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冷徹ドクター 秘密の独占愛

未華 空央

路頭に迷いました (2)

 ついぼうっとしてうつむいていた間に、弔問客が訪れていたらしい。

 そこに立っていたのは、私たちよりも頭ひとつ以上は背が高い、スラッとしたスタイルの男性がひとり。

 礼服の黒いスーツがよく似合うその背格好に、チラリと顔を見る。

 奥二重で意志の強そうな目。すっと通った鼻筋に、薄い唇。六四分けした暗めのアッシュグレーの髪はサラリと美しく、清潔感がある。

 その整った顔に、思わず息を呑んでいた。

 彼はとくにこちらに見向きもせずに篠田さんに香典袋を差し出すと、腰を折ってほうめいちょうにさらさらと記名をしていく。

 その手元に釘付けになっていると、私の前にも弔問客が訪れた。

「ちょっと見た? さっきのイケメン。院長あんな知り合いいたの?」

 篠田さんも同じ感想だったらしく、手が空いた隙にそんなことを口走った。


 院長の通夜と告別式が終わり、後日、私物を引き取りに病院を訪れた。

 長年働いた診療室を最後に覗く。

 衛生士学校を卒業して、初めて就職した病院。

 右も左もわからない私に、院長は丁寧に指導してくれた。

 学校の実習だけではなかなか覚えられない材料や機械の取り扱い。

 そして、患者さんとのコミュニケーションも院長を見て学んだ。

 決して高度な技術を身に付けられる病院ではなかった。

 だけど、ここで教えてもらったことはたくさんある。

 これからどんな病院に勤めるかはまだ決まっていない。

 けれど、ここで得たものを生かしてやっていきたいと思う。

 しんと静まり返った診療室で、私はひとり頭を下げた。

 ありがとうございました。

 亡くなった院長に、言えなかった感謝の気持ちを伝えるように。


「んー……イマイチだなぁ……」

 赤ペンを手に、求人雑誌や広告を眺めながら、ひとりうなる。

 四月半ばというこの時期、新年度を過ぎると求人は普段よりも少なくなる。三月で卒業した新卒の衛生士が就職を決めたあとということもあり、出ている求人はどれもハズレのものばかりに見えてきてしまう。

 昨日は母校にまで行って求人を見せてもらったけど、やっぱりピンとくる就職先は見つけられなかった。

 篠田さんも言っていたけれど、私の希望はアットホームな病院だ。

 院長がひとりでやっているような病院。

 バリバリやっているところはできれば避けたい。

 休みは週に二日はやっぱり欲しいし、できれば福利厚生も充実していて、給料もそれなりに……。

 なーんて、そんな贅沢なことばかり思っているから見つからないのだけど。

 それに山梨にある実家を出て、独り暮らしをしている私には悠長に選り好みしている時間はない。毎月の家賃や光熱費だって払わなくてはいけない。のらりくらりしていたら実家に舞い戻るしかなくなる……。

 もう何度も眺めている雑誌にいよいよ飽きてきた頃、紙が貼りついていて開けなくなっているページがあることに気づく。慎重にページを剥がしてみると、「急募!」と書かれた歯科衛生士の求人が目に飛びこんだ。


 訪れた先は、駅から徒歩二、三分ほどの住宅地の中にある三階建ての建物。

 駅前の通りから路地を折れてさらに少し入った場所にあったけれど、大通りからも見える医院の看板のおかげで迷うことなく到着した。

「住まい兼、診療室なの」と、電話で説明された通り、一階が住まい、二階が医院という造り。もしかしたら三階も自宅になっているのかもしれない。

 建物は……それほど新しくはない。けれど、相当羽振りの良いことがわかるような豪邸だった。覗いてみると、自宅側の立派な門から玄関扉までの間によく手入れされた日本庭園が広がっていた。奥にせんでもあるのか、せせらぎのような水音が聞こえてくる。

 患者さんが訪れる医院の入り口に向かってみると、自宅兼医院の造りには珍しく、階段の他にエレベーターも設置されていた。車椅子や年配の患者さんも通いやすいように配慮しているのだろう。

 階段下にある『とうじょう歯科医院』の診療案内の看板を目にしながら、久しぶりにスーツを着た自分を見下ろす。

 あーまずい、ドキドキしてきた。

「急募!」の文字にとりあえずくらいの気持ちで電話をかけると、すぐにでも面接に来てほしいと言われた。

 昨日の今日だ。展開が早すぎる。

 医院へと続く階段を上がりながら、急激に緊張の波が押し寄せてくる。階段を上がりきってガラス張りの入り口が近づくと、受付に人がいるのが見えた。

 いざっ、参る!

 心の中でそんなかけ声をかけてドアを引いた。中に一歩足を踏み入れると、歯科医院独特の薬品臭に包まれる。

「こんにちは」

 入り口に入ると即、受付にいた白衣の女性スタッフが挨拶をしてきた。

 私と同じくらい、もしくは少し年下だろうか。くりっとした目が印象的な、童顔のかわいらしい顔立ちをしている。

「すみません、面接をお願いしました浅木と申します」

「伺っています。ではお掛けになってお待ちください」

 靴を揃えて脱ぎ、スリッパを履こうと受付カウンター横に設置されている棚を開いて一瞬ギョッとしてしまった。

 用意されているスリッパの数が多い。

 今まで働いていた医院では大人用が五セット、子供用が二セットだった。

 だけど、その倍以上の数が用意されている。

 入った待合室はホテルのロビーのような高級感のある雰囲気で、ざっと見て大人十数人ほどは待つことができるソファが設置されていた。

 ちょっとちょっと……、ここ、結構規模の大きいところなんじゃないの!?

 不安が募る中、診療室へと続く扉の向こうからは、虫歯の治療だろうか、ときおりキュイーンというエアータービンの音が聞こえてくる。

 アシストをしているスタッフの「楽にしてください」という声が聞こえた。

 その他にも別の治療をしているエンジン音が聞こえ、中には数人の患者さんがいることが予想できる。

 それはつまり、ドクターが数人いる、もしくはひとりのドクターが治療を同時進行しているということになる。

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