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最愛の調べ~寡黙な王太子と身代わり花嫁~

森モト

最愛の調べ~寡黙な王太子と身代わり花嫁~ / 歌姫イザベラ (1)




最愛の調べ~寡黙な王太子と身代わり花嫁~


歌姫イザベラ


 イザベラは幼い頃から歌を歌うのが好きな姫だった。

 気安く〝歌姫〟などと呼ばれるようになったのは、炭鉱夫たちの無事を祈り、教会や学校などで歌う機会が増えてからだ。

 そんな中、町の孤児院で歌っているイザベラにたまたま鉢合わせした吟遊詩人が彼女の歌にいたく感動し、彼によってイザベラの名は世間に広められ〝歌姫イザベラ〟は有名人となった。

 そうして噂が噂を呼び、イザベラの歌は〝天使の歌声〟、〝聴けば幸せになれる〟などと仰々しいうたい文句で近隣諸国に知れ渡って早七年。

 他国にも招待されることが増え、歌姫としていくつかの周辺国を旅することもあった。

 一応、一国の王女なのだが、そのような自由が許されていたのには理由がある。

 イザベラの国エルゴルは、国をあげて炭鉱業を行っている小さな国だ。国民の半分の男たちは炭鉱夫であり、華やかな社交界も存在しない。身分にかかわらず、お互いが身近な国である。それでも資源豊かな鉱山を有しているおかげで、国としては一目置かれている。小国ながらも無視できないというのがエルゴルの立ち位置で、エルゴルの発掘技術なしには鉱物の調達は難しいといわれている。

 この国で唯一の姫がイザベラなのだが、その下に年の離れた弟がふたりいる。彼らは若いがとても優秀で、執務や城の業務などはすでに彼らに一任されていた。炭鉱業は基本的に男の仕事になるので、イザベラは初めからエルゴルの後継者としては扱われていない。

 だからこそ、歌姫として他国を巡業することを許されていた。

『私の歌で、みんなが元気になってくれるならうれしい。歌を聴いて笑顔になってくれるなら幸せ。みんなと一緒に歌うのは、とても楽しいわ』

 そんな幼い頃から変わらない単純で純粋な気持ちを原動力に、はにかみながらもイザベラは皆の心に寄り添ってきた。

 とはいえ、本当に自分の歌声は皆の役に立てているのだろうかと、いつまで経っても自信のないままだった。

 なぜならイザベラにとって一番美しい歌声は、炭鉱に潜る夫たちの無事を祈って歌う、彼らの妻たちのそれだったから。

『私たちの歌は、夫や仲間たちの無事を祈るものさ。暗く深い土の中で、男たちの荒んだ気持ちを癒やすために歌う』

 夫のために歌う炭鉱夫の妻たちの歌が、イザベラにとっての憧れだった。

(いつか私も、たったひとりのために歌えたら)

 そんなふうに、心の奥底で思いながら歌を紡いできた。

 ところが、そんなイザベラに、本人も周囲も予想だにしなかった出来事が起きた。


 二年前、エルゴルと山脈ひとつ隔てた隣に広大な国土を有するアステート公国の騎士棟に、国家間交流との名目で招待されたときのこと。

 騎士団の責任者だという若く美しい男に、イザベラはにこりともしてもらえなかった。

(歓迎されていないのかしら……)

 多くの国で様々な人々を見てきたイザベラでさえも息をのむような、美しい容姿をした男だった。アステートの軍服を着こなし、腰には剣をはいていた。その剣が装飾の多い儀礼用ではなく、実戦向けのものだったことも印象深かった。その剣にはエルゴルで採れた銅が使われている。

 彼はひと言もしゃべらなかった。無言でイザベラに手を差し出し、機械的に騎士棟の中を案内する。

 無骨な造りの騎士棟は足場がいいとはいえず、そこかしこで足を取られるイザベラを彼は黙って支え続けた。

「あの、ありがとうございます……」

 支えてもらうたびに礼を言ったが、笑顔が返ってくるわけでもなく視線すらまともに合わない。

 たまたますれ違った仲間に、彼が小さな笑顔を向けたのが印象的だった。

(私の歌でこの人の笑顔を引き出すことができるかしら)

 こちらを見ようともしない美しい男の横顔を、イザベラはじっと見つめた。

 会話すら交わされず、眉ひとつ動かしてもらえない自分が本当に歌姫として求められているのか不安になったが、これも親睦を深めるための王族としての仕事である。

 なんとか気持ちを切り替えて舞台へ向かおうとしたイザベラをまっすぐ見つめて、男は言った。

『国のために戦った兵士たちへ、あなたの最良の歌を』

 イザベラは心臓が早鐘を打つのを感じた。

 真正面からじっと見つめてくる男は、イザベラよりずっと多くのものを背負い、それらを大切にしているようだった。

 男が守ろうとするものを、託されている――。

(この人の思いに応えたい。この人が大切にする人たちを、私の歌で癒やせたら……)

 イザベラは、男の瞳をじっと見つめた。

(この人に、私の歌を聴いてほしい)

 イザベラは男を見たままうなずき返すと、舞台へと上がる。

 観客席側では、血のにおいが充満していた。そこかしこで痛みにうめく声がする。

(彼らのために歌おう。彼らを思う、あの人のためにも)

 そう決意して、いつものように天使の歌声を披露したときだった。

 どこからともなく男の声で『下手くそ』と罵倒されたことが、イザベラの心を深くえぐった。

 それまで歌姫だ天使の声だなどと持てはやされていただけに、その衝撃はかなりのものだった。

 やっぱり歓迎されていなかった――と思ったのと同時に、美しい男の顔も浮かんだ。

(……彼の言葉に応えられなかったわ)

 その場はなんとか歌いきったが、初めて浴びせられた悪意の言葉にイザベラのささやかなプライドはぽきりと折れた。

 もともと、歌は好きだが自信が皆無だったイザベラにとって、現実を突きつけられた瞬間でもあった。

(本当は歌もたいしてうまくないのに、みんなは私が王女だからとめそやしていただけなんだわ)

 歌姫イザベラは、この日から歌を歌えなくなったのだった。


 陽気すぎる炭鉱夫たちに囲まれて育ったイザベラだったが、なぜか少し卑屈な女の子に育っていた。

 そんな性格もあってか、隣国アステートでの一件以来、人前で歌おうとするも、そのたびにあの罵倒が耳によみがえり、歌姫イザベラは人前で歌えなくなってしまった。

 歌おうと思っても、得体の知れないなにかが喉を詰まらせる。

 そしてそんなときに決まって、あの美しい男の顔がよみがえるのだ。

 あのにこりともしない男の期待を裏切ってしまったことも、イザベラに重くしかかっていた。

 今ではどうあっても、人前で伸びやかに歌うことはできなくなってしまった。

 もともと底抜けに明るいという性格でもなかったイザベラは塞ぎがちになり、皆の前では努めて笑顔でいるが、陰でこっそり涙することが多くなった。

 そんなイザベラを、さらに追い詰めるような出来事が起きた。

 原因は、小国のくせに調子に乗って隣の大国アステート公国に裏切り行為を働いてしまった父王である。

 前時代より長く取引を続けてきたアステートを差し置き、他国との貿易を進めてしまったのである。

 少し前に歌姫イザベラを慰問へと赴かせ、国家親交を深めたことなどなかったかのようなその所業を、当然アステートは見逃さなかった。

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