押しかけ御曹司の新妻にされそうです!
押しかけ御曹司の新妻にされそうです! (2)
普段の私はバーになど絶対に近づかない。なのに今夜は彼に誘われるがままついてきてしまった。ぜひ一緒に、という彼の熱い視線と言葉に負けてしまったのだ。
ほとんど飲み干したカクテルグラスから視線を移す。同時に彼と視線がぶつかった。穏やかな瞳を向けられて、胸がきゅんとときめく。見れば見るほど素敵な人だな、と思う。
頭がふわふわして、気持ちに余裕が生まれている。いつの間にか、自信の持てない私はどこかへ消えたようだ。それが嬉しくて、勝手に頰が緩んだ。
私の自信のなさは外見にも現れている。ストレートの黒髪を後ろで結い、硬い印象の伊達メガネをかけ、常にパンツスーツという地味系女子。人と必要以上に関わることが苦手でつい距離を取ってしまうし、自分の心を素直に表現することもできない。
けれど今夜は、いつもと違う自分になれる気がした。私の理想の、積極的で明るく振る舞う女性に近づけそうなのだ。
「ペース速いね。大丈夫?」
「大丈夫よ」
余裕の笑みでうなずく。そう、これくらいの量などなんてことない。
「強いんだな」
「わりとね。もう一杯飲みたいな」
「ああ、頼もう」
彼がバーテンダーに目配せした。
(私にとってお酒は「禁断の味」……というものだった気がするけれど、それはどうしてだっけ……?)
バーテンダーが二杯目を私の前に置く。赤く透明な液体が光に反射して美しい。今さっき同じものを飲んだはずなのに、どうしてもお酒の名前が思い出せない。
「……」
ひとくち飲んでグラスを見つめるも、やはりわからなかった。彼はスコッチを飲んでいる。それほど進んではいないみたいだ。
彼が楽しげに話しかけてくれるのに、話の内容までも、わからなくなってくる。
「ねえ、メガネを取って見せて」
「え?」
「君の素顔が見たいんだ」
「……どうぞ」
彼の願望通り、私は眼鏡を外した。人前で顔をさらすことは滅多にないのだが。
「綺麗だ。もっとそばで、もっと近くで見たい」
伸びてきた大きな手が私の頰をそっと撫でた。反応した私の体全体が、びくんと揺れる。彼の熱いまなざしを意識しながら、私は二杯目のカクテルを飲み干した。喉の奥だけじゃない、体中が熱くなっている。彼の視線のせいで、頭の中まで沸騰しそうだ。
初対面の男性に頰を触られたのに……イヤじゃない。それどころか心地よくて、もっと触ってほしくなる。この人なら、今夜ずっと一緒にいてもいい……なんて。
「メガネの度は強いの?」
「これは伊達メガネなの」
「わざわざ……、どうして伊達メガネを?」
「秘密」
ふふんと笑ってメガネを指で弾くと、彼が私に近づいて、いたずらっぽく微笑んだ。
「それ、好きなんだね」
彼がカクテルグラスを指差す。耳の奥に響くような、低く、優しい声だ。頭がクラクラする。
「甘くておいしくて、とても好き。でも普段は飲まないのよ」
「どうして?」
「どうして……だったかな? 変ね、思い出せない」
なんだか妙におかしくなってクスクス笑うと、
「はぐらかさないでよ」
と、彼が困ったように笑うから、胸がまたきゅんとする。
それにしても私、本当にどうしてこんなにおいしいものを、普段は飲まないのだろうか。何かとても、いけないことだったような──。
「……」
そもそも私、なぜこんなイケメンの隣に座っているのだろう。私、この人のことを知らない。どこで出会ったのだろう? なんだかとても眠くて眠くて、うまく考えられない。
「ん? どうした?」
「ううん。なんでも」
まぁ、いいか。楽しいし、紳士的で素敵な人だし。
「僕の名前は賢一郎だ。君の名前も教えてくれる?」
「私は琉衣」
「年齢、聞いてもいい?」
「二十五歳よ。あなたは?」
「今年で三十三歳」
「結構離れてるのね。えっと、五歳差かしら……?」
ぼうっとした頭で答えると、彼がくしゃっと笑った。
「ははっ、八歳差だよ。計算苦手なの?」
「あ、そうね。ごめんなさい」
「可愛いな。ずっとこうしていたい」
「……私も」
しばらくしてからお店を出ると、黒く濡れたアスファルトが印象的だった。冷たい雨は上がり、ひんやりとした涼しさだけが残っていた。
「どうぞ」
そう言って、彼をひとり暮らしの自宅に招いたのは、私だ。そして次の瞬間にはもう、私は彼とお布団の中にいた。
人肌があたたかくて心地よいことを初めて知った。緊張するかと思ったけれど、六畳一間の自分の部屋にいるせいか、それほどでもない。
「本当にいいの?」
私の瞳を覗きこんできた彼が、真剣な表情で問うた。茶色がかった瞳に私が映っている。綺麗だ。
「あなたなら、いい」
そう思ったのは噓じゃない。だから口にしてみる。
「ありがとう……!」
「んっ」
迫ってきた美しい顔に唇を奪われた。同時に、力強く抱きしめられて息が詰まる。
今日初めて会った男性にファーストキスを捧げてしまった。彼に何度も唇を重ねられて、そのたびに体が小さく震える。
「琉衣」
私にのしかかる彼が目を細めた。
「好きだよ」
「え?」
「琉衣。僕が探していた人は君だ。君こそ僕の理想の人だよ」
「それは……、んっ」
違うの、と言おうとした唇を再びふさがれた。
この人は勘違いしている。本当の私は外見通りに地味で、自分に自信の持てない人間──。
今夜の私はなぜか、理想の女性を演じることができているだけ。普段はこんなに大胆に振る舞えない……。
柔らかな唇が何度も押しつけられたあと、生ぬるいものが口中に入ってきた。それが彼の舌だとわかると同時に私の舌は絡めとられ、深く舐めつくされた。ふわふわしていた私の思考は初めての感触による羞恥に埋め尽くされる。
布団の上でもつれあいながら長いことキスをした。私、上手にキスができただろうか。
「琉衣、僕の名前を呼んで」
彼の指が私の濡れた唇をなぞった。ゆっくりと左右を往復し、撫でさする。
「ええと……」
さっき聞いたような気がするけど、忘れてしまった。
「賢一郎だよ」
睫毛が触れそうなくらいの近さで彼がクスッと笑う。
「けんいちろう……」
「そう、賢一郎。忘れないでね、琉衣」
「けんいちろう、さん」
「琉衣……、琉衣……っ!」
シャワーを浴びたのか浴びていないのか、そんなこともう、どうでもよかった。
たくさん触られて、体中舐められて、私も彼の体をいっぱい触ってキスをした。夢の中にいるみたいに、自分の声が遠くに聞こえる。現実から遠のいてしまったような不思議な心地だ。私の体に触れる彼の手が、とても優しい。
避妊具をつけるね、と聞こえた気がする。
途切れ途切れの記憶の中で、突然、濡れて疼いていた足の間に裂けるような痛みが走った。
「い、痛っ……!」
「え、ごめん……!」
彼が慌てて動きを止め、顔を歪めた私を心配そうに見る。
「あの、もしかして君……初めて、なの?」
「ええ、初めてよ」
彼の顔を見て思う。やはり、二十五歳で処女は驚かれる対象なのか。
「……そうだったのか」
「迷惑?」
「そんなことあるわけないじゃないか……!」
私の問いに、彼が真剣な顔で答えた。
「琉衣が僕でいいと思ってくれたんだ。とても嬉しいし、本気で幸せだよ」
「本当?」
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