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ご主人様は、イジワル候爵!? 危険で過保護な蜜月ライフ

友野紅子

ご主人様は、イジワル侯爵!?~危険で過保護な蜜月ライフ~ / 没落 (1)




ご主人様は、イジワル侯爵!?~危険で過保護な蜜月ライフ~


没落


 幸福な子供時代の思い出は、今も胸にキラキラと輝く宝物。お父さまにお姉さま、優しい使用人の皆がいる。

 そうしてちょっと意地悪で、とっても優しいレナードさま、あなたがいる――。


 * * *


 ――トン、トン、トン。

 あぁ、あれはお父さまが歩く音。

 お父さまの足音を聞きつけて、私は読みかけの本をパタンと閉じた。

 ――キィィィ。

 居間の扉が開く。

「おかえりなさい!」

 私はぴょんとソファから飛び下りて、帰宅したお父さまに駆け寄った。

「おかえりなさい」

 お姉さまはソファに掛けたまま、お父さまに微笑ほほえんだ。

「ただいま。ユリアーナ、シンシア、明日はレナード殿がいらっしゃるそうだぞ」

 お父さまは開口一番そう言った。

「え! レナードさまが!?

 私はレナードさまが訪ねてくると聞かされて、ぜんわくわくしてきた。

「シンシアはお行儀よくするんだぞ?」

「はいお父さま、任せてください!」

 お父さまは胸を張って得意げに答える私に苦笑して、優しく頭をなでた。私は甘えるように、お父さまの大きな手に頭を寄せた。

「そうかそうか」

 そんな私とお父さまのやり取りを、使用人たちが微笑ましく見つめていた。

 けれどレナードさまの婚約者であるはずのユリアーナお姉さまは、彼の来訪を聞かされても無言のまま、無表情に窓の外を眺めていた。

 お姉さまの横顔に、ぞくりとした。時々、お姉さまのことを恐ろしく感じることがあった。

 ふはぁ~、美人さんって怖いんだぁ。だってお姉さまってば、触れれば切れそうなシュッとした美貌だもんね。それに引き換え、私ときたら……とほほほほ。

 単純な私の中では、「美人すぎる」=「怖い」の方程式が成り立っていた。


 翌朝は、クローゼットの中から一張羅のワンピースを引っ張り出して、何度も姿見の前で確認した。

「こんにちは、シンシア」

 そうして待ちに待って訪れた都会の貴公子は、片田舎にあってまばゆいばかりだった。

「ご、ごきげんよう、レナードさま!」

 私は取り繕った、精いっぱいのお澄ましで出迎える。

 もっともお澄ましは最初だけで、お庭で一緒に遊んでいるうちに忘れちゃうのが常だった。

「プッ! シンシア、元気なのはいいけどね。スカートの下から、かわいすぎるカボチャの形の下着が丸見えだよ」

「っ!」

 かくれんぼで意気揚々と木登りすれば、あっさりと見つかる始末。しかも、一張羅のカボチャの下着まで見つかった。

 大慌てでそれを隠そうとスカートの裾を引っ張り下ろして眼下を見れば、レナードさまの空色の瞳が私を見つめていた。

 にやりとした、一枚も二枚も上手なレナードさまの余裕の笑みがちょっと悔しい。

 けれど私は、レナードさまの意地悪やからかいを受けながらも、その目がいつだって優しいことを知っている。

 今もほら、レナードさまの水色の目はとても温かい光をたたえてる。

 不思議と胸が、ドクンと跳ねた。なんだかそわそわと落ち着かない心地がした。

「ほら、シンシア。下りておいで?」

 物思いにふける私を、レナードさまの声が現実に引き戻す。

 木の下のレナードさまが、私に向かって両腕を広げていた。

「ちぇっ、どこに隠れたっていっつもレナードさまには見つかっちゃうんだから」

 八歳の私はちゅうちょなく、その腕に飛び下りた。

「はははっ」

 レナードさまは危なげなく、私を抱き留めた。

「レナードさま、次は私が鬼よ?」

「……え、まだかくれんぼをするのかい?」

 八歳の私の胸を占めていたのは、子供らしい年長の義兄への甘えと憧れ。

 レナードさまといるとき、私の胸はわくわくでいっぱいだった。

「もっちろん!」

 わくわくのうしろ、ドキドキの芽はまだほんのつぼみで、私はただ目の前の〝うれしい〟と〝楽しい〟を満喫するので大忙しだった。


 * * *


 ……懐かしい夢を見た。

 目覚めても、幸福な子供時代の余韻がまだ胸に残っていた。

「さて、起きて洗濯から始めなくっちゃ」

 ほぅっと大きく息をついて、寝台を下りてクローゼットに向かった。今はもう、私の衣類には一張羅もなにもない。

 洗って乾いたものから順に身につけるだけだ。私はシンシア・モードン。モードン侯爵家の次女として生まれた。モードン侯爵領は田舎だけれど、その分自然がいっぱいで豊かだ。お母さまは私が物心つく前に亡くなってしまったけれど、優しいお父さまと穏やかなお姉さま、親切な使用人夫婦と陽気な料理人、皆でのんびりゆったり暮らしていた。

 けれど人生、なにがどう転ぶかなんて誰にもわからない。


「ねぇえ、シンシア、食事はまだなの? ルドモンドもとっくに食卓に着いていてよ?」

 今日もひとり夕食の準備に追われていると、待ちくたびれた様子のお姉さまが、厨房の入り口に顔を出した。

 お姉さまは扇子を片手に、私が初めて見る綺麗な藤色のドレスを着ている。

「あ、お姉さまごめんなさい。もうじきできます!」

「もぅ困った子ね。急いでちょうだいね?」

 お姉さまはドレスの裾を翻し、食堂に戻っていった。

 五年前にお父さまが亡くなって、私の生活は一変した。

「……お姫さま暮らしがしたいわけじゃないし、別にいいんだけどね」

 お給金の払えなくなった我が家にはもう、使用人も料理人もいない。今は、満足に衣食住を整えることすら難しい状態だ。食費として預けられる金額ではとても三人分を賄えず、私のわずかな身の回りの品も、そのほとんどを売り払っていた。

 私がまとうワンピースも何年も前のもので、袖も裾も短く、まるで丈が合っていなかった。

 まあ、誰が見るでもないしね。

 ……あれ? そういえばお姉さまは新しいドレス……、きっとお姉さまが懇意にしているご友人から頂戴したのね。うん、きっとそうに違いない。新品のようなドレスをくださるなんて、なんて親切。お姉さまは友人に恵まれているのね。

「おっ! 焼けてる焼けてる。よっ」

 私は焼き上がった肉を皿によそい、義兄と姉が待つ食卓に急いだ。待たせるのも駄目だけど、冷めた料理を出せば、それもまたルドモンドにブツクサ文句を言われることになる。どちらもまったくもって本意じゃない。

 ちょうどよく出来たてを提供するなど、それはなかなか難しいのだ。

 この国では、基本的に女は爵位を継げない。だから今はユリアーナお姉さまの夫であるルドモンドがこの家の家長であり、モードン侯爵だ。

 ルドモンドがこの家に来てからというもの、今や私の立場は吹けば飛ぶ、紙切れと同じ。ルドモンドの心ひとつで、容易に切り捨てられてしまう。

「ふぅ。世知辛いもんだわよ」

 ぐぅぅぅううう~きゅるるる~。

 小さなつぶやきは、大音量で響く腹の虫にかき消された。


「ユリアーナ、友人が割のいい投資話を持ちかけてくれた。配当が破格なんだ、こんなにいい話は二度とないぞ」

 ルドモンドとお姉さまの前に夕食を並べ、そっと下がる。

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