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ぼくには孤独に死ぬ権利がある――世界の果ての咎人の星

ゆずはらとしゆき

B_001「死体置場への宇宙船」(2)

 無知で無学な彼女の〈からっぽの空白〉は大きすぎて、祖父の愛情では埋まらなかった。

 家族全員を〈一家和楽の信仰〉へ駆り立て、教主という〈偉大で象徴的な男性〉から承認されることでしか満たされることはないのだ。

 だが、その願いが叶えられるほど、彼女は有能でもなかった。

 本人は伝説の活動家だと思い込んでいて、1950年代の〈折伏大行進〉で活躍したことを自慢していたが、その後、巨大化した教団から役職が与えられることはなかった。

 ちなみに、父親は何処にもいない。

 そもそも、父親の顔を知らないのだ。

 香名子は物心ついた頃から、祖母と2人で暮らしていた。

 だから、10日前までは、彼女のを演じるしか、生きていく術はなかった。彼女の支配から逃れた〈東京〉で自由を謳歌しているかとして。

(これで母親の義務を果たしているつもりなんだから……つくづくおめでたい女……)

 香名子は乾いた笑いを浮かべた。

 電話の応対は秘書に任せ、折り返しの電話もなければ、返信も手紙——そのくせ、速達で手紙を送ってくるのは、怯えているからだ。

 祖母が倒れても、その影に。

 とはいえ、おめでたい母親が娘を捨てた後ろめたさから毎月欠かさず振り込んでくる金で、ろくでもない祖母の入院費を工面していた。

 社会的に見れば、成功者は向こうの方だ。

 かくして、1990年の春──この寂れた街の片隅で、彼女は独りで暮らしていた。

 しかし、哀しむべきか、喜ぶべきかは、まだ分からなかった。

 祖母が回復してしまえば、また元の生活に戻ってしまうからだ。

†††

 無限に広がる闇の中をふらふらと漂っている意匠デザインは、真面目に考えるのも馬鹿馬鹿しくなるような代物だった。

 前述の〈御多福会〉信者よりも夢見がちな宗教家アダムスキーが、トリック写真を使って喧伝した馬鹿馬鹿しい法螺話をそのまま具現化したような円盤が、漆黒の宇宙を航行していたからだ。

 円盤の内部は、ふにゃりと柔らかい素材で扁球状に作られた綺麗なピンク色の空間が広がっていたが、機械的な計器の類は皆無だった。航行状況を示していたのは、空間に浮かび上がっては消える断片的な映像や文字列だったが、今のところ〈自動航行器アイドラ〉が正確に作動しているから、誰も興味を示さない。

 空間の中心にいたのは金髪の裸女だった。甘えるような嬌声を上げながら蠢き、身悶えている彼女の瞳は緑色に光っていたが、別に金星人ではない。

 円盤型の〈船〉は、いくつかの宙域に設けられた〈挿入式玉門インサートホール〉という〈空間移動器官〉へ潜り込むことで遠大な距離を跳躍していく。〈世界の中心の大きな星〉から遥かに遠い辺境へと。

 彼女の〈幸福号〉は〈世界の果てにもっとも近い門〉から放り出され、辺境の不可侵宙域──〈わたし〉たちがよく知っている太陽系へ向かっていたから、金星人であるはずがないのだ。蕩児の帰郷でもない限りは。

 もっとも、金髪の裸女と記したが——彼女は妖艶で蠱惑的な美女ですらなかった。

 むしろ、コーカソイド系に近い容姿の可愛らしい幼女だったが、肩のあたりで切り揃えた柔らかい金髪から長い兎の耳を伸ばし、ひょこひょこと動いている様子は奇妙であった。

 とはいえ、獣と人間が混淆した獣人ではない。あくまで人間のだった。

 なのに、彼女はその幼さには似合わない愉悦の表情を浮かべ、淫らに喘いでいた。それは、小さな生殖器を目一杯に拡げ、もう1人の乗員──男性の屹立を迎え入れていたからだ。

 全裸の幼女は夢うつつの喘ぎに紛れつつも、口頭で〈自動航行器〉に重力制御の指示を出し、浮遊感を利用した性交セックスに耽っていた。

 交合相手にも指示を出し、何度か体位を変えていた。そうして、互いに下半身を小刻みに動かしつつ、ふわりふわりと宙に浮かんでいたが、完全無重力状態での性交は弾力性と粘度の高い素材で内壁を構築していても危険な行為なので、厳密に言えば、低重力下での性交だ。

 突き立てている側の男性へ視点を移すと、性交のために露出している屹立を除くと、衣服を着用したままだった。

 均整の取れた肉体は少年から青年期にさしかかっていたが、モンゴロイド系に近い表情にはまだ、少年の面影が強く残っていた。焦げた茶色の髪からは犬のような耳が見え隠れしているが、堂々と突き立てている「うさみみ」とは違い、ひょこひょこと恥じるように蠢いていた。

 2人は獣のような耳を除けば、だいたいの部位は地球人と共通だったが、地球人の科学力よりもはるかに高度な技術を持っていた。

 なのに、展開されている行為と光景は、真面目に考えるのも馬鹿馬鹿しくなるような代物だった。

「えっちゃん……さすがに疲れた……出航してから、ずっとので……」

 加えて、2人の態度には大きな違いがあった。「えっちゃん」と呼ばれた全裸の幼女は嬉々として性交に励んでいるが、青年の方は幼女の命令に従っているだけで、能動的に愉しんでいる様子ではなかった。短い鎖が垂れた赤い首輪のようなものを装着し、白黒のボーダー柄の囚人服を着ていることも奇妙だった。

「んー? このくらいで音を上げちゃダメだよー。これも〈情緒回復計画〉の一環なんだからっ!」

 幼女の声質は外見の年齢に相応だったが、たどたどしさのない口調は妙に大人びていた。むしろ、大人の声優が子供を演じているような、何処か芝居がかった口調だった。

「それはちょっと無理がありますね……」

「だって、出発前に〈環境適応学習〉や〈発語訓練〉はすべて完了しちゃったしー。退屈なんだよねー」

 少年の面影を残した青年は身も蓋もない本音に呆れつつも、柔らかい微笑を崩さなかった。消極的な態度とは裏腹に、屹立も維持していた。

「ハヤタくん! あれが〈世界の果ての咎人の星〉だよー」

 空間に大きく映し出されたのは、青い惑星──ガガーリンが「地球は青かった」と呟いた後の地球人がよく知る地球の姿だった。

「名前のわりには、綺麗な星ですねー」

 ハヤタと呼ばれた青年が、のほほんと笑った。

「だって、〈連盟〉に未加盟どころか、〈連盟〉の存在すら知らない〈蛮族〉の田舎星……未開の辺境だからねー。〈生物多様性条約〉とか〈絶滅保護種指定〉とかなんとかで渡航すること自体、厳しく制限されてるしー」

 やっと性交を止め、屹立を抜くように命じた幼女もまた、のほほんと笑った。

「あと、さっき、降下予定地の〈黒衣〉から連絡があってねー。〈奉仕対象〉への情報操作も完了しているよー」

 彼女が言った〈黒衣〉は、〈連盟〉に属していない星の各地に配置されている〈隠密式管理代行者〉の通称で、あらかじめ来訪者のための根回しを行っていた。渡航者が違和感なく紛れ込むために。

「じゃ、ぼくは一足先に降下しますね」

 首輪の裏側に触れると、青年の囚人服はすぐに黒いハイネックセーターと濃紺のジーンズに再構成された。同時に、がらんどうの空間がぐにゃりと歪み、外部から金属製の巨大な卵——〈鉛色の卵〉が挿入された。

「……頑張ってねっ!」

 頬に口づけた幼女に別れを告げた青年は卵を殴って割り、中へ入っていく。

 割れた殻はすぐに自動修復され、青年を内包すると小刻みな蠕動を伴いつつ、空間から排出された。代わりに円盤の下部から、ぬるりとした透明な粘液を纏った〈鉛色の卵〉が吐き出された。

 排出された後の空白には植物とも金属ともつかない有象無象が臓腑のように蠢いていたが、機械なのか植物なのか判然としない無数の蔓は互いに絡みつくと溶けて凝縮され、あっという間に元の形状へと戻っていた。

 大気圏へ吐き出された〈降下保護球〉はそのまま地球の引力に任せて落下し、すぐに姿を消した。

†††

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