話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

クールな外科医のイジワルな溺愛

真彩-mahya- 

突然の事故、そして再会 (1)




突然の事故、そして再会



 容赦なく迫り狂う強い光に視界を焼かれた。

 自分の上に雷が落ちたのでは、と錯覚するくらいの衝撃が全身に走る。

 最後に見えたのは、夜空に投げ出されたカップ麺と、赤い半額値引きシールが貼られたぎょうだった。

 ああ……私の……カップ麺……。


 * * *


 その日は、朝からツイていなかった。

「ぴえー!」

 セットしていたはずのスマホのアラームが鳴らなかった。充電するのをうっかり忘れて寝てしまったため、夜の間にバッテリーが切れていたようだ。その証拠に、画面は真っ黒。

 いつもより三十分遅く起きた私は洗面台の前で、元はショートだったのに、切る時間がなかったという理由で肩までのセミロングになってしまった髪を無造作に一本にまとめ、顔を水だけでバシャバシャ洗った。そして化粧水もつけずに冷蔵庫の前へ。

 ドアを開けると、中には納豆のパックがひとつ。もやしがひと袋。

 んー、やっぱメイクよりご飯が優先だよね。お腹が空いていたら仕事に集中できないし。

 冷凍庫から、おにぎり型に冷凍してあるご飯をひとつ取り出し、レンチンしてちゃわんへ。その間に混ぜておいた納豆をかけて朝食が完成した。

 納豆ご飯を吸い込むようにして口に流し込み、お茶で飲み下す。まだ納豆が喉を通っているうちに立ち上がり、通勤用の適当な服に着替えた。

 超高速で歯を磨き、時計を確認。もう家を出ないと間に合わない。メイクをする時間も、寝癖を直す時間もなし。

「まあ、いっか!」

 通勤用のバッグをつかみ、玄関で靴を履く。そこで狭い六畳のワンルームを振り返り、慌てて靴を脱いだ。

 部屋の中に戻り、隅に置いてあるカラーボックスの上の写真に手を合わせる。そこには、父の遺影とはいが。柔らかな笑みを浮かべている父の顔に頭を下げた。

「行ってきます、お父さん。帰ったらお水替えるから。ごめんね」

 まったく、親不孝な娘だ。

 ひどい挨拶を終えると靴を履き直し、外に出た。


「……せりざわ。なんとかならないの、その格好」

 かろうじて始業時間直前に滑り込みセーフだった私は、午前中にこれでもかと仕事を言いつけられてヘロヘロに。昼は食堂で一番安いかけそばを食べていた。

「んあ?」

 口を半開きにして見上げたら、そばの端っこがはみ出した。慌てて飲み込む。

「ナミ先輩。おはようございます」

「なにトンチンカンな挨拶してるの。もう昼よ」

 それくらいわかっていますよ。今日初めて話したから『おはよう』でいいじゃん。

 ひとつ年上のナミ先輩は、私の向かいの席に座った。ナミ先輩のトレイの上にはサラダとみそ汁と、オクラのおかか和えと……とにかくヘルシーなものが何品か載っている。

 ナミ先輩はれいなショートヘアをいつも維持していて、メイクも完璧。洋服の着こなしもトレンドを常に意識している。顔立ちも整っていて、猫のようなつり目が勝ち気な印象にさせていた。

 今日も、私が『漫画のキャラクターみたい』と鼻で笑っていた、やたら太いベルトを格好よく締めている。鼻で笑われるのは、ダサい私の方ってことか。

 それもそのはず、ここはとあるアパレルメーカー。周りはオシャレな人間ばかり。

 私はデザイナーでもパタンナーでもない、ただの経理。だからオシャレでなくていい、とは言わないけど、気が抜けている感はある。

 ナミ先輩も同じ経理部。もともとモデル志望だったとか。だけどなかなかいい機会に恵まれず、夢破れて今の仕事に就いているらしい。

「ねえ、なんでゆったりしたTシャツの下に、だぼんとしたスカート穿いてるわけ」

 ズバズバ言われ、自分の格好を顧みる。今朝は慌てていたから、いつもよりさらに適当だった。タンスの一番上にあったものを組み合わせただけ。

 ナミ先輩の言う通り、上は太ももまであるゆったりとしたピンクのキャラクターTシャツに、下はだぼだぼっとした濃い黄緑のロングスカート。Tシャツはウエスト部分にしまわれず、スカートの上に無様なシワを作って波打っていた。

 うわ、補色じゃん、これ。今気づいたわ。

 周りの人から見たら目がチカチカする組み合わせで、どこもくびれておらず着太り放題。しかも補色同士の強い反発を緩和させるベルトもなにもない。アクセサリーも時計もしていない。

「あはは~。今朝、寝坊しちゃって」

「だからって、変な服にすっぴん、髪はボサボサって。あんた、本当に女?」

 ズバズバっていうか、ズケズケだな、これ。

 笑ってごまかそうとすると、ナミ先輩はバッグから大きな折り畳みミラーを取り出し、私の目の前で開く。

 あらら……誰なの、このおブスちゃんは。

 まとめた髪は無造作すぎて、おばちゃんみたいな一本縛りに。毛先はボサボサで、四方八方、重力を無視してあらゆる方向に流れている。眉毛は全体的に伸びてきているし、まつ毛はヒサシよろしく下を向いている。

 日焼け止めだけは欠かさないせいか、シミができていないことがせめてもの救いね。

「今度の日曜、ネイル行こう。予約しておいてあげるから」

「……遠慮します」

 ナミ先輩のキラキラした爪は見ていて綺麗だと思うけど、何千円、何万円もかけて、ひと月かふた月くらいしかもたないんでしょ。芸能人でもないのにもったいない。

「あのね、女の人生一度きりよ。どんどん経年劣化していくんだから、今から綺麗にしておく習慣つけないと、中年になってからひどいことになるわ」

 ぱたんとミラーを畳むナミ先輩。

 そりゃあ、綺麗にしておくに越したことはない。でも綺麗にしておくのって、お金と時間がかかるんだよね……。

「それにさ、うちらただの経理でしょ。デザイナーと違って、代わりはいくらでもいる。早く結婚して、いつでも仕事辞められるようにしておかないと後悔するわよ」

 ナミ先輩は自分の愚痴も半分入っているのか、怒ったような顔でお昼をつつきながら私に説教する。

「未婚のまま居座って、会社にいづらくなっても、食らいついて定年まで勤めますよ。結婚はしなくてもいいです」

「またまた、強がっちゃって。本当は寂しいくせに」

 ナミ先輩は彼氏がいる。でもなかなかプロポーズしてくれないと、この前の飲み会で嘆いていた。

 自分が寂しいだけでしょ? そこに私を巻き込まないでほしい。ナミ先輩はナミ先輩、私は私だもの。

「人生いつなにがあるかわかりませんから、身軽な方がいいです」

 ずるずると残りのそばをすすると、ナミ先輩が気の毒そうな顔をして言う。

「花穂も苦労したから、そう思うのも無理ないけど、やっぱりひとりきりの人生は寂しいと思うよ。それに、人生いつなにがあるかわからないからこそ、今を楽しまなきゃ。せっかく女に生まれたんだし」

 なんでもわかったようなことを言って。

 心の中で悪態をつく。顔は愛想笑いで返した。

 そういう考え方もあるだろう。そしてナミ先輩は、悪い人ではない。ただ純粋に、自分の考えが一般的で当たり前だと思っているだけ。

 気の毒だなんて感じてくれなくていい。人生はなにがあるかわからない。突然、病気や怪我で働けなくなるかもしれない。保険で全ては賄えないし、備えておくに越したことはない。

「クールな外科医のイジワルな溺愛」を読んでいる人はこの作品も読んでいます