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御曹司と婚前同居、はじめます

花木きな

御曹司と婚前同居、はじめます / 許婚は御曹司 (1)




御曹司と婚前同居、はじめます


許婚は御曹司


 仕事の依頼主であるおじいさんと会うために訪れた場所は、ポロシャツにチノパン姿の私には似つかわしくない高級ホテルだった。

「どうしてここだって教えてくれなかったのよ」

 私の文句は誰にも拾われることなく、だだっ広い空間に吸い込まれて消える。

 めちゃくちゃ場違いだよ……。

 事前に教えてくれていれば、もう少しまともな恰好をしてきたというのに。

 仲介者であるスーツを身にまとったお父さんの背中に隠れながら、エントランスを抜けてロビーの先にあるラウンジへと向かう。

 どこまで続いているのか、ひと目見ただけでは分からないほどの広々とした開放的なラウンジに足を踏み入れると、一面窓から明るい自然光が差し込んでいる。インテリアはどれもデザイン性が高くお洒落な雰囲気が漂っていた。

 お父さんはラウンジの奥にある、ひとり掛けソファが四脚置かれた丸テーブルに向かって進んでいく。するとそのうちの一脚に背を預けてくつろいでいた男性が、こちらを見てさっと立ち上がった。同時に彼の隣でたたずんでいた男性も頭を下げたことで、ふたりが連れ合いだということが分かった。

 誰だろう? 依頼主の息子さんかな?

 お父さんは彼らの前で足を止め、「お待たせしました」としゃくをした。

 先ほどまでソファに腰かけていた男性が、目を白黒させている私の瞳を射抜くように見つめてくる。切れ長な目元から注がれる眼差しの強さには、妙な色気があった。そのせいで少しばかり鼓動が速くなる。

えいしんくんだ。覚えているよな?」

 お父さんが、自身よりも頭一個分背の高い男性の肩に手を置きながら言った。

 まだ状況が把握しきれておらず、言葉がなにも出てこない。

 ただ、瑛真という名前が頭の中をぐるぐると駆けめぐる。

「久しぶりだな、

 耳触りのいい声で私の名前を呼んだ彼は、優しく目を細めた。

 その表情を見て、幼かった頃にいつも一緒に過ごしたひとりの少年を思い出す。

 最後に彼と会ったのは、私が引っ越す前だから小学三年生だったと思う。あの頃の瑛真は、幼心でも理解できるくらいに美男子だった。そして今もそれは健在だ。

 つやのあるさらさらな黒髪と、色白で清潔感がある綺麗な肌。身長は優に百八十センチは超えていて、モデルのように手足が長く、顔も小さい。全体的にすらっとしているけれど、肩幅はしっかりとあってスーツがとても似合っている。

 男性に美しいという表現が適切なのか分からないけれど、その言葉が一番しっくりくる容姿を持った彼から逃げるように顔を背けた。

 素敵な男性に成長した彼を見て、交わることなく長い年月が過ぎ去ったことをまざまざと突きつけられ、胸の奥に切なさが込み上げた。小さな胸の痛みがさざ波のように広がってくのを感じて、目を閉じて一度深く息をつく。

 一旦落ち着こう。話をきちんと整理したい。

「……久しぶり、だね。でも、ちょっと待って」

 確認すべきことがたくさんありすぎて、焦りから声がかすかに上擦った。

「私、おじいちゃんの知人の介護を頼まれたはずなんだけど、もしかして瑛真のおじいさんの介護をするの?」

 私の言葉にお父さんは一瞬キョトンとした。

「言ってなかったか? その相手が瑛真くんなんだ」

「はあ!?

 私の荒々しい声がホテルに響いた。

 一流ホテルで働く礼儀正しいスタッフの人々は聞こえないふりをしてくれているけれど、同じラウンジにいる客人たちは物珍しげに視線をこちらに送ってきた。

 しまった……。

 恥ずかしさから顔を伏せると、穏やかな声が頭上に落ちてくる。

「そうか。美和はなにも聞かされていなかったんだね」

「瑛真くんすまないね。どうやら伝達ミスがあったようだ」

 なにが伝達ミスだ! 明らかにわざと大事な部分を伏せていたんでしょう!?

 鬼の形相で睨みつけても、お父さんは気にした様子もなく素知らぬ顔で瑛真に微笑みかけている。

「構いませんよ。詳しいことはこちらから美和に説明しますので」

「ちょっと待ってってば。介護の仕事じゃないならこの話はお断りするわ」

 そこで瑛真は初めて硬い表情を見せた。

「どうして?」

「そうだぞ美和。今さらなにを言っているんだ」

 もとはといえばきちんと説明をしてくれなかったお父さんのせいなのに、その言い草はないんじゃない?

 怒鳴り散らしたいけれど、周囲の目が気になってそれはできない。だから、ただひたすらお父さんへ冷たい視線を送り続けた。

 事の発端は、お父さんが持ってきた仕事の依頼だった。

 福祉大学を卒業してから、私は介護施設で介護士として四年間働いていたのだが、社会福祉士の資格習得のために仕事を辞め、短期養成施設で課程を修了したのちに、試験を受け無事に合格した。

 早速転職活動をしようとしたところへ、今回の話を持ちかけられたのだ。

 その内容は、今は亡きおじいちゃんの古くからの友人が骨折をして私生活に支障が出て困っているから、怪我が治るまでの間、住み込みで介助をしてほしいというものだった。

 施設で介護職員として働いてはいたけれど、ホームヘルパーという職種は経験したことのないものだし、いい経験になると思ってこの話を受けることにした。

 おじいちゃんの友人というのならご高齢の方だろうし、怪我も老人によくある大腿骨近位部骨折あたりだろうと思い込んでいた。

 事前に確認しなかった私にも落ち度があるけど、だからといって、こんなふうに騙されるなんて誰が思う?

 おり瑛真は、私より四つ上の幼馴染だ。現在は三十一歳という、男として脂の乗った時期に差しかかろうとしている。年頃の男女がひとつ屋根の下で生活を共にするというのは、いろいろと無理があるのではないだろうか。

 そしてさらに問題なのが、彼は『瀬織建設』の次期社長ということだ。大手ゼネコンである瀬織建設は、超高層ビルや超高層マンション、複合商業施設や大型ショッピングモール、その他にも公的な側面が強い物件などの施工実績を有している。

 私とは住む世界が違いすぎる。そんな人の私生活に至るまでの介助などできるはずがない。

 お父さん、一体なにを考えているのよ……。

 頭が痛くなって小さな息をついた。

「どこが不自由なの? ここまで来ることができるくらいなのに」

「美和、少し落ち着こうか」

 ハリセンボンのように全身からとげを出している私の背中を、瑛真はなだめるようにそっと優しくでた。

 不覚にも、その動作ひとつでたかぶっていた気持ちがしゅうっとしぼんでいく。

 イケメンはずるい。こんなの不可抗力だ。

「おじさんも、ひとまず座りませんか?」

「ああ、そうだな」

 瑛真に促されて、とても座り心地のよさそうな、ひとり掛けソファへ腰を下ろす。

 私を挟んで左に瑛真、右にお父さんが座った。

 秘書かなにか知らないけど、瑛真と同年代に見えるお付きの男性が、私たちの飲み物を手配してくれた。

 彼の身長も高い。百七十五センチはあるだろうか。きりっとした目元はクールに見え、近寄りがたい雰囲気がある。所作に落ち着きがあり、どこか余裕があるようにすら感じた。

 彼は先ほどからずっと、瑛真が腰かけているソファのそばに綺麗な姿勢で立っている。もう、この光景だけで気後れしてしまう。

「こう見えて、左肩がだっきゅうしているんだ。先日現場で足を滑らせて、転倒してしまってね」

 言われて、改めて瑛真の左肩を見つめる。

 仕立てのいいスーツの袖から出ている両手は、膝の上でしっかりと組まれている。左肩が下がっているわけでもないし、不自然な部分は見受けられない。

「三角巾で吊らなくてもいいの?」

「それじゃあ仕事にならない」

「脱臼を甘くみちゃダメだよ。きちんと治療しないと、後々癖になって後悔するよ? それに、痛いでしょ?」

 瑛真はふっと笑う。

「美和は優しいね。でも大丈夫。包帯で固定してあるから」

 腕を軽く持ち上げ、「ほら。固定しているから可動域が狭い」と、上下左右に動かした。

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