話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

うぶ婚~一途な副社長からの溺愛がとまりません~

田崎くるみ

『正しい秘書のススメ』 (3)

 何より、周囲の視線が痛い。……なぜなら、彼女がこうしてコーヒーを淹れてくれるのは、私だけなのだから。

 もともとの性格なのか、大手電化製品メーカーの専務を務める父親の娘として何かと注目されてきたからなのか、周囲の目を気にすることなく、思うがままに行動している。

 それはある意味うらやましくもあるけれど、縦社会の中ではうまく生きることができないと思う。

 現に彼女は秘書課内で浮いた存在で、私以外の同僚たちとうまくコミュニケーションを取れていない。

 先輩として、入社当時から何かと堀内さんのことを気にかけてきたわけだけど……そのおかげで、彼女から絶大的な支持を得てしまった。

 上司もお手上げで教育係を任された身としては、やはりここは強く言わないとだよね。悪気がないとわかっているからこそ言いにくいけれど、心を鬼にして彼女と向き合った。

「こんなに美味しいコーヒーだもの。私はほかの人にもぜひ飲んでほしい」

「え……ほかの人にもですか?」

「えぇ」

 彼女の様子をうかがいながら頷くと、堀内さんは考え込んだ。

「そうですか……。そうしたら日葵先輩は嬉しいですか?」

「えっ、それはもちろんだけど……」

 嬉しいというか、そうすることでほかの同僚と少しでも堀内さんが打ち解けることができたらホッとする。

 その思いで言うと、彼女は決心したように大きく頷いた。

「わかりました! 本音を言えば、日葵先輩以外の先輩に尽くしたくありませんが、日葵先輩が喜ぶなら……!」

「あ……堀内さん?」

 声が、声が……。

 オフィス中に響くボリュームのおかげで仕事をしていた同僚たちの身体は、ピクリと反応した。

 けれど、それに気づかない堀内さんは「ではいってきます!」と言うと、意気ようようと奥にある給湯室へと消えていった。

 だ、大丈夫だろうか。堀内さんが淹れたコーヒーを、皆飲んでくれるだろうか。

 チラッと周囲を見回すと目が合う。

 すると、皆あきれ顔を見せた。

「大丈夫ですよ、井上さん。そこまで私たち、子供じゃないですから」

「そうですよ。喜んで飲んでやりますよ」

 大人な同僚たちに「ありがとうございます」とお礼を言い、花嫁候補の封筒を持ち、席を立ってオフィスをあとにした。


 秘書課は最上階の十階にある。社長室とは目と鼻の先。

 社長室の前で一度立ち止まり、手にしていた封筒を見つめる。

 この中に、社長が気に入る相手がいればいいけれど……。そうでなければ、また一から探さなくてはいけない。

 それを想像すると気が重くなる。ひとりでもお目にかかる相手がいることを願って、社長室のドアをノックした。

「社長、いかがでしょうか?」

 花嫁候補の資料が入った封筒を渡すと、社長はわくわくしながら見始めたものの、表情は徐々に変化していき、やがて渋い顔になった。

 恐る恐る問いかけると、社長は書類と私を交互に見ながら言った。

「こちらのお嬢さんは美人だが、家庭的な部分に欠ける。こちらは才色兼備だが、子供好きではないと聞いたことがある」

 その後も、次々と花嫁候補にダメ出ししていく社長。書類を封筒にしまい、深く息を吐いた。

「ダメだ、誰も廉二郎には釣り合わない」

 予想はしていたが、実際にきっぱり断言されると、ガッカリしてしまう。

 そういえば私、副社長のお相手にどんな人を希望されているのか、社長にはっきりと聞いていなかった。

 副社長が気に入りそうな人を中心に、社長も満足する相手を選んだつもりだったけれど、甘かったようだ。

 けれど、すぐに『わかりました』とは引き下がれない。せっかく通常業務の合間をって見つけた相手なのだから。

「社長、副社長と女性を一度お顔合わせさせてみてはいかがでしょうか? やはり恋愛で大切なのは、本人たちの気持ちだと思います」

 笑顔でさりげなく助言するものの、社長は自分の意思を曲げない。「この中に廉二郎に会わせたい女性はいない」と。

 そんな社長に、思わず強い口調で聞いてしまった。

「でしたら社長は、どんな女性をお望みなのですか? 具体的にお聞かせ願います」

 候補の十人は、独身男性の九割は結婚したいと思える相手だ。はっきり言って、これ以上の相手などいないと思うのだけど。

 すると、社長はこうこつとした表情でぺらぺらと語りだした。

「それはもちろん、知的で美人で家事もできる女性でないと。それと可愛い孫をしっかり育て上げられるスキルも身につけていてほしい。例えば、兄弟の面倒を見てきたといった経験があるといい。あとは廉二郎がどんな仕事をしているのか理解していてほしいし、何より一番大切なのは廉二郎を一途に愛し、一生尽くしてくれる相手だ」

 社長の話を聞いて、『そのような女性など、この世にいないと思うのですが?』とのど元まで出かかった言葉をグッとみ込む。

「残念ながら社長、そのようなお相手は……」

 言葉を濁すと、社長は顔をしかめた。

「わかっている。そんな女性など、なかなかいないと。だからこそ、廉二郎にふさわしい相手がいないと嘆いていたんだ。……でも、きっといるはずだ! 廉二郎にとって、ただひとりの運命の人が!」

 急に立ち上がり、こぶしをギュッと握りしめる社長。

 仕事中、社長として厳格な態度を見せている社員の前とは、全く違うギャップに、見慣れているはずなのに頭が痛くなる。

 これは副社長にいいお相手が見つかるまで、しばらく続きそうだ。

 けれどすぐに我に返り、このあとの予定を思い出す。

「ではそのお相手を探す意味で、取引先へ向かいましょう。そろそろ出ないと間に合わなくなります」

 時計を見ながら、このあとの段取りを頭の中で整理していると、ふと感じる視線。

 気づけば、なぜか社長が私をジッと見つめていた。

「私の顔に何かついておりますか?」

 今度は一体なんだろうか。

 げんなりしながらも、表には出さずに尋ねる。

 すると、社長は急にパッと目を輝かせたと思ったら、素早くこちらに来て目の前でピタリと止まり、私の両肩をガッチリつかんだ。

「しゃ、社長……?」

 急にどうしたの?

 まどう私に、社長は予想だにしないことを口走った。

「私はなんて無駄な時間を過ごしていたのだろうか、いたじゃないか! 廉二郎にぴったりの女性が!!

「……はい?」

 突然理解できないことを言いだしたものだから、相手が社長だということも忘れ、とげとげしい声が出てしまう。

 けれど社長は、かまうことなく目をキラキラさせたまま言った。

「確か井上くんは五人兄弟で、幼い頃から今も兄弟たちの面倒を見ていて、家のこともやっているそうだね」

「そうですけど……」

 答えると、すぐにまた質問が飛んでくる。

「子育てや家のことはばっちりできるよね? 何より知的で美人!! それは私が一番よく理解している! ……こんなに廉二郎に見合う女性はほかにいない」

 ひとり暴走している社長に、慌てて声をあげた。

「お待ちください社長。まさかとは思いますけど、副社長のお相手に私を……などと、お考えではございませんよね?」

 ギョッとして恐る恐る尋ねると、社長はニッコリ笑顔で言った。「そのまさかだ! ぜひ私の娘になってくれないだろうか」と。

「うぶ婚~一途な副社長からの溺愛がとまりません~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます