話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

華麗なる最高指揮官の甘やか婚約事情

葉月りゅう

第一章 遭逢 / 婚約直前のセンチメンタル




第一章 遭そう逢ほう


婚約直前のセンチメンタル


 穏やかな青空が広がる今日、私は、名前しか知らない隣国のおうたいと婚約する――。


 紅色の背景色に花と鳥が描かれたじゅうたんが敷かれ、控えめなシャンデリアが輝く、城内の一室。大きな格子状の窓から、私はのどかな街並みを眺めていた。

 もうすぐ、城の入り口の向こうに伸びる通りから、隣国である『クラマイン王国』の王族の馬車がやってくることだろう。ここ『ハーメイデン王国』では、婚約式の準備を整えて、その到着を待っている。

 人口三百万人ほどのこの小国は自然が豊かで、国民の多くが農業を営んでいる。しかし、それだけでは経済的に苦しく、出稼ぎに行く者も少なくない。私が結婚すれば、貿易により香辛料や海産物などを銀に交換することで栄えている海港都市のクラマインに支援をしてもらえる。

 およそ八十年前には、クラマインとの間で戦争が起きたものの、王族同士で長い年月をかけて友好関係を築いてきた。当時のことでクラマインを敵視していた民衆も、今ではごく少数になったと聞いている。経済的支援を求める者のほうが確実に多いのだ。

 浮かない気持ちでいるのは、きっとこの私だけ。心から愛した人と一緒になれないことは、ずっと前からわかっていたというのに。

「……私を、奪いに来てよ」

 もうきっとこの恋情が実ることはない彼を想いながら、ありえない願いをぽつりとこぼした。

 今、あなたはどこでなにをしているの? 私、もうすぐ結婚しちゃうんだよ。

 心の中でいくら呼びかけても、返事が来ることなどない。

 望んでいる人が現れるはずもない景色を見ているのも虚しくなり、金色の花のしゅうとフリルがあしらわれたピーチ色のドレスを持ち上げ、窓から離れた。

 するとドアがノックされ、私はなるべく明るい声で「はい」と返事をする。

「リルーナ姫、ハーブティーはいかがですか?」

 優しい笑顔で入ってきたのは、世話係のソルレだ。痩せても太ってもいない小柄な体型で、笑うとえくぼができるところがかわいらしい。

 四十代前半の彼女は、二十一歳になったばかりの私にとって母親のような存在。実の母は私が幼い頃に亡くなってしまったため、昔からとても慕っている。

 ふわりと微笑み「お願い」と言うと、ソルレは部屋の中央にあるローテーブルでハーブティーをれ始める。

「緊張していらっしゃるかと思って、リラックス効果があるオレンジフラワーにしてみましたよ」

 ソファに座る私に差し出されたカップからは、甘くてフルーティーなオレンジの香りが漂う。そのいい香りを吸い込み、ふぅと息を吐いた。

「確かに、ちょっと緊張するかも。これまでひっそりと暮らしてきた私が、皆の目にさらされるんだものね」

 自嘲気味に笑い、ゆっくりとカップに口をつける。

 ハーメイデン家のふたり姉妹の妹である私は、九年前のある出来事がきっかけで、あまり城の外には出されず、よく言えば大事に育てられてきた。外の世界を知らないことは、とても寂しかったのだけれど。

 そのため国民も、私の存在は知っていても姿を見ることはほとんどなかったのだ。

 今日の婚約式に参列するのは王族だけではあるものの、そのあとの会食では、ハーメイデンの貴族も集うことになっている。皆の前に出るのはかなり久々だから、やはり多少は緊張してしまう。

 ソルレはしゃがんで私と視線を合わせ、勇気づけるように言う。

「姫様はとても美しいです。ミネル様とはまた違った魅力をお持ちですよ」

 ミネルというのは私の五歳上の姉で、すでに結婚しており、彼女の夫・ジュスファーがハーメイデンの王太子を担っている。

 おねえさまは透明感のある肌に、すべてのパーツが整った目鼻立ちをしている。二重の瞳やスッと通った鼻筋からは知的さを、口紅をひかなくても紅く潤った唇からは色気を感じ、気品があふれる素敵な女性だ。

 一方の私は、背中の中間まである緩いS字を描く髪は暗めのシナモン色で、顔立ちもぱっとしない。目はぱっちりとした二重だし唇もふっくらしていてお姉様と似ているのに……なんというか、華やかさがないのだ。

 国王であるお父様も、私よりお姉様のほうに愛情を注いでいたように思う。少々頑固な性格で威圧感に満ちた父に対してどこか遠慮がちだった私は、いつも堂々としていて父にも素直に甘えられるお姉様と違って、あまりかわいげがなかったのかもしれない。

 籠に入れた鳥のように私を城に閉じ込めていたのは、もしかしたら王族らしくない地味な娘を隠しておきたかったからではないか……と、以前はずっと疑っていたほどだった。

 それでも、ソルレがこうやって事あるごとに私を褒めてくれるから、それがたとえお世辞でも、ほんの少しの自信をもらえるのだ。

 ソルレに微笑み返して、ハーブティーを味わっていると、彼女はなんだかソワソワしだす。

「婚約されるフレイヴ様は、どんなお方なんでしょうね。私もワクワクしてしまいます!」

 頬を紅潮させ、胸に手を当てて言う彼女は、本当に楽しみにしているようだ。

 クラマイン王国の第一王子であるフレイヴ王太子は、数年前から病を患い、これまで闘病生活をしていたのだそう。昨年政務に復帰し、私はまだ一度もお会いしたことがないものの、病床でもできる仕事はやっていたというほど真面目で、正義感もある好青年だと聞いている。

 私も、自分の結婚相手なのだから、もちろんどんな人か気になるけれど……。

「そうね、乱暴な人じゃなければいいかな。どんな人でも」

 軽く笑って大ざっぱすぎる言い方をすると、ソルレはなにかに気づいたように、ふっと真顔に戻る。

「姫様……もしかして、まだあの方をお想いなのですか?」

 少し眉を下げる彼女に遠慮がちに尋ねられ、古傷が痛むような感覚を覚えた。

 彼女が言う通り、私はいまだにあの人を想っている。

 冷酷で、無慈悲で。けれど、私の身も心も深く愛してくれた、『黒い騎士』と呼ばれた彼――セイディーレのことを。

「彼以上に、愛せる人なんていないわ」

 私は口角を上げたまま、当然のように言い放った。

 彼との恋に溺れたのは、ほんの数日間。

 私はもう一度窓の外に目を向け、約一年前のかりそめの蜜月に思いをせた。

「華麗なる最高指揮官の甘やか婚約事情」を読んでいる人はこの作品も読んでいます