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極甘ウェディング~ようこそ、俺の花嫁さん~

未華空央

異国での大失態 (3)

 私という人格を否定されたような言葉のじゅばくは、今もなお解かれていない。

 それはきっとこの先も、解かれることはないのだと思う。

 身を擦り減らしてまで恋愛をするくらいなら、そんなもの私には必要ない。

 私には大好きな仕事があり、そこで目にできる幸せな光景がある。

 それだけで、十分幸せを感じられる。

 開け放っていた窓を閉め、持ち込んだキャリーバッグから荷物を取り出す。

 黒のパンツスーツをハンガーへと吊るすと、どんよりしていた気持ちがたちまち晴れていった。

 明日は朝から大切な挙式だ。

 気持ちを切り替えるように浴室へと向かい、シャワーの栓をひねった。


 翌朝――。

 多少の時差ボケを熱いシャワーを浴びてすっきりとさせ、普段通り長い髪をアップにまとめ上げる。

 キャリーバッグからベロア素材の小さなケースを大切に取り出し、その上部を開くと、中からは淡くつやを宿したパールネックレスが現れる。

 この仕事を始めてから、欠かさず現場に出る時に身につけている本真珠のネックレス。昔、事故で亡くなった母が持っていたものだと、澄子叔母さんから手渡された。

 幼い頃に両親を亡くした私には、ふたりの記憶がほとんどない。昔の写真や両親の遺品は澄子叔母さんが引き取ってくれていて、私が中学に進学した年に引き渡してくれた。

 父が母へと贈ったと聞かされたこのネックレスは、私にとってふたりの形見といえる品だ。

「よし……」

 姿見の前に立ち、仕事モードに変身した自分に気合いを入れる。

「行ってきます」

 毎朝、亡き両親に向けて欠かさない挨拶を呟き、部屋のドアへと向かっていった。


 今日の挙式は、ワイキキビーチの近くにあるチャペルで執り行われることになっていた。

 ガラス張りの礼拝堂からはハワイの美しい海が一望でき、海の上で挙式を挙げているような気分を味わえるため、日本からのお客様が熱烈に希望し、年間を通して多く利用されている。国内ではなかなか実現できない最高のロケーションだ。

 お客様より先にチャペルへと出向き、現地スタッフとの打ち合わせに参加する。

 日本人のお客様も多いため、日本語が話せるスタッフが多く在籍しているから、海外に慣れていない参列者も安心して式に臨める。

 新郎新婦が到着したとの知らせを受けて、私はふたりの控え室へと足早に向かった。

「あっ、柏さん! 今日はよろしくお願いします!」

 ノックをして扉を開くと、いつにもましてテンションの高いふたりが私を出迎えてくれた。

「おはようございます。本日はおめでとうございます」

 半年ほど日本で式の打ち合わせをしてきたふたりは、今までにない幸福感をまとって輝いた笑顔を見せている。私と現地で顔を合わせたことで、さらに今日という日を実感したようだ。

「あー、柏さんの顔見たら、なんかいよいよなんだなって緊張してきちゃいました!」

 私と同じ二十七歳の新婦、まつ様はネイリストをされていて、しゃべりも上手く人当たりのいい女性だ。小柄だが華やかな雰囲気をいつも漂わせていて、緩くカールした長い髪に、眉上に揃えた前髪が目を引く。

 指先にはいつも綺麗なネイルアートが施されていて、プランニングに訪れる際には彼女のネイルアートを見せてもらうのが楽しみのひとつだった。

 今日は一生に一度の大切な挙式というのもあり、純白のウエディングドレスに映えるホワイトベースのキラキラとしたネイルアートに指先が輝いていた。

「そうですよね。私もドキドキしてきました。素敵なチャペルですし、本当に楽しみですね」

「こいつ、昨日は眠れない眠れないって、朝方近くまで起きてたらしいんですよ」

 そんな言葉を口にしながらも彼女を見つめる瞳は愛しさに溢れている新郎を目に、私は「あら、そうなんですか!」とくすりと笑った。

 新郎のはやし様は、新婦の松田様より七歳年上の三十四歳。都内で美容院を経営されている、サロンオーナーだ。

 ハワイの地に似合う少し焼けた肌と、顎下にあるオシャレひげ。サイドを刈り上げた短髪は、美容師であるのを納得させるセンスが窺える。

 プランニングを始める際、私はまずカップルの馴れ初めを詳しく聞かせていただく。ふたりがどのようにして出会い、互いに好意を抱き、晴れて思いが通じ合ったのかを。それを知ることで、ふたりの過ごしてきた時間や想い、時にはその光景までもを共有できるからだ。

 ウエディングプランナーとして新郎新婦に向き合う時、ふたりのことをよく知り得ることが私は一番大切だと心得ている。

 林、松田様夫妻の馴れ初めも、もちろん聞かせてもらった。カットモデルを探していた新郎の林さんが、街で声をかけたのが新婦、松田さんだったそうだ。美容師とカットモデルとしてお店で数度会い、その後、個人的に外で会うようになったという。

 新郎は新婦に一目惚れだったと聞き、なんだかドラマティックな話だとときめいた。そんなふたりが夫婦となる大事な日を任せていただけることに、私はやっぱり心が踊った。

 百のカップルがいれば、百通りのラブストーリーがある。そのどれにも心ときめくエピソードがあって、カップルは晴れて生涯を誓い合うのだ。

「寝不足だけど、全然大丈夫! むしろ絶好調です!」

 新婦の浮かれた声に、みんなで笑い合う。

 その時、控え室のかたわらで式の衣装を準備していた現地スタッフから、「柏さん」と声がかけられた。

「新郎様のタキシードですが……衣装ケースはまだ別にございますでしょうか?」

 りゅうちょうな日本語を操って、金髪をアップに束ねた現地の衣装係の女性が尋ねてくる。

 彼女は日本から先に届いていたふたりの衣装や小物類を取り出し、チェックをしている最中のようだった。

 朝陽が差し込む大きなガラス窓の前には、日本でふたりが選んだプリンセスラインの純白のウエディングドレスがトルソーに着せられている。

「なにかありましたか?」

 尋ねてきたスタッフの手には、新郎が着用する予定の光沢がかったグレーのタキシードのズボンがある。近付いた私を誘導するように衣装類を広げる台に近付くと、彼女は周囲に目配りをしながら口を開いた。

「新郎様の着用されるタキシードのジャケットなのですが、この中にはないようで。別に持ち込まれる予定でしたか?」

「いえ、衣装関係はすべてセットで発送しているはずです。ないなんてはずは……」

 広げられた衣装をザッと見渡しても、彼女の言う通りタキシードのジャケットが見当たらない。

 急に不安に駆られて、衣装が発送されてきたケースや、出されている衣装の下敷きになっていないかを確認した。

「どうして……」

 ふたりの今回の衣装は、うちが提携しているウエディング衣装レンタル店から直接、日取りに合わせて発送をお願いしていた。もしかしたら、手違いでタキシードのジャケットだけどうこんされなかったのかもしれない。

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