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冷徹ドクター 秘密の独占愛

未華 空央

路頭に迷いました (3)

 イコール、アシストをする衛生士や助手もそれなりの人数がいるということになる訳で……。

 来る場所を間違えた。面接が始まる前からすでに尻込み状態におちいる。

 そんなとき、勢いよく診療室へと続くドアが開け放たれた。

「お待たせしました~! あなたが浅木さんね」

 現れたのは、スラリと背の高い年配の女性だった。白衣ではなく、タイの付いたベージュのブラウスに、黒い膝丈のフレアスカートという上品な格好をしている。

 声のトーンから、電話で応対をしてくれた人だとすぐにわかったけど、院長夫人だろうか。

「じゃあ、こちらにいらしてね」

 どうやら診療室を通って、面接を行う部屋へと案内されるらしい。

 緊張した足取りで案内されたドアの奥へと進むと、ドアのすぐ先からずらりと並ぶ五台の診察台が目に入った。今は手前から三つ目までの診察台に患者さんが座っていて、一番手前はドクターにアシストがついての処置中。

 二番目は歯型を取っていて、患者さんが倒れた状態の診察台に横になっている。

 そして、三番目の診察台では衛生士がせきじょきょを行っていた。

 いやいやいやいや……無理だ。

 間違いなくバリバリ系でしょ、これ。

 通りすがるスーツの私に向けて、スタッフたちは「こんにちは」と患者さんにするように挨拶をしてくる。会釈を繰り返しながら診療室を抜けていった。

 面接をするために通されたのは、三階の応接室。

 革張りのソファがどかんと対面式にあり、奥側に掛けるように促される。壁には立派な額縁に入った風景画がかけられていた。

 他にも、天井近くまで高さのある重厚な木製のガラスケースがあり、中には年代物の洋酒や、ブランド品のティーセットなんかがたくさん飾られている。

 いったん部屋を出ていった院長夫人らしき女性は、すぐに院長を連れて部屋へと戻ってきた。

「どうもどうも、初めまして! 院長の東條です」

「初めまして、よろしくお願いします。お電話をした浅木と申します」

 現れた院長は、登場からずいぶんフランクな印象を与える人だった。思わずソファから立ち上がった私に、片手を差し出して近づいてくる。

 歳はおそらく、五十代後半から六十代前半といったところだろうか。白髪交じりの短髪で、少し色黒。ダンディーという言葉がぴったり当てはまる。

「それで、さっそくだけど、浅木さんはいつから来られるかな?」

「え……?」

 突拍子もない質問に目が点になってしまった。

 まだ面接の〝め〟の字も始まってないのに、いきなり内定が決定したようなことを尋ねられる。

 返す言葉を失っていると、院長の隣に掛けていた女性が「ちょっと、あなた」と腕を叩く。その様子で、やはり奥様だと察した。

「ごめんなさいね。まずは履歴書、いただかないとよね」

「あ、はい。お願いします」

 書いてきた履歴書をそそくさとバッグから取り出して差し出すと、ざっと内容を見たふたりは揃ってハッとしたような表情を見せた。そして、神妙な顔つきになる。

「塚田先生のところの衛生士さんだったのか……大変だったね」

 院長は元職場の塚田先生を知っているようだった。

 元職場の最寄り駅から電車で二駅と、この医院は決して塚田先生のご近所ではない。

 けれど、広いようで狭い歯科業界。同じ大学の出身だとかで、なにかしら繋がりがあるのかもしれない。

「長く勤めていたんだね、塚田先生のところに」

「はい。新卒時から、お世話になっていました」

「そうか。長く頑張ってきたところがとてもいいね」

「はい。ありがとうございます」

 と、返事をしつつ、塚田先生のところだったからこその勤続年数だと密かに思う。

 もしもバリバリのこの医院だったら……?

「この調子で、ぜひうちでも働いてもらえないかな」

「はい。……はい?」

 うっかり「はい」なんて返事をしてしまうと、院長はパッと表情を明るくする。

 いや、その〝はい〟は雇ってくださいの〝はい〟ではなくて……!

「よし、そうと決まれば明日からでも。白衣は、Mサイズで大丈夫かな」

「はい。って、いや、あの……」

「ちょっと、院長! 浅木さん困っちゃうじゃない。ごめんなさいね、まだなにも話してないのに」

 院長夫人の助け船が出て命拾いする。

 ほっとしたものの、「実はね……」と急に深刻そうに切り出した夫人の様子に、新たな緊張が押し寄せた。

「今いる衛生士さんがね、急に辞めることになったの。だから、すぐにでも衛生士さんに来てほしくてね」

 昨日見た求人を思い返す。だから、急募……でも、急に辞めるってなぜ?

「うちは衛生士枠でも患者さんを取っているし、ドクターの補助も衛生士さんにお願いしたいことが多くてね。それに往診にも同行してもらうから」

 そこまで聞いてもう目が回りそうだった。

 無理だ、絶対。ぬるま湯に浸かってきた私なんかに務まるわけがない。

「あのでも……私、そんなにスキルがないので」

「大丈夫大丈夫! すぐにうちのやり方に慣れるから、心配はいらないよ。ちゃんと指導もするからね」

「はい……」

 院長はもう、狙った獲物は逃さないと言わんばかりの目をしている。

 よく考えると、先方がぜひうちに、と言ってくれているのに私の反応も微妙すぎないか。だけど、絶対に怖気づく予感しかしない!

「どうかしら? 浅木さんなら、きっとうちの医院を支える衛生士さんになってくれると思うの」

 今の私のどこをどう見て、そんなふうに思えるのかはわからないけど、院長夫人は確信を持ったような口調で言い切った。

 ふたりの様子から、本当に切羽詰まっている様子がありありと窺える。

「浅木さん、ぜひ、うちに来てくれないかい?」

「なーんにも心配することはないからね、ね?」

「……はい。では……よろしく、お願いします」

 もう押し切られるような形で返事をしてしまっていた。

 言ったそばから不安が募るばかりだったけど、もはや「考えさせてください」などと口にする勇気はなかったのだった。

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