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華麗なる最高指揮官の甘やか婚約事情

葉月りゅう

鳥籠から飛び出して (1)


鳥籠から飛び出して


 ――私が二十歳の誕生日を迎えてから一週間後のある日、お父様のアドルク国王が突然倒れた。

 彼が患っていたのは、内臓が徐々にむしばまれていくという難病。自覚症状は軽いものだったため、大したことはないと放置していた結果、本人も周りも気づかないまま症状が悪化してしまったのだ。

「まさかお父様が、あの病にかかっていたなんて……」

 お父様が眠るベッドの脇で、お姉様が長いまつ毛を伏せ、力ない声をこぼした。

 灰色のひげを生やしたお父様の顔色は悪く、弱々しく見えて、いつもの威厳は感じられない。

 寡黙で厳しく、あまり構ってはくれない父を不満に思う時期もあった。姉と比べられて、憎らしく思うことも。けれど、たったひとりの父親なのだ。大切だし、こんな姿を目にするのは、お姉様と同じくとてもつらい。

 肩を落とすお姉様に、ジュスファー王太子が寄り添っている。私の義理の兄である二十八歳の彼は、とても優しく、正義感も頼りがいもあり、王太子の名にふさわしい人だ。緩くうねったマロン色のショートヘアがかかるせいかんな顔をわずかにゆがめ、憂慮していることが見て取れる。

「治療は難しいのよね?」

 肩を抱くおさまをお姉様が見上げて問うと、彼は難しい顔をしたまま答える。

「特別な薬が必要なんだ。なかなか生えていないアルツという薬草を見つけるのもひと苦労だが、調合を行える薬師もまれだと聞いている。ハーメイデンではまず無理だ」

「そんな……」

 お姉様は絶望感を露わにして声を震わせ、両手で顔を覆った。

 ふたりの向かい側のベッドサイドに立ち、お父様を見下ろして話を聞きながら、私は昔読んだ書物のことを思い出していた。

 しばし考え、あることを決心するとお姉様の近くに向かい、彼女の手首をぐっとつかむ。

「お姉様、ちょっと」

 困惑と驚きが混ざった顔をする彼女の手を引いて、私たちは部屋を出た。

 紅い絨毯が敷かれた廊下は、さっきまで使用人たちが慌ただしく歩き回っていたものの、お父様がベッドに落ち着いた今は誰もいない。

「リルーナ、どうしたの?」

「私なら、薬草も薬師も見つけられるかもしれない」

 力強い口調で言うと、げんそうにしていたお姉様が目を丸くする。

「以前、書庫で読んだ古い書物に、書いてあったの。アルツ草がどんな場所で取れるかも、その辺りを放浪している薬師がいることも。そこに載ってた地図を見て、〝クラマインの森で取れるんだ〟って思った記憶があって」

 いろせボロボロになったその本は、まるで魔術書のようで、おもしろそうだったからなんとなく目を通したのだけど、今になってその雑学が役立つとは思わなかった。

 私の話を聞いたお姉様は希望の光を見つけたように表情を明るくし、私の手を両手でギュッと握る。

「本当に!? すごいじゃないリルーナ!」

「何年ここで守られてると思ってるの?」

 飛び跳ねそうな勢いで喜ぶ彼女に、私は得意げに笑ってみせた。城にいる間、本を読む時間は嫌というほどあったのだ、知識だけはある。

 お姉様は、普段はとても落ち着いているものの、実はとてもチャーミングで、私や家族の前では素直に感情を表す人だ。今も、さっきまでのショックはどこへやら、みるみる元気を取り戻している。

「じゃあ、早速その書物を探しましょう! 兵にも伝えてすぐに準備を――」

「待って、お姉様」

 意気込む彼女の腕にしがみつき、私はしっかりとした口調で、ついさっき決意したことを口にする。

「私がひとりで行くわ」

 その瞬間、お姉様のアンバー色の瞳が大きく見開かれた。

「なっ、なに言ってるの!? あなたひとりに行かせられるわけないじゃない! せめて騎士を何人かつけて……」

「アルツ草は不思議な植物で、人が大勢来るとストレスで枯れちゃうんですって」

 落ち着いて説明すると、お姉様は怒ったような困ったような顔で押し黙る。ほとんど城から出ることがなかった私がひとりで隣国へ向かうなんて、当然心配だろう。

 だけど、お姉様が思うよりずっと、私は外の世界のことを知っているのよ。本はたくさんのことを教えてくれたから。

 私は確かな自信を持って、にこりと微笑む。

「大丈夫。クラマインへの道もちゃんと頭に入ってるし、買い物や宿泊の仕方もわかってるから」

「でも、途中で動物とか、人さらいに襲われたりしたらどうするのよ!?

「馬に乗っていれば逃げられるわ。それで、誰かに助けを求めればいい」

 問題提起をしたお姉様は、私が即座に返すと、心底困ったように大きなため息をついた。そして長い前髪を分けて露わになっている額に手を当て、少し考えたあと、厳しい表情のまま力強い声を出す。

「ダメよ。あなたは一国の王女で、私の大事な妹なんだから。危険な目に遭うかもしれないのに、易々と行かせられるわけがない」

 真剣に諭す彼女を見て、私の胸はじわじわと温かくなる。

 幼い頃からとても優しく、面倒見がよかったお姉様。お父様以上に私のことを気にかけてくれた、大好きな姉だ。今も、こうやって心配してくれることが、とてもうれしい。

「ありがとう、お姉様。……でも私、もう十分守られてきたから」

 穏やかな微笑みを絶やさずに返すと、お姉様の張り詰めていた表情が一瞬緩んだ。

「本当はね、ずっと外の世界に出てみたかったの。ひとりでのんびり旅をしてみたいなーなんて、憧れたりもして」

 あえて明るい調子で、冗談っぽく本音を口にした。そして目を伏せると、少し笑みを消して「それに」と続ける。

「私は今まで、お父様のためになにもしてあげられていない。自分にはなにができるかもわからなくて、それが心苦しかったりもした」

『お前は城の中にいればいい』とだけ言われて、それに従うしかできなくて。私はなんのためにいるのか、存在意義を見つけられずに悩んでいた。

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