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ご主人様は、イジワル候爵!? 危険で過保護な蜜月ライフ

友野紅子

没落 (3)

 ルドモンドがいつかこれを打ち切ってしまうんじゃないかと、私はいつも恐々としていた。これが打ち切られてしまったら、私は本当に食べることができなくなる。

「シンシア、私ずっと思ってた。シンシアが犠牲になる必要なんてない。なんだって姉夫婦のもとで召し使いみたいな暮らしに甘んじてるんだよ?」

 これまでエレンは、私の暮らし向きに対して直接問うことをしなかった。

 エレンと会うときはいつも、たわいのないおしゃべりで笑い合い、楽しい時間を過ごしていた。とはいえ、侯爵家の娘が苗を買いに行ったのが出会い。そうなれば当然、我が家の困窮を知らないわけがなかった。

「私には行くところがないもの。この赤毛じゃ、お嫁に欲しがる奇特な貴族はいないよ。なにより今となっては持参金すらなしだもん」

 ここに暮らす以外の選択肢が、私にはない。

「私に貴族の持参金の事情はわかんないけどさ、シンシアはものすごい美人だぞ? 赤毛ってだけで、そんなに駄目なものか?」

 平民においては、赤毛を敬遠する感覚は薄い。単に好みの問題として、エレンのような薄い金髪がもてはやされることはあるけれど、赤毛というだけで結婚に困るなんて話はない。しかし貴族社会において、赤毛への偏見は根強いのだ。

 貴族と平民、身分をまたいでの結婚は教会が認めない。私は名前ばっかりで、プライドの塊のような貴族に辟易していた。

 赤毛をいとわれず、家格にもこだわらない結婚ができたなら、どれほどよかったか。

「そうね。二倍の持参金がつかないと結婚は難しいよ」

 田舎の領地にいれば、赤毛への劣等感を覚えることはさほどない。けれど、お父さまが存命の頃に連れていかれた王都ではそうじゃなかった。

 あからさまな嘲笑の視線に、私は幼心に深い傷を負った。

 私が生まれたとき、お父さまとお母さまは赤子の髪色を大層憂えた。そうしてお父さまは私のために、持参金を貯め始めたと聞いた。

「……シンシアそれ、用意できないよな?」

 持参金どころか、借金まみれのこの状況では、天地がひっくり返ってもそんな大金は出てこない。

「うん、だから私は結婚しない」

「じゃあさ、私と同じだ!」

 唐突にエレンがそんなことを言った。

「え!? なんでエレンが独り身なのよ?」

 エレンは大店のひとり娘で、ちょっと優雅さには欠けるけど、とびきり美人だ。夫候補は列を成しているだろう。

 ちなみに最近では私自身、口調やら所作やらかなりエレンに感化されている自覚があり、侯爵令嬢としての立ち振る舞いには自信がない。

「私、家庭に入って子供を産んで育てるって柄じゃないんだ。私はね、世界を見たいんだ。親父みたいに土着で商売するのもいいけど、いろんな国に行ってその国の特産を買いつけて売り歩く」

 キラキラと瞳を輝かせるエレンがまぶしかった。

 この地に埋もれるように暮らそうとする私と、異国に羽ばたく夢を熱く語るエレンは対極にあるようだった。

「そっか、エレンならきっと実現させるね。ねぇエレン、それでもたまには帰ってきてよ? それで土産話を聞かせてよ?」

「あたり前だよ。話だけなんてケチなこと言うなよ。珍しい異国の特産をいっぱい土産に持ってくるよ」

「すっごく楽しみ」

 エレンとの話は弾んだ。

「あ! ごめんエレン、私、そろそろ昼食の支度をしないと」

 ちょっと休憩のつもりだったが、ずいぶんと話し込んでいた。お姉さまだけならいいが、ルドモンドが帰ってきて昼食の支度ができていないとなれば大目玉だ。

「おっと、私もついつい長居しちゃってごめん。じゃあシンシア、またな!」

「うんっ、またね! 今日は来てくれてありがとうね」

 けれどエレンとの、また、はこなかった――。


 お姉さまが寝室から起き出すのと時を同じくして、ルドモンドも帰宅した。

 なんとか昼食の支度が間に合ったことに、私はほっと安堵の息をついた。

 ルドモンドとお姉さまの前に皿を置く。ふたりがいつも通りに食べ始めるのを見て、私も厨房に戻り昼食を取り始めた。

 ひとりの食事を寂しいとは思わない。ルドモンドとお姉さまの食卓に加わりたいとは、とても思えなかった。

 畑仕事に精を出し、待ちに待った昼食は、ひとりだろうがなんだろうが、文句なしにおいしい。

 自分の昼食を終えて、ルドモンドとお姉さまのお皿を下げに食堂に戻る。

 すると珍しく、食べ終えたふたりがまだ食卓にいた。……こりゃ、出直しかな。

「また、参ります」

 そそくさと頭を下げ、戻りかけたところを、ルドモンドに止められた。

「待てシンシア、お前に話がある」

 呼び止められ、ビクンと肩が揺れる。

「はい」

 嫌な予感がした。けれどルドモンドに逆らえるわけもなく、私は従順にとどまった。

「お前を侍女として、屋敷に受け入れたいと言ってくださった紳士がいる」

 あまりにも唐突な内容だった。

 ……男性が受け入れる、侍女? 聞かされてすぐには、理解が追いつかなかった。

 しかしひと呼吸置き、その内容をのみ込めば、怒りで目の前が真っ黒に染まる。

 ここでいう侍女が、ただの侍女の役割にとどまらないことは瞭然だった。侍女という言葉で表面上を取り繕ってみせたって、それの意味するところは男性の妾だ。

「なんだ? うれしさに声も出ないか?」

 ……ふざけるな。ふざけるなっ!

 ニヤニヤとしたルドモンドの笑みに殺意が湧く。これまでも大嫌いな義兄だった。けれど、お姉さまの選んだ夫だから、涙をのんで耐えてきた。

 どこまで人を、馬鹿にするのか!

「ルドモンド、あなたの人脈には驚かされますわ。あぁシンシア、よかったこと」

 けれど、本当の絶望はその後に訪れた。

 私が口を開くよりも前、発せられたお姉さまの言葉が、私の心を千々に切り刻む。

「ユリアーナよ、その方はありがたくも準備金まで用意してくださるというんだ。かなりの金額を提示されている。それを投資の元金とすれば、何十倍にも増やすことができるぞ」

「まぁルドモンド、なんて素晴らしいのでしょう」

 ガクガクと意思に反して体が震えた。

「お、お姉さま……これが私にとってよいと、本気でそう思っているのですか?」

「まぁシンシア、もちろんよ。こう言ってはなんだけれど、あなたはその髪色でしょう? それを準備金まで用意して、侍女に欲しいと言ってくださる殿方なんておりませんでしょう?」

 いつになく弾むお姉さまの声に血の気が引いて、指先が冷たくなった。

 ふらつく体をなんとか踏ん張って、立っているのがやっとだった。どれだけ私を馬鹿にした発言か、お姉さまはわかっていないのだろうか。

 実の妹に妾に甘んじろと、お姉さまはそれが私にとっていい話だと、本気で思っているのか。

 これまでずっと根底に持っていたお姉さまへの親愛の情が、見事に打ち砕かれた気分だった。私の中のなにかがガラガラと音を立てて崩れていく。

「お姉さま、このお話は……」

 それでもなんとか断らねばと、震える手でお姉さまの腕にすがった。

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