうも手放しで誉められると、なんだか調子がくるってしまう。

 ──今日のれいくん、いつもとちょっと違う……?

 礼一と萌香は生まれた時からの付き合いだ。だけどこれまでこんなに誉められたことなんてない。

「そう? れいくんがそう言ってくれるなら似合ってると──あっ」

「本当、危なっかしいやつ」

 腕を借りて歩き始めたはずが、またよろめいた。

 世の中の女性は、こんなに華奢なヒールでどうやって上手に歩いてるんだろう。

「ほら、もう少しこっちに寄れ。その方が安心だろ」

 腕を貸しているだけでは危ないと判断されたのか、ぎゅうっと腰を抱かれて引き寄せられて、頭から湯気が出てるんじゃないかという気になる。

「わ、私、ジュエリーの発表会なんて初めて!」

 この現実から意識をそらそうと話題を変えてみる。

 こんなに密着しているだなんて心臓に悪い。

「俺だって初めてだよ。俺が今いる会社には縁がないし。アパレル方面に行ってたら、呼ばれる機会もあったのかもしれないけどな」

 芳賀ホールディングスは、様々な事業を展開しているが、そのうちの大きな柱は百貨店、スーパーマーケットやコンビニエンスストアといった小売業だ。グループ内には不動産やアパレル関連の会社もあるのだが、今、彼が働いているのは「グッディマート」というコンビニエンスストアの本社である。

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