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極甘ウェディング~ようこそ、俺の花嫁さん~

未華空央

異国での大失態 (2)

 今となっては、私にはこの仕事しか考えられない。

 毎日こんなに幸せになれる仕事は、他にはきっとないと思っている。

「のどかにとってこの仕事は、本当に天職だったんだなって、あなたを見ていると思うわ」

「えっ、天職? そこまで言えるかな?」

「言えるわよ、胸張って言えちゃう」

 澄子叔母さんと顔を見合わせ笑い合う。

 ブログの続きを再開すると、しばらくその画面を見ていた澄子叔母さんは、部屋の中をキョロキョロと見回した。

「のどか、明日からの準備は済んでる?」

「うん、もうバッチリ。明日、お昼からの打ち合わせが済んだら夕方には出るよ」

「明日もプランニング入っていたっけ?」

「うん、来月挙式のなか様のね。明日はBGMリストもらうことになってるの」

 明日から私はひとり、ハワイへと渡航する。うちで披露パーティーをする予定のお客様が、挙式だけオアフ島で執り行うことになっているのだ。

 ごくまれに、挙式だけはふたりのこだわりで海外でしたいと相談されることもある。

 互いの家族だけを招いて、海外で行う特別感のある挙式。一緒に新婚旅行も済ませて、帰国後にうちで改めて披露パーティーを行うというスタイルだ。

「同行したかったけど、残念ね。のどかに全部任せることになって、悪いわね」

「明日また式が入ってるから、仕方ないよ。私こそ、こっちのこと任せっきりになっちゃうけど」

「大丈夫よ。短時間だけど、気分転換してきたらいいわ」

「そんな時間ないよ。行って挙式の準備と立ち会いして、終わったらすぐ帰ってくる。来週もプランニングの予約入ってるからさ」

「のどか……」

 ふう、と小さく息を吐き出して、澄子叔母さんが私を呼ぶ。

 画面から顔を上げると、澄子叔母さんはどこか弱ったような笑みを浮かべた。

「あなたもそろそろ、人様の幸せを祝ってばかりじゃなくて、自分のことも考えたらどう?」

「え? なにそれ」

 澄子叔母さんのうかがうような表情を、ふふっと笑って受け流す。

 でも、澄子叔母さんはじっと私の顔を見つめていた。

「私は、のどかのウエディングドレス姿も、いつかは見たいと思ってるのよ」

 定期的に、澄子叔母さんはこんなことを口にする。

 いつか私の晴れ姿を見ることが、育ててきた自分の最大の喜びだと。

 そのたびに私は、笑って話をごまかしている。

「……ごめん。その期待に応えられなくて。私には、縁遠いかな……」

「のどか……」

「そんな相手もいないし、まだ当分、澄子叔母さんのもとにいると思うよ」

 ……当分、なんてついつけていたけど、それは適切ではない気がしていた。

 でも、〝絶対にない〟とは、今まで大切に育ててくれた澄子叔母さんに対して言える言葉ではない。

 澄子叔母さんは力なく笑って、私の肩を叩いた。

「急かしているわけではないのよ。ただ、仕事ばかりに夢中になっているのどかが心配なだけなんだから」

「うん……わかってるよ」

「さっ、明日も早いんだから、そこそこにして休みなさい」

 普段通りの調子を戻して、澄子叔母さんは私のもとを離れていく。そして「おやすみなさい」と部屋のドアを出ていった。


 翌日――。

 約七時間のフライトを経て、ダニエル・K・イノウエ国際空港に到着したのは現地時刻でお昼を回った頃だった。

 到着後すぐ、空港内のカーレンタルセンターへと向かい、事前に予約しておいたレンタカーの手続きを行う。日本語対応のナビもオプションで付けておいたから、宿泊するホテルまで問題なく移動ができた。

 宿泊するのは、ワイキキビーチ近くに位置する二十四時間チェックイン対応をしているビジネスホテル。早々にチェックインをし、まっすぐ部屋へと向かう。

 ビジネスホテルといっても眺めは最高で、私は部屋に入るなり奥にある掃き出し窓を開く。開け放ったその先には、ワイキキビーチを囲む賑やかな景色と、多くの人が集う美しいビーチが望めた。

 春先とはいえ、ハワイは汗ばむほど暖かい。日本の今の時期なら、日によっては上着が必要な肌寒い日もある。

 無造作に下ろしたままの自由な髪が、潮風に踊るようになびく。

『あなたもそろそろ、人様の幸せを祝ってばかりじゃなくて、自分のことも考えたらどう?』

 澄子叔母さんに言われた言葉がふとよみがえり、無意識にはんすうしていた。

 こんな素晴らしい景色を、将来を誓い合った相手と共に見るのは、一体どんな気持ちなのだろうか。自分の隣に誰かがいること自体が想像もできない私には、そんな自分を思い浮かべてみることすら難しい。

 心から愛する人に出会い、生涯を共にしたいと結婚することは、女性にとって最大の喜びだと思う。その先にはふたりで歩んでいく新たな人生があり、さらにその先には家族が増えていく幸せも待っているのかもしれない。

 今の自分の仕事は、そんな喜びに満ちた女性を最も身近に感じるから、それはよくわかっている。

 だけど、結婚だけが女の幸せだとは思えない。

 まして自分がその立場となり、そう実感する日が来るなんて、到底思えないのだ。

 こんな私でも、過去に恋愛をしたことがないわけではなかった。

 ちょうど今の仕事に就いた頃、私には付き合っている彼氏がいた。

 相手は、専門学生時代の友達に紹介された、その子の彼氏の友達。紹介の場でみんなで顔を合わせた後、彼と個人的に会うようになり、交際がスタートした。

 それまで恋愛経験のなかった私にとって、彼とのお付き合いはなにもかもが未知で、男性とふたりきりで過ごす時間も、手を繋いで歩くことも、キスをすることも、すべてが初めての経験だった。

 知り合って一緒にいる時間の中で、私は日増しに彼に夢中になっていった。

 今思えば、要するに重かったのだと思う。

 そんな募る私の気持ちとは正反対に、彼の私への気持ちは離れていった。

 そして彼は、突然別れを切り出した。

『つまんねえ女』

 彼は私にそう言った。

 見た目は悪くないのに、中身は地味で思ってた以上にお堅い。そんなようなことも言われた。

 付き合って半年が経とうとする頃のことだった。

 体を許さなかった私への、彼の率直な感想だったのかもしれない。

 だけど、〝つまらない女〟と男性に言われたことは、自分自身を全否定されたようで、生きてきた人生の中で初めて味わうショックだった。それと同時に、そんなことで男性は気持ちが離れていく生き物なのかと衝撃を受けた。

 お高くとまっていたつもりはなかった。だけど、私にとって体を許すことは特別なことであって、互いをもっと知ってから自然と求め合うものだと思っていた。

 そんな初めての恋愛に幕を引いてから、誰かを好きになることが怖くなった。

 自分の思う恋愛の形は間違っているのかを確かめるすべもないまま、私は無意識に〝恋愛〟というものを自らの中で封印した。

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