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俺様御曹司の悩殺プロポーズ

藍里まめ

表と裏のある男 (3)

 大阪の女子アナに至っては、生放送中におならをしてしまうという大失態を犯していたが、それを出演者全員で見事に笑いに変えていた。さすがは笑いの聖地大阪で、なんて素晴らしい県民性なのだろうと私は感心していた。イワシ師匠もここは念入りにツッコミを入れて、収録はこれまでで一番の盛り上がりを見せる。

 まだこれといった見せ場のない私は、みんなの失敗を楽しく笑うだけで、少々気を抜いていた。私にハプニング映像はないと思っているからだ。時々日本語を間違えて叱られるけど、それだと面白くないから、バラエティでは使われないだろう。

 そんなふうにのんに構える私の耳に「次のハプニングは、北海道放送局の、日野小春アナです」と佐川さんの声が届いた。

 驚く私に三番カメラが向けられ、口を開けた間抜け面が大型モニターにアップで映し出された。その後すぐに私の恥ずかしい映像が流され、そんなこともあったと、やっと思い出していた。

 あれは『よさこいソーランまつり』の出来事。毎年六月上旬に札幌で行われているこの祭りは、揃いの衣装でなるを手に持ち、ソーラン節をアレンジした楽曲で、街やステージで踊り歩くというもの。チームごとに競う大会形式にもなっているので、各チームの白熱した演舞に、毎年大いに盛り上がる。

 その祭りで私は、ひとつのチームに参加させてもらい、踊りながらリポートするという仕事を与えられていた。しかし楽しくなって夢中で踊っていたら、いつの間にか耳からイヤホンが外れていて、スタジオから呼びかけられても私には届かない。さらには慌てるスタッフが出す【中継しろ!】というカンペにも気づかず、生放送でひと言もリポートせずに、ただ楽しく踊って祭りを満喫するという大失敗をしてしまったのだ。

 祭りの後はみんなに叱られて猛省したはずなのに、今VTRで流されるまですっかり忘れていた私って……。私にハプニング映像はないと思っていたあたり、自分の頭を本気で心配してしまう。

 大型モニターいっぱいに、恥ずかしい私の失態がまだ流されていた。札幌のスタジオで、先輩アナウンサーのさとさんが困っている。

《中継先の日野さん? あれ、小春ちゃん? 踊るのに夢中で気づかないのでしょうか、どうしましょう……。おーい、春っぺー、カメラ回ってますよー!》

 スタジオの声が届いていない画面の中の私は、とても楽しそう。『ヤーレンソーラン、どっこいしょ!』と歌いながら髪を振り乱し、鼻息荒く満面の笑みで……なんて恐ろしいのだろう。

 スタジオ内の特番出演者とスタッフ全員に笑われ、イワシ師匠からは「気づかなかったん? アホか!」とツッコミをちょうだいする。

 はい、アホです。すみません。

 真っ赤な顔して苦笑いするしかない私を、イワシ師匠はさらにいじる。

「日野アナ、ちょっとこっち出てきて踊ってみい。踊りもえらい下手やったな。周りと全然ちゃうやん。もういっぺん、踊ってみい」

 それは勘弁してもらいたいけど、この流れで断るわけにいかず、私は仕方なく椅子から立ち上がった。

 まさか初の全国放送で、大失態を暴露された上に、下手な踊りまで披露しなければならないとは……。

 セットの中央では「はよ、はよ」とイワシ師匠が手招きして、佐川さんは上品な笑顔で私を待ち伏せている。

 収録開始時は、他の女子アナたちに比べて目立たない自分に焦っていたが、図らずも注目を浴びるこの状況は嬉しいものではない。カメラが回っているのでヘラヘラと笑っていても、心はしっかりと落ち込んでいた。

 イワシ師匠を待たせるわけにいかないので、ひな壇の端に設置されている五段のステップを駆け降りる。

 その時、私にさらなるハプニングが訪れた。いつもよりヒールの高いパンプスを履いていることが災いしたのか、三段目を踏み外し、悲鳴をあげて落ちてしまったのだ。

 セットの床に突っ伏して、両手は頭の上。Yの字の姿勢で寝そべっている私。

 焦ってはいても、どうしていいのかわからず、そのまま固まっていた。

 スタジオ内はシンと静まり返り、その直後に大爆笑が響いた。イワシ師匠も大笑いしながら、起き上がれない私に言う。

「日野アナ! あんたホンマにドジやな。毛糸のパンツが丸見えやで?」

 その言葉でハッと我に返った私は慌てて身を起こし、めくれていたスカートを直す。

 まさか、これを見せてしまうとは……。

 冷え症に加えて、スタジオ内が寒くて途中でトイレに行きたくなったら困ると思い、今日はストッキングの上に毛糸のパンツを穿いている。それは白と黒の乳牛カラーで、バックプリントに桜テレビ北海道の公式キャラクター『うしさん』のイラストがついていた。

 慌てふためく私の頭の中で、牛が一頭、鳴いていた。斎藤部長がその牛の乳搾りをしながら、『北海道をPRしてこい』と私に命じる。

 牛子さんの毛糸のパンツを披露したことで、酪農王国北海道を宣伝できたような気もするけど……。『これでよかったんだよね?』と自分に問いかけ、『そんなわけないでしょ!』と心で叫ぶように否定していた。

 スタジオ内は、まだ笑いに包まれていた。暗くてはっきりとはわからないが、スタジオ奥の端では、お腹を抱えて人一倍爆笑している、イケメン風シルエットが見えた。

 恥ずかしさに顔を熱くして、よろよろと立ち上がったら、イワシ師匠が私の背中をバシバシと叩いて言った。

「いや~、派手にご当地アピールしてはる女子アナの中で、あんただけ、えらい地味やなと思ってんけど、そんなん隠してたんか。一番目立ったで? よかったな!」

 ちっとも、よくないわ!


 途中休憩を挟み、四時間の長い収録がやっと終わった。

 階段から落ちた後もいじられまくり、十二ラウンドを戦ったボクサーみたいにまんしんそうの私は、ふらつきながらスタジオを出る。控室に向けて長い廊下を歩いていると、頭からリンゴを外した青森の女子アナが私の横に並んだ。

「日野さん、大丈夫ですよ。毛糸のパンツでも一応下着ですから、あの部分はカットされて、オンエアされないと思いますよ」

「本当に……? 絶対に使われないと、そう思いますか?」

 慰めてくれる優しい彼女に、不安の消えない顔で聞き返すと、彼女の目が泳いだ。

「えーと、絶対とは言えないけど、きっと……いや、多分。もしかして? ひょっとすると?」

 オンエアされない可能性が、下がってるじゃない……。

 そんな話をしていると、コツコツと足早なパンプスの音が後ろから近づいてきて、すれ違いざまに誰かが私に肩をぶつけた。ぶつかってきたのは相手の方なのに、私は反射的に「すみません!」と謝ってしまう。

 その相手は、佐川さんだった。収録中、終始上品な微笑みを絶やさなかった彼女が、今は横目で私を睨みつけている。

「悪目立ちして、ああいうのは嫌いだわ」

 それだけの文句を言うと、この後も仕事が入っているのか、彼女は私を追い抜いて急ぎ足で廊下の向こうに去っていった。

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