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転生侯爵令嬢はS系教師に恋をする。

月神サキ

プロローグ (1)




プロローグ


「レアンドロ・カルデロン、お呼びと伺い参上致しました」

 フロレンティーノ神聖王国。古い歴史を誇るこの国の謁見の間。その扉を開けて入ってきたのは黒髪黒目の冷えた表情が目を引く一人の青年だった。

 黒縁の眼鏡をかけ、上質の生地でできた、だけども華美すぎない丈の長い貴族服を着ている。背は高く体格は細身。ぴしりと伸びた背筋が、この男のちょうめんさを表しているようだった。

 男の名は、レアンドロ・カルデロン。

 フロレンティーノ神聖王国の現宰相の息子にして、先日爵位を継いだばかりの若き侯爵家の当主だ。レアンドロは作法通り一礼すると、顔を上げた。さっと周囲を確認する。

 謁見の間にいるのは、王太子レンブラント──レンとその妻シェラハザード──シェラ。後は何故なぜか、レアンドロの学生時代からの友人であるテオ・クレスポも控えていた。

 他には誰もいない。女王も、大臣たちも、女官たちですらいなかった。

 何か内密の話だろうかと、レアンドロは表情を引き締めた。

「よく来てくれた」

 沈黙を破り、声を出したのはレンだった。金髪へきがんの支配者としての風格を漂わせた麗しい容姿を誇る彼の隣では、シェラが微笑ほほえんでいる。

 大恋愛の末結婚したという逸話を持つ王太子夫妻の仲はすこぶる良く、レンが自らの正妃を溺愛しているのは国に住む誰もが知る話だった。

 二人の間には二歳になる娘がいて、レンは彼女のことを大層わいがっている。

 温厚な性格で、なおかつ魔法大国次期国王としてふさわしいばくだいな魔力を持つレン。女王の代わりに公式行事を取り仕切ることも増えてきた。準備は万端。そろそろ即位の話が出るのではないかと最近王都ではもっぱらのうわさだ。

「レンブラント殿下からのお召しとあれば、何を置いても駆けつけるのが当然です。……本日はどのようなご用件でしょうか」

 礼儀正しく頭を垂れるレアンドロに対し、レンはおうよううなずいてみせた。

「ああ、実はお前に折り入って頼みがあってな」

「承ります。なんなりとお申しつけ下さい」

 王族の頼みは命令も同然。どんなに意に沿わない話でも最後には引き受けなければならない。それが分かっていたからこそのレアンドロの言葉だったのだが、場の雰囲気を壊す笑い声に邪魔をされた。

「あはははは。話も聞かないで頷いちゃうんですね。さすがレアンドロ先輩。とってもあなたらしいとは思いますけど、レンブラント殿下の話は最後まで聞いた方が先輩のためですよ」

「テオ……」

 声の主の名を呼ぶ。遠慮なく話に入ってきたのはテオだった。

「はい。お久しぶりです。……とは言っても、公の場ではという意味ですけど」

 レンとシェラのすぐ後ろに控えていたテオは、レアンドロの視線に気づくとひらひらとアピールするように手を振った。

 彼の容姿は、数年前までは幼く中性的だった。だけど今では見る影もない。レアンドロほどではないが、身長も伸び、ふわふわしていたはちみつ色の髪は少し重みを増したように見える。優しい顔立ちは昔の面影があるが、いつ見ても昔とは別人のようだとレアンドロは思う。

 そんなテオは華美な装飾が一切ない服の上に黒いマントを羽織っていた。くすんだ金色の留め金に彫られた紋章は魔法学園のもの。それを見て、今のテオの所属を思い出す。

「ああ、そういえばあなたは魔法学園の教師になったのでしたね」

「まあ、一応カタチだけは。その方が動きやすいことも多いんですよ」

 王立魔法学園。国内最高峰の魔法を学ぶための施設だ。場所は王都の王宮の近く。貴族街でも平民街でもない場所に立っている。広大な敷地面積と最新の設備が整ったこの学園は、魔法で食べていきたいと考える者たちにとっては憧れの存在だった。

 とはいえ、授業料は高い。特待生制度を導入してはいるが条件は厳しく、結果として生徒のほとんどが貴族という状況になっている。

 レアンドロもテオも魔法学園の卒業生だ。魔法学園の理事はフロレンティーノ神聖王国の女王で、その後継者であるレンは昔から特別講師として顔を出すことが多かった。

 魔法学園に生徒として在籍していた頃からすでに頭角を現していたテオは、早くからレン直属の部下として迎えられていた。今は魔法学園の教師として働きながら、レンの部下として動く二重生活を送っている。

「あなたが先生というのも変な感じですね」

 紛れもない本音だったのだが、テオは首をかしげただけだった。

「そうですか? もう慣れたものですけど。それにレアンドロ先輩も人のことは言えませんよ。あなたもこれからこれを着ることになるのですから」

「は?」

 ぽんぽんと己のマントを示すテオ。

 さらりと告げられた言葉の意味が一瞬分からず、レアンドロは目を瞬かせた。

 レアンドロの現在の仕事は父の補佐だ。魔法学園を卒業してからは、そちらとは全く縁のない生活を送ってきた。だからこそ本当に分からなかったのだ。

 驚いた表情を見せたレアンドロに向かい、レンが告げる。

「今テオが言った通りだ。お前にはしばらく臨時教師として魔法学園に通ってもらいたい」

「どういうことです?」

 つい先ほど、何も聞かず「なんなりと」などと言ったことも忘れ、レアンドロはレンに詰め寄った。レンは表情を崩さず言う。

「どういうことも何も、そのままだ。実はこの春から、魔法学園は男女共学になることが決まってな」

「共学化、ですか」

「そうだ」

 予想外の話に、レアンドロはとりあえず聞く体勢に入った。

 魔法学園の共学化。

 創立以来、王立魔法学園はずっと女子禁制の学びとして知られてきた。

 理由はいろいろとあるが、魔法を積極的に学ぼうとする女性がほとんどいなかったからというのが特に大きい。

 女性は男性と違い、作法や花嫁修業の方が重要視される。それらを身につけるには膨大な時間がかかるのだ。とてもではないが、魔法を学ぶ暇なんてない。

「だが、最近事情も変わってきてな」

 レンの言葉に、隣にいた妻のシェラが続けた。

「少しずつだけど魔法を自分の仕事にしたいって考える女性たちが増えてきたの。時代の流れね。だけど今のフロレンティーノには、女性が本格的に魔法を学べる場所がない。それならいっそのこと、作ってしまえばいいかと思って」

 魔法学園のみならず、高等教育機関はそのほとんどが女子禁制だ。いきなり女生徒を受け入れろと言っても難しいだろう。それならまずは手本として、王立の魔法学園から共学化を図ろうと考えたらしい。

 魔法学園で上手うまくいけば、生徒の拡充を狙い、追随する教育機関も増えるだろうというのがレンたちの狙いだった。

「これは偶然なんだけど、今年からレンが理事職を引き継ぐことになったの。だから改革の時期としても悪くないかなって思って」

 そう言ってシェラは微笑んだ。

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