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御曹司と婚前同居、はじめます

花木きな

許婚は御曹司 (3)

「いくら瀬織のおじいさまの夢だからといって、瑛真がそこまですることはないんじゃないの? 私もおじいちゃんのことは大好きだったけど、それとこれとは別っていうか」

 そこまで言ったところで、瑛真はたんそくを漏らした。

 絶対に私の言い分の方が正しいはずなのに、なぜかこちらが委縮してしまうのは、瑛真がずっと威風堂々としているせいだ。

「美和は俺と結婚するつもりがないと言いたいのか?」

 さっきからそう言っているじゃない! 察してよ!

 今にも飛び出しそうな言葉を喉の奥で必死に留める。

「逆に聞くけど、瑛真は本気で私と結婚したいの?」

「俺は美和と結婚すると言われて育ってきた。今さらキミ以外に考えられない」

「生涯を共にする相手を、親に言われて決めるなんて信じられない!」

「願ったり叶ったりだ。美和は俺の初恋相手だからな」

「はい!?

 唐突に告白をされて、思わず変な声が出てしまった。

 そこでお父さんが陽気に笑う。

「瑛真くんは本当にまっすぐな子だなぁ。今どきここまで一途な子はいないんじゃないか?」

 一途? さっき遊びのひとつやふたつって言っていなかった?

「お褒めいただきありがとうございます」

 瑛真は綺麗な顔に微笑を浮かべる。

 切れ長で涼しげな目は少しだけ垂れていて、そのおかげで威圧感のある雰囲気が和らいでいる。彼から放たれるオーラがそうしているせいもあるけれど、背が高いから余計に威厳があるように感じてしまうのだ。

 一体何センチあるんだろう。よく見ると、手も大きい。でも指は細くて長くて綺麗だ。

 この容姿なら女性がいくらでも寄ってくるに違いない。……遊んでいても不思議はないよね。

 頭のてっぺんから足のつま先まで無遠慮に眺めている私を、瑛真は優しく見つめている。

 どうして私をこんなにも優しい眼差しで見つめてくれるのだろう。本当に私のことを好きでいてくれているの……? 私は、容姿端麗の瑛真に選んでもらえるような、美しさも魅力も持ち合わせてはいないのに。

 胸のあたりまである直毛の髪は邪魔にならないよう常にひとつにまとめてあり、介護をするご年配の方がびっくりしないように髪色は暗めのカラーだ。化粧もナチュラルを心がけている。

 よく言えば清潔感があり、悪く言えば地味。そんな私が瑛真と結婚だなんて、あまりにも現実味がない。

 私と瑛真の家は父親同士が親しく、家が近所だったこともあり、私たちは小さい頃から仲がよかった。だけど、ある事情から私たち家族が遠くに引っ越すことになってからは、一度も会っていない。

 お父さんとはこうして付き合いが続いてたのに、この十数年、私の前にだけ姿を現さなかったのはどうして?

 私は……会いたかったのに。

 会いたかったけど、あの頃は両親や祖父母にわがままを言える雰囲気ではなかったし、自分ひとりの力で会いに行ける年齢になった時には、時間が経ちすぎてどう接触すればいいのか分からなかった。

 だけど、瑛真なら可能だったんじゃないの?

 おじさまやおばさまにひと言言えば、簡単に私と引き合わせてくれたはず。それなのに会おうとしなかったのは、引っ越して目の前から消えた私に、なんの執着も抱かなかったからとしか考えられない。

 本当は許婚の私をわずらわしく感じていて、遠ざけていたのでは? いつか結婚しなければならないのなら、それまでの間に数多くの女性と関係を持ちたいと望んでいたんじゃないの?

 瑛真の言葉は胸を揺さぶるものばかりだけれど、どうしても邪推をすることを止められない。

「まだ言いたいこと、聞きたいことがあるのなら遠慮せずにどうぞ」

 瑛真に声をかけられてハッとした私は、小さく頭を振った。

「一度引き受けておいて申し訳ないですけど、この話はなかったことにしてください。婚約についての話は、またおいおい話し合いましょう」

「断る」

 高圧的な言い方にカチンときた。

 こっちが下手に出ればいい気になって!

「あのねえ! いくらなんでも一方的じゃない!? もう少し私の気持ちも考えてよ!」

 我慢の限界に達して、とうとう声を荒らげてしまった。

 お父さんは驚きで軽く身体を仰け反らせる。けれど瑛真の表情はじんも変化しなかった。

「美和の気持ちはこれから整えていけばいい」

「と、ととのえ……?」

「そう。心配しなくて大丈夫だ。美和は必ず俺と結婚したくなる」

 びっくりするくらいの自信とごうまんさだ。

「美和の服装を見る限り、今日からすぐに働いてくれるつもりだったんだろう? だとしたら話は早い。このまま俺の自宅へ向かおう。感動の再会をもう少したんのうしたいところだが、あいにく仕事が立て込んでいてそこまで時間を取ることができないんだ。かしわばら、車を回してくれ」

「かしこまりました」

 りゅうちょうに話を進めた瑛真は、柏原と呼ばれた男性が立ち去ると、「おじさん」とお父さんに向き直る。

「美和さんを必ず幸せにします。今後もどうぞよろしくお願いいたします」

 深々と頭を下げた瑛真の頭頂部をぜんとして見つめた。

 これっていわゆる結婚の挨拶というものじゃないの?

「こちらこそ美和をよろしくお願いします」

「ちょっとお父さん!」

 続いて頭を下げたお父さんの肩を掴んで、ソファから身を乗り出して強く揺さぶった。

「美和、行こうか」

 中腰になっている私のお腹に手を回し、瑛真は力づくだけど優しさが感じられる動作で私を連行する。

「や、やだー!!

「駄々をこねる美和も可愛いな」

 なにが駄々をこねるだ!

 思い切り手足をばたつかせても、大柄な瑛真の腕からは逃れることができない。

 なんとか首を回してお父さんの方を振り返れば、それはそれは嬉しそうに顔をほころばせていた。

 信じられない! 瑛真もお父さんもどうかしてるよ!

「離してよ!」

「美和、状況を理解しているか? あまり暴れると危ない」

 怒り心頭の私の耳に、落ち着き払った声が入ってくる。

 逃げることに必死になっていたから気づいていなかったけれど、瑛真の手はあと少しで胸に触れてしまいそうな位置にある。無理に身体をよじって逃げようとすれば、いろいろな場所を触られてしまうかもしれない。

 かあっと熱が込み上げた。ドキドキと高鳴る鼓動も、瑛真の指先を伝って届いているはず。

 もうっ、ヤダ……!

 怒りと恥ずかしさが混じり合い、スーツを掴んでいた手にぎゅうっと力を込めた。

 すると瑛真は、吐息を感じられる距離で囁いた。

「そんなことされると理性を保つことができなくなる」

 言葉遣いは丁寧なのに、言っている内容はめちゃくちゃだ。そして、そんな瑛真の言動にちくいち反応してしまう自分も嫌になる。

 なんてイケメンの無駄遣いなの……!

 恨めしい気持ちで瑛真を睨み上げれば、至近距離にある綺麗な顔に返り討ちにあってしまった。

 長い間、お年寄りばかりを相手にする環境に身を置いていたものだから、イケメン耐性がなさすぎて、いとも簡単に心を乱してしまう。

 私ってばなんて残念な女なの……。

 イケメンという絶大なる力に立ち向かうことができないと悟った私は、もうどうにでもなれと身体から力を抜いた。

 その行動を瑛真はどう受け取ったのか分からないけれど、エントランスを出てすぐ目の前に現れた黒塗りの車の前で、「ふっ」と口角を上げて吐息を漏らす。

 なんだかものすごく悔しい気持ちにさせられる。

 黒塗りの車のエンブレムはBMWのものだった。しかめっ面の私を後部座席に座らせると、瑛真も当たり前のように隣に寄り添ってきた。

 距離を取ろうと身体を横にずらせば、「なにをしている」とたくましい腕がまた腰に回る。

「もうっ! 触りすぎ! エロジジイか!」

 私の叫びに、瑛真は「ジジイではない」と冷静に答えた。

 ……もう、やってられないわ。

 わざと聞こえるように大きな溜め息をついてシートへ背を預けた。

 運転席からは微かな笑い声が聞こえた気がする。

 私は隣にいる瑛真を完全に無視して、窓の外を流れる景色をただただ見つめていた。

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