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ご主人様は、イジワル候爵!? 危険で過保護な蜜月ライフ

友野紅子

没落 (2)

 私が姉夫婦と食事を共にすることはない。かつて、お父さまがまだ存命の頃はお父さまとお姉さまと三人で夕食を囲んでいた。けれどお父さまが亡くなり、お姉さまがルドモンドを婿に迎えて以降、私の食卓は厨房の調理台が定位置になっている。

「まぁ、そんなにいいお話をいただいておりますの?」

 いつもなら料理を出せば、早々に厨房に下がる。けれど、聞こえてきたルドモンドの話に、縫いつけられたようにその場から動くことができなかった。

「このチャンスは絶対に逃せない! なんとしてでも借り入れをして、元金の用意をしなければならないぞ」

 お父さまの残した遺産はたったの五年で、すべてルドモンドの賭博で消えた。

 お父さまが私の持参金として貯めてくれていたお金も、すべてが泡と消えた。それどころか、今では方々に借金を重ねるていたらくだ。

 度重なる金の無心で、早くに亡くなった母の生家とは絶縁状態。父の親戚にも愛想を尽かされて久しい。

 こんな状況になってもルドモンドの賭博癖は直らず、借金を重ねに重ね、先日ついに屋敷を抵当に入れられてしまった。

 この後、売れるものはもう爵位しかない。

 こんな状態にあってもまだ、ルドモンドは借金を重ねようというのか。私は湧き上がる怒りにこぶしを握りしめ、叫び出したいのをなんとかこらえていた。

「けれど、当家はもうずいぶんと借金を重ねておりますでしょう? これ以上お金を貸してくれる親戚はおりませんわよ?」

 ここまで追い込まれた我が家の状況を知りながら、ルドモンドにおっとりと微笑むお姉さまは、どこか頭のねじが緩んでいるに違いない。

 お姉さまと私は七歳年が離れている。

 お姉さまはよく言えば典型的な世間知らず。悪く言えばあほうだ。

 けれど幼い私を、たおやかな手でなでてくれたのはお姉さまだ。母の記憶もおぼろな私には、お姉さまの優しい手が親愛の情を感じるよすがとなっている。

 私にはお姉さまが唯一の家族で、幸せになってほしいとも思っている。

 お父さまの死後、お姉さまが許嫁いいなずけとの結婚を破棄してルドモンドを婿に迎えたときも、お姉さまが幸せになれるならいいと思った。

 けれど今は、反対しなかったことを後悔している。

「……少し、あてがある。明日、その人を訪ねる予定だ」

 ルドモンドが一瞬だけ、私に視線を寄こす。

 嫌な目だと思った。背筋にぞくりと悪寒が走った。

「あら、もう手回しが済んでおりますの? ルドモンドは優秀ですのね」

 ころころとお姉さまが笑う。

「はははっ! ユリアーナ、お前はかわいい」

 ルドモンドはもう、私に一瞥すらしない。お姉さまとルドモンド、すっかりふたりだけの世界だ。これ以上は見ていられず、私は厨房へと引っ込んだ。


 翌日ルドモンドは、珍しく午前中から出かけていった。おそらく昨晩言っていた、借金のあてとやらで誰かを訪ねるのだろう。

 お姉さまは貴族の奥方の常、昼すぎまで寝台の住人だ。私としては朝食を準備せずに済むので大助かりだ。

「でもね、寝てるだけのお姉さまは朝食なしでもいいよ。けど私はさすがにへろへろよ。あーあ、おなか減ったぁ」

 私は畑仕事を終えたところ。空腹もさることながら、中腰での作業が続くと腰にくる。

 ぶつくさ文句を垂れながら、畑の縁に腰掛けて、ちょっと休憩。空を仰げば、雲ひとつない晴天が広がっていた。

 それにしたって侯爵邸の裏庭に家庭菜園をつくる日がこようなんて、お父さまが存命中には想像すらしなかった。

 私は大きくため息を吐き出した。

「……ねぇお父さま、ちょっとくのが早かったよ」

 おかげでお姉さまは、あんなに素敵な許嫁のレナードさまを袖にして、賭博ぐるいのルドモンドと結婚した。

 せめてお姉さまとレナードさまの結婚を見届けてから逝ってほしかったよ。

 私はまたひとつ、特大のため息をついた。

「おーい、シンシア!」

「わっ! エレン!?

 ガサガサと生け垣を割って現れたのは、うちの領地で園芸用品店を営むおおだなのひとり娘だ。私が家庭菜園を始めるにあたって、農業用具や苗を購入させてもらったのが出会ったきっかけ。あれから四年、エレンとはずっと親友だ。

 けれどその四年の間に様相は目まぐるしく変わり、今では領民であるエレンのほうがよほど裕福だ。

 モードン侯爵領は田舎だけれど、普通に暮らしていれば領地収入だけで十分暮らしていける。

 それがルドモンドの普通じゃない暮らしのせいで……駄目だ。これは考えても不毛なだけだ。

「もうエレン、心臓に悪いから表から訪ねてきてよ」

 以前のエレンは玄関から訪ねてきてくれていた。侯爵家とはいえ、片田舎。平民の訪問だからと、目くじらを立てることはない。

 私の心臓のためにもぜひ、玄関からの来訪をお願いしたい。

「そうは言うけどさ、侯爵に出くわすとつまみ出されちゃうしなぁ」

 エレンはヒョイと肩をすくめて、予想外の台詞せりふを告げた。

 まったくの初耳だったので、咄嗟に疑問が口をついて出る。

「つまみ出す!? いつ!? ルドモンドがそんなことをしたの!?

 エレンを見上げる私の胸に、言いようのない不安が募る。

 エレンは私の隣に腰を下ろすと、ちょっと困った顔でポリポリと頭をかいた。

「……ん、もう一年も前になるかな。実はうちの親父のところに金の無心に来てさ。親父が断って以来、私も、うちの店もずっと目の敵にされてんだ」

「ごめん、ごめんエレン!」

 ルドモンドがまさか領民に金の無心をしているなんて。さらにそのあげく嫌がらせなど、まともな神経とは思えない。

 けれどルドモンドがやりそうなことなので、疑う余地などなかった。青ざめて頭を下げる私に、エレンは慌てた。

「やめてよシンシア! 侯爵のしたことをシンシアに謝ってほしいだなんて思ってないよ。それにうちの親父は商魂たくましいんだ。ちょっとやそっとの嫌がらせじゃ、うちは揺らがない」

 エレンが晴れやかに笑う。エレンの優しさに、胸が詰まった。

「だからシンシア、この件はもう言いっこなしだ」

「……エレン。ごめんね、それからありがとう」

 エレンが微笑んで私の肩を抱きしめる。

 その時に、エレンのつややかな金髪が私の頰をくすぐった。

 わっ!

 サラリと頰をなでたエレンの金髪は、ため息が出るほど綺麗だった。

「なぁシンシア、少し痩せたんじゃないか? ちゃんと飯、食えてるんだよな?」

 すると私の肩を抱いたまま、エレンが唐突に切り出した。

 私を見つめるエレンの瞳は、真剣そのものだった。

「やだな、もちろんちゃんと食べてるよ」

 この言葉に嘘はない。食費は足りない。けれど畑に実りを望めるようになったし、買い物に出れば顔見知りの店主が、おまけを多く持たせてくれたりもする。

 なにより、食料品の定期配送に救われていた。おそらく以前から利用していたのだろう。かつては使用人が家政のいっさいを担っていたから意識したこともなかったけれど、定期配送というのは本当にありがたかった。

 毎月一回の小麦に油、ミルクに卵といった必需品の配送があるたび、私は命がつながった心地がする。

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