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うぶ婚~一途な副社長からの溺愛がとまりません~

田崎くるみ

うぶ婚~一途な副社長からの溺愛がとまりません~ / 『正しい秘書のススメ』 (1)




うぶ婚~一途な副社長からの溺愛がとまりません~


『正しい秘書のススメ』


 ワックスで磨かれた廊下を、歩きやすい五センチヒールのパンプスで、コツコツと規則正しい音を響かせながら進んでいく。

「二週間後の会食の予約と、そろそろお中元の手配もしないと」

 分厚い手帳でスケジュールを確認しながら、オフィスへと急ぐ私、いのうえまり、二十八歳。

 身長百六十センチのせ型。華やかでありつつも清潔感がある印象を持たれるメイクを施し、背中まである黒髪はしっかりひとつにまとめ、毎日の業務に当たっている。

 奨学金を利用して高校、大学を首席で卒業し、家庭用電化製品の開発・製作・販売を行っている『Brightブライト』に入社。大阪と北海道に支社があり、製造工場を含め、総従業員数約五千人。近年急成長を遂げている家電メーカーだ。

 私の勤め先は、都内のオフィス街にある十階建てのビルの本社。二十名所属している秘書課に配属され、三名いる社長の第一秘書として半年前から働いている。

 社長のさくら たいぞうは、五十八歳。ダンディで社交的。年齢より若く見え、厳しく、時に優しく部下に接しており、隠れファンが多い。

 入社式の際、『皆さん、ひとりひとりの力があってこその我が社です。どうぞ存分に実力を発揮してください。社長として皆さんが楽しい、やりがいがあると思えるような職場環境を提供していきます』と話してくれた社長に感銘を受け、ずっと尊敬してきた。

 だから社長の第一秘書への異動が出た際は、飛び上がるほど嬉しかった。

 尊敬している社長のために、精一杯、職務を全うしよう。その思いは半年経っても変わらない。……知られざる、社長の意外な一面を知った今も。

 書類を手にドアを数回ノックし、「社長、井上です」と名乗ると、向こう側から「入ってくれ」と聞こえてきた。

「失礼します」

 社長室へ入り、ドアを閉めると、予想通りの光景が目に飛び込んできた。

 ガラス張りの大きな窓からは、午後の暖かな太陽の日差しが床に落ちている。

 手前には、来客用の黒の高級レザーが使われたソファが、テーブルをはさんでふた組置かれており、奥の中央に社長席がある。

 座り心地抜群のロッキング機能付きのチェアーに腰掛け、神妙な面持ちで机の上で祈りを捧げるように手を組んでいる社長。

 その姿に、『またか……』と深いため息がれた。

「社長、ご用件は?」

 ツカツカと近づいて声をかけると、思っていた通りの答えが返ってきた。

「井上くん、れんろうのことなんだが……」

 社長が言う廉二郎とは、彼のご子息で我が社の副社長の座にかれているお方だ。

 今年三十歳になる彼は、学生時代ずっとバスケットボールをしていたらしく、身長百八十五センチの長身にほどよい筋肉がついていて、非常に男らしい体格。

 さわやかな印象のソフトツーブロックヘアは、仕事中は顔が見えるよう、しっかりとワックスでセットされている。

 れいな黒髪からのぞく切れ長の瞳に、スッと伸びた高い鼻。整った顔立ちで、仕事もデキる完璧な彼は、女性社員からの人気が高く、実際モテるのだろう。恋人がいるという噂も何度か聞いたことがある。

 しかし、いつも冷静で感情を一切表に出さず、怒っているように見えることもしばしば。だから、憧れている女性は多いものの、近寄りがたい存在だ。

 彼についている秘書も、『気難しい人でいつもビクビクしちゃう』とか、『ふたりっきりになると生きた心地がしない』とか、『ミスしたら……って想像すると怖くて、いつも気が抜けない』などと、よくグチを漏らしている。

 社長の奥様は副社長を出産後、若くして病に倒れて他界。

 社長は副社長が幼い頃から男手ひとつで彼を育ててこられたせいか、とにかく息子が可愛くて仕方がないようだ。

 もちろん社長のそんな一面は、社長秘書しか知らないトップシークレット。

 だからこそ社長は秘書である私に、何かあるたびにこうして副社長の話をしてくる。

 今回もまた『最近、一緒に食事をしてくれない』とか『何かプレゼントしようと思うのだが……』とか、これまで散々聞かされてきた話だろう。

「はい、副社長が今度はどうされましたか?」

 尋ねると、今度は社長が深いため息を漏らす。

「廉二郎の結婚相手が、なかなか見つからなくて困っている」

「結婚相手……ですか」

「あぁ、そうなんだ」

 これには少々驚きを隠せない。まさか副社長のご結婚を、考えておられるとは思わなかったから。

 目をまたたかせる私に、社長は独自の理論を展開する。

「カッコよくて仕事もデキて、私に似てモテる。将来は会社を背負しょって立つ男となれば、並大抵の女性ではダメだ。献身的に廉二郎を支えてくれて、なおかつ自立した女性であってほしい。何より廉二郎が気に入る相手でないと」

「そうですね、私もそのようなお相手がよろしいかと」

 口ではそう言いながら、心の中では違うことを言っている。『そんな完璧な女性、なかなかいないですよ』と。もちろん決して口には出さないけれど。

「そうだろう、そうだろう! 井上くんならわかってくれると思ったよ!」

 パッと表情を変え、嬉しそうにうなずく社長。

 これまでの経験上、このままでは副社長への愛を延々と語られてしまいそうだ。手にしていた書類を、素早く机に置く。

「社長。副社長をご心配されるお気持ちは充分わかりますが、今はこの書類にお目通しいただき、サインをいただいてもよろしいでしょうか? 開発部から早く承諾書が欲しいと連絡がありましたので」

 淡々と要件を述べていくと、社長は実に情けない声を出す。

「わかってくれていないじゃないか! 井上くんはなんて冷たいんだ……! 私は父親として心配でたまらないんだぞ? 廉二郎も、もう三十歳になる。私としては、そろそろ真剣に結婚を意識した相手を選んでほしいんだ。私だっていつまでも元気ではいられないのだから。早く後継ぎを見せてもらい、安心させてほしいのに」

 なげく社長に、私は再び深いため息を漏らす。

 こういうことは日常はんだった。社長は副社長のこととなると、全く仕事が手につかなくなる。解決策はひとつだけ。

「わかりました社長。私のほうで副社長のお相手にふさわしい素敵な女性を探してみます」

 ため息交じりに言うと、社長は「本当か?」と目を輝かせた。

「関連会社や提携先を中心に副社長に見合った女性がいないか、早急にお探しいたしますので、サインをお願いいたします」

「もちろん! あぁ、私は井上くんのような優秀な秘書を持って幸せだよ」

 さっきは『なんて冷たいんだ』と言っていたくせに、本当に現金なお方だ。

 そう心の中で悪態をつきながらも、社長が上機嫌でサインをした承諾書を手に、早々と社長室をあとにした。


「トマトとキャベツ。それと豚肉も確か特売だったよね」

 ブツブツとつぶやきながらカートを押し、次々と食材を手にしてかごの中に入れていく。

 仕事帰りに立ち寄ったのは、近所の激安スーパー。買い物をしながら今晩のこんだてを考える。

 私は五人兄弟の長女として生まれた。二番目はひとつ年下の弟。その後は十歳離れた十八歳の弟、十五歳の弟、そして十一歳になる妹がいる。

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