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クールな外科医のイジワルな溺愛

真彩-mahya- 

突然の事故、そして再会 (3)

 目だけでなんとかうなずくと、先生もこくりとうなずいた。『大丈夫、なにも心配しなくていい』と言うように。

 頼りがいのある目元だなと思っているうちに、麻酔のせいか徐々に意識が遠のいていく。

 手術室にいるはずなのに、天井がなくなっていた。体の上にあった丸いライトが、ぐんと空高く上っていく。するとそこから虹色のカーテンが私の周りに落ちてきた。

 なんだこれ。

 寂れた遊園地の小さなメリーゴーラウンドに乗っているように、カーテンの中をゴンドラに乗ってゆっくりとぐるぐる回る。そんな夢を見ていた私は、いつの間にか完全に眠ってしまっていた。


 目を覚ますと、まず真っ暗な天井に気づいた。

 ここ、どこだろう……。

 何度もまばたきをして、首だけそっと動かして周りを見る。すると、暗い部屋の中には見覚えのある風景が広がっていて、ぎくりとした。

 白く細長いテーブル。木目調で薄いベージュの床頭台。それに載った小さなテレビ。持ち手がピンクの点滴台。

 反対側には、ふたつ連ねてある重い緑色の椅子が。自分の胸につけられたコードの先にあるモニターが、ピコピコと小さな音をたてている。

 ここは見たことがある。よく知っている。自宅周辺エリアで一番大きい総合病院の個室だ。

 意識がはっきりしてくると、自分の右足だけが上がっているのに気づく。ベッドの上に台を置かれ、その上に固定されているようだ。動かそうと思っても動かなかった。

 枕元に、クリーム色のナースコールのコードが転がっていた。力が入らない手をなんとか動かし、先端にあるオレンジ色のボタンを押した。すると壁から『うかがいます』と、ぶっきらぼうにも思える短い返事が聞こえ、すぐに看護師さんが部屋に入ってきた。

 読書灯をつけ、看護師さんが私をのぞき込む。癖毛なのか、ボリュームのある髪を短く切った、丸いメガネの女の人だった。たぶん四十代前半だろう。

「気がつきましたか……こうこうがどこかわかりますか?」

 まだ頭がぼんやりしている。そのせいか、ゆっくり話す看護師さんの声がくぐもって聞こえた。

「……市立こうせい高校です」

「えっ」

 看護師さんは、びっくりしたような顔をする。

「ちょっと先生に電話をかけてきます。すぐ戻ってきますね。お待ちください」

 そう言って、そそくさと病室をあとにしてしまった。

 どうしてあんなにびっくりしたんだろう? 『高校がどこかわかりますか』って聞かれたから、出身高校を答えただけなのに。

 あっ、もしかして〝高校〟じゃなくて〝ここ〟がどこかを聞きたかったの?

「あのう~」

 出入口の方に呼びかけても返事はない。さすがにドアの向こうまでは聞こえないか。

 うーん、しくじった。

 私の頭が正常かどうかも大事だけど、どうして私がここにいるのか詳しく知りたい。

 でもまあ、何度もナースコールを押すのもなんだしなあ。夜の病棟はどこも最低限の人数で回しているっていうし。

 おとなしくベッドの上で待っていると、十分ほどしてから、個室の引き戸がノックされた。

「芹沢さん、こんばんは」

 挨拶をして入ってきたのは、白衣のドクター。その姿を見て、息が止まりそうになった。

 左目の上で分けられた長めの前髪に、緩いウエーブがかかった黒い髪。横髪や後ろ髪は清潔そうに短く切られている。

 深く切れた目頭から続く、綺麗なふたのライン。眉はナチュラルな太さ。ボサボサしていなくて直線的。そして高い鼻に、厚めの唇。白衣の下に着た青いスクラブのVネックから、ちらりと鎖骨がのぞいている。

 この人、会ったことがある。

 心臓がドクドクと強く鼓動を打つ。

「ここがどこかわかりますか?」

 さっき来た看護師さんと同じ質問をされる。

 この声、聞き覚えがある。さっき手術室で……いや、とにかく質問に答えなきゃ。また意識障害を起こしていると思われちゃう。

「国立こく大学、医学部付属病院」

「おや、やけに詳しくわかっていますね」

「少し前まで、父が入院していましたから」

 そう答えると、彼は「ああ、そうでしたか」と納得したようにうなずいた。

 先生……やっぱり私のことなんて覚えていないよね。

「名前と生年月日は?」

「芹沢花穂。平成五年七月三日」

「今日の日付は?」

「平成三十年十月八日」

「しっかりしていますね」

 先生は冷静な顔で、立ったまま私を見下ろす。

「どうしてここにいるかはわかりますか?」

 首を横に振ると、先生は言い聞かせるようにゆっくりと説明してくれる。

「あなたは横断歩道上で貧血によるめまいを起こし、動けなくなっていた。そこに、よく見ずに左折してきた車が突っ込んだようです」

 そういえば、昼も一瞬ふらついたっけ。スーパーで餃子とカップ麺を買って、帰る途中でまた、めまいを起こして……。

 だんだん記憶がはっきりしてくる。

 まぶしい光が見えた。あれは至近距離まで近づいた車のライトだったんだ。私、かれたのか。

「で、救急車で運ばれたんですか?」

「ええ。緊急オペになり、私が執刀しました。幸い、右足の膝の骨が折れただけで、臓器に損傷はないようです。全身に打撲や、すり傷はありますが」

 やっぱり、この人が手術室で挨拶をしてくれた、あの黒崎先生だったんだ。まさか私まで先生に手術されることになるとは。

「あの、先生……私のこと、覚えていますか」

 説明の途中でそう切り出した私を、黒崎先生はじっと見つめる。

「一年半くらい前、先生に手術していただいた、芹沢の娘です」

「……覚えています。大腸がんだった芹沢さん。と、その娘さん」

 覚えていてくれた。それだけで、ぱっと心が明るくなったような気がした。

「そうです。あのときはお世話になりました」

 そのまま昔話に突入しようとすると、先生はそれを遮るように言う。

「いえいえ。申し訳ないですが、今夜は当直なんです。すぐ救急外来の方へ戻らなければならないので、先に説明をさせてください」

 非常にあっさりとした対応で、黒崎先生は昔話を切り上げてしまった。

「足も当分は動かせないし、脳や臓器はもうちょっと詳しく調べて様子を見たい。しばらく入院してもらいます」

「入院!?

 骨が折れたくらいなら、ギプスをして明日には帰れると思ったのに。

 でもよく考えたら、車に轢かれたんだもんね……そんなに甘くないか。

「というわけで、入院に必要なものや書類をそろえていただきます。といっても、あなたは身動きが取れない。朝になったら誰かに連絡して、入院準備をしてもらいたいのですが……お父さんはもうお亡くなりになっている。お母さんは……」

「いません。兄弟も」

「ああ、そうですか……。うーん……」

 黒崎先生は美しい顔の眉間にシワを寄せた。

「ご親戚は?」

 父の兄弟はまだ生きている。しかし、もともと疎遠で、四十九日と初盆で会ったきり。今度は一周忌まで会う機会がない。それくらい薄い付き合いの親戚に入院の準備をしてもらおうなんて、頼みづらいことこの上ない。

 私は、ふるふると首を横に振った。

「じゃあ、お友達や近所の方……あ、ご結婚は」

「してません!」

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