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うぶ婚~一途な副社長からの溺愛がとまりません~

田崎くるみ

『正しい秘書のススメ』 (2)

 小学高学年頃から家事の手伝いや弟、妹たちの面倒に追われ、高校生になると家計の助けになればとバイトを始め、普通の学生が過ごすような青春時代を送ることなく生きてきた。

 家族のことは大好きだし、家のことをしたり、兄弟たちの面倒を見たりすることを苦に思ったことはない。けれど友達と遊んだり、恋愛をすることなく生きてきたことを少しばかり後悔している。

 買い物袋を両手に持って帰宅すると、妹のなえが出迎えてくれた。

「日葵お姉ちゃん、おかえりー! お仕事お疲れさま! ご飯をいてサラダを用意しておいたよ」

 歳の離れた妹の屈託のない笑顔に、仕事の疲れが一気に吹き飛ぶ。

「ありがとう早苗。お腹いたでしょ? 待ってて、すぐにご飯の用意をするから」

 都内の外れにある、築四十五年になる二階建ての一軒家が私の住む家。

 ひとつ下で二十七歳になる弟のはやは、就職を機に実家から離れた、勤め先の独身寮でひとり暮らし中。

 早苗と、今はそれぞれバイトと塾でいない弟のふたり、そして両親とともに暮らしている。

 両親は共働きで帰りが遅い。

 私は昔から母親に代わり、家のことをやってきた。特に、一番歳の離れた早苗のことは、初めての妹で赤ちゃんの頃からずっと面倒を見てきたからか、可愛くて仕方ない。

 こんな風に笑顔で出迎えられたら、どんなに疲れていても元気になって、もっと仕事を頑張ろうって思えるんだ。


「容姿は申し分ないけど、家庭的かどうかは不明。……こっちは家事見習い中だけど、副社長の仕事に関して理解してくれるかどうか……」

 深夜、家族が寝静まったリビングでノートパソコンを開き、副社長の花嫁候補をぎんしていた。面倒な仕事はさっさと終わらせたい。それに副社長が結婚してくれたら、社長が副社長の心配をしなくてよくなり、私たち秘書の気苦労が減るかもしれないし。

 ネットワークを屈指してリストアップしていると、リビングのドアが静かに開いた。

「やだ日葵、まだ寝ていなかったの?」

 私が起きていたことに、お母さんはびっくりしている。

「明日も仕事なのに、寝なくて大丈夫なの?」

「大丈夫、そろそろ寝ようと思っていたし」

 明日の仕事に支障をきたすわけにはいかない。必要最低限の睡眠時間は、確保しないと。

 けれど、『大丈夫』と伝えたのに、お母さんの表情は晴れない。

「本当に大丈夫? 無理していない? ……ごめんなさいね、日葵にはいろいろと迷惑かけちゃって」

「もう何を言ってるの? 私は迷惑だなんて思ったこと、一度もないから」

 本心だというのに、お母さんは申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「日葵には昔からずっと感謝してる。でも、私もお父さんも心配なの。……そろそろ日葵も幸せにならないと。誰かいい人、いないの?」

 さりげなく恋人の有無を聞かれ、身体はギクリと反応する。

 二十五歳を過ぎた頃から、両親には同じようなことを何度か聞かれてきた。年頃になっても社会人になっても、恋人の気配を感じなかったから、心配しているのだろう。

 お父さんもお母さんも私が家のことばかりで、恋愛する余裕もないんじゃないかと負い目を感じているようだけれど、実際は違う。

 家のことをしていたって、恋愛はできた。それなのに、この歳になっても恋人の存在はおろか、誰かを好きになる感情がどういったものかさえわからないような、恋愛初心者。

 歳を重ねていけば、いつか私も誰かを好きになると思っていた。でも高校時代も大学時代も、そして社会人になってからも、『いいな』って思えるような人には出会えていない。

 早苗には、もうすでに彼氏がいるというのに……。

 早苗から恋バナをされた時は衝撃だった。そして思い知った。これまで私が恋愛できなかったのは、家庭のせいなんかじゃない、私自身の問題なんだって。

「そんな相手はいないし、今は仕事が楽しいから」

 テーブルに散らばっていた書類をまとめながら、ごまかす。仕事が楽しいのは本当だし、もちろん相手はいないからうそをついているわけではない。

 自分にむなしさを覚えながら、パソコンをシャットダウンさせると、お母さんは私を気遣うように言った。

「そっか。もしこの先、素敵な人と出会えたら、家族より恋人を優先してあげてね」

 お母さんの声に、手の動きが止まる。

 最後に「あまり無理しないようにね、おやすみ」と言うと、お母さんは静かにリビングを出ていった。

 お母さんの背中を見送りながら、複雑な気持ちになる。

 つい最近まで学生だった気がするけれど、もう二十八歳。四捨五入したら三十歳だ。副社長じゃないけれど、私も結婚適齢期。いつかは私も皆と同じように恋愛するのだろうと思っていたのに、あっという間に二十八歳になってしまった。

 この歳で恋愛経験ゼロはさすがにマズいのでは……?と思い始めている。

 両親のためにも早く結婚して安心させたい気持ちはあるけれど、相手がいないし、何より恋愛感情がわからないのだから無理な話。

「副社長の花嫁候補を探している場合じゃないよね」

 男性と女性では結婚適齢期は違う。男の三十歳なんてまだまだでしょ。ヤバい状況なのは私のほう。これから誰かを好きになって愛を育んで……となれば、そろそろ相手を見つけないと。

 頭ではそうわかっていても、現実はなかなか思い通りにはいかない。手っ取り早くお見合い結婚もアリなのかも……なんて思いながら、寝室に向かい眠りについた。


「うーん……十名ピックアップしたし、ひとりくらいは社長の目にとまる人がいるわよね」

 数日後。秘書課のオフィスでデスクワークをしながら、独り言を呟いてしまう。

 通常業務の合間に進めていた、副社長の花嫁候補探し。私の独断で社長の理想に近そうな相手をつくろったものの……。あの、息子大好きな社長が気に入る相手がいるといいんだけど。

 花嫁候補の資料を封筒にしまっていると、コーヒーのかんばしい香りが鼻をかすめた。

「日葵先輩、お疲れさまです」

 コーヒーが入った、お気に入りのストライプ柄のマグカップを机に置いてくれたのは、昨年入社したばかりの後輩、ほりうちともだ。

 二十三歳になる彼女は、アイドルのような可愛らしい見た目にそぐわず、性格は男前で負けず嫌い。

 また専務の娘であることから、周囲に『コネ入社』と言われるのが嫌で仕事に奮闘している。やる気と気合い充分で、仕事を覚えるのは早いけれど、周囲の空気を読めないのが玉にきず

 そんな副社長の第三秘書を務めている彼女に、私はなぜか懐かれていた。

 お盆を胸の前で抱え、ニコニコしながら私を見つめる堀内さん。

「あ、いつもどうもありがとう」

「当然です! 大好きな日葵先輩が飲むコーヒーをれることができて、私は幸せですから!!

 力説する彼女に苦笑いしながらも飲む。

 うん、今日もやっぱり堀内さんが淹れてくれたコーヒーはしい。

「堀内さん、本当にコーヒーを淹れるの上手ね」

「ありがとうございます! 日葵先輩に美味しいコーヒーを飲んでほしくて、頑張りました!」

 められた犬が嬉しそうに尻尾を振るかのごとく大喜びする堀内さんに、慣れたとはいえ、いまだに反応に困る。

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