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クールな外科医のイジワルな溺愛

真彩-mahya- 

突然の事故、そして再会 (2)

 ただ、一般事務の給料でそれなりに蓄えようと思うと、やはり食費と見た目にかけるお金を削るしかない。

 それでいいと思っている反面、周りのオシャレ人間を見ると、私はいったいなにが楽しくて生きているんだろうと、ふと思う。むなしくなるときもある。

 でもいいんだ。人生が楽しいものだと思わなければ。

 人生は修業であって、いつかゴールにたどり着くまで生き残る。

『生まれた限り、最後まで生きなきゃならない』

 これは死んだ父の言葉だ。

「そうですね。とりあえず補色コーデはしないように気をつけます」

 そばを平らげ、トレイを持って立ち上がる。そのとき、ちょっとよろけた。ふわりと視界がゆがんだ気がして数度まばたきをする。

 今の、めまい?

 首をかしげた私に、ナミ先輩が説教を続ける。その間に、視界が正常に戻った。

「花穂は素地がいいんだから、もっと磨きな。もったいないよ」

「あはは、ありがとうございまーす」

 笑ってごまかし、トレイを返却口へ持っていく。食堂を出る前に、オシャレ人間たちの何人かが私を指差して笑ったような気がした。

 悪いけど、それくらいのことを気にして泣いているほど暇でも純粋でもないのよね。

 私は世にもダサいコーディネートで、でも胸を張って、ずんずんと部署までの廊下を早足で進んだ。


 数時間後。

「やっとキリがついた……」

 パソコンをシャットダウンして時計を見ると、午後六時。今日は早い方だったな。

 まだ仕事中のナミ先輩に挨拶をして、さっさと家路を急ぐ。残業代は欲しい。でも無意味に会社にいたくはない。

「あ~ああ~ん、つっかれったなあ~、がんばっちゃった~」

 盆踊りの曲にありそうな節で、会社から最寄り駅に着くまでの間に、自作の歌を口ずさむ。

 自作というか、ただ思っていることが口から出ちゃっただけか。

 電車に揺られているうちに足が痛くなってきた。朝は緩いくらいだった靴が、夕方にはきつくなっている。

 これが、むくみというやつか……。二十代前半までは、むくみってなんのことかわからないくらいだったのにな。

 気づけば、もう二十五歳。だんだん疲れやすくなってきている自分の体の劣化が悲しい。


 都心からだいぶ離れた自宅アパートの最寄り駅に着くと、帰り道の途中にあるスーパーに、てくてくと向かうのが日課。

 小さな個人経営のそのスーパーは午後八時閉店。今は七時。そろそろそうざいに半額シールが貼られる頃だ。

 自動ドアをくぐると、まっすぐに惣菜コーナーに進む。

 自炊の方が節約できそうに思うけど、たったひとりだから、それほど食べなければ半額の惣菜生活とコストはそう変わらない。調理器具や食器を洗わなくて済むし。

 惣菜コーナーには、老人や中年のおばさんなど、いろんな世代が群がっていた。既にパック詰めされている商品に、バックヤードから出てきた店員が半額シールを貼っていく。

 ここでおとなしく、目当ての惣菜にシールが貼られるのを待っていてはいけない。直感で食べたいと思った餃子の小さなパックを掴み、店員のそばに寄る。

「これも半額になりますか?」

 至近距離で詰め寄ると、若い女性店員は非常に迷惑そうな顔をしつつも、餃子のパックにシールを貼ってくれた。

「ありがとう」

 ルール違反に見えるこの行為も、この店では普通。

 ほら、おじいちゃんたちも好きな惣菜を持って、店員の前に列をなしている。

 ひとり暮らしだもの、これだけでじゅうぶん。あとはラーメンが食べたい。ラーメンと餃子……おお、今日はぜいたくだなあ。

 特売のカップ麺を掴み、レジへ。会計後、いつも通勤バッグに忍ばせているエコバッグを広げ、カップ麺と餃子を入れる。

 帰ろうとすると、店の出入口に置いてある雑誌の棚に目がいった。

「本当にあったオフィスラブ特集……」

 上段に置かれているファッション誌ではなく、下の方に並んでいる女性向けの漫画雑誌を手に取り、慌てて棚に戻す。

 いかんいかん。結婚は求めていなくとも、ささやかなときめきは欲しい。それすらないと、生活に潤いがなさすぎる。でも、雑誌を買うのは無駄遣いだ。やめておこう。

 ふらりと店の外に出ると、肌寒く感じた。

 今は十月。少し前まで半袖で平気だったのに、そろそろ夜中の帰り道には上着がいるかも……。

 それにしても、今日は疲れた。デザイナーやパタンナー、営業から見れば、ただの経理の事務なんて暇そうに見えるだろう。でも実際は雑多な仕事がたくさん。地味に疲れるんだから。

 アパートまであと少し。のろのろと横断歩道を渡っていると、突然足がふらついた。

「あ……」

 めまいを起こしたように、景色が歪む。気持ち悪くて目を閉じた。胃からなんとも言えない不快感がせり上がってくる。

 やばい、貧血かも。

 そう思う暇もなく、意識が遠のきかけた。

 青信号が点滅しているのが、ぼんやり見えた気がした、その瞬間。

 容赦なく迫り狂う強い光に視界を焼かれた。

 自分の上に雷が落ちたのでは、と錯覚するくらいの衝撃が全身に走る。

 最後に見えたのは、夜空に投げ出されたカップ麺と、赤い半額値引きシールが貼られた餃子だった。

 ああ……私の……カップ麺……。

 私は予想外に高く宙に放り出され、着地する前に意識を手放してしまった。


 * * *


「……ますか……聞こえますか……」

 遠くの方から私を呼ぶ声がする。重いまぶたを開けると、何人もの人が真上から私を見下ろしていて、びっくりした。

 全身が痛い。足も手も全然動かない。私、どうなっちゃったの?

「大丈夫ですからね。今からオペをします。輸血に同意してくれますね?」

 オペ……?

 半袖で首元がVネックになっている紺色のスクラブを着た、どうやら看護師さんらしき人が私をのぞき込んで言う。

 さっぱり状況がわからないけど、この人が私を助けてくれるなら……。

 こくりとうなずく。

「移動します。せーのっ」

 体の下で、布のようなものが引っ張られる感覚がしたと思ったら、私をのぞき込んでいた何人かの看護師さんに、一瞬で隣の台かなにかに移動させられた。背中が痛い。ベッドではなさそうだ。

「麻酔をかけます。ゆっくり数を数えて」

 麻酔医らしき人がやってきて、腕に針を刺したあとにそう言った。けれど数を数える余裕などない。痛みは容赦なく襲ってくる。息苦しく、死んでしまった方がいいと思えるくらい。麻酔じゃなくて痛みで気を失いそう。

「先生、よろしくお願いします」

 なにかに乗せられたまま、水色の術衣を着ている、さっきとは別の看護師さんたちに運ばれて別の部屋に移動する。その頃にはまた意識がもうろうとしてきていた。

「ここがどこだかわかりますか」

 今度は男の人にのぞき込まれる。術衣にマスク、帽子を身につけているので顔がよくわからない。でも、いい声だなあとぼんやりと思った。

「びょういん……?」

「そうです。僕は今からあなたの足を手術する、くろさきといいます。よろしく。一緒に頑張りましょう」

 ああ、お医者さんか……足を手術って? 私の足、どうなっているんだろう。見えないし、動かせない。折れたりしているのかな。

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