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ティアムーン帝国物語~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~

餅月望

第 二 話◆ミーアの嫌いなものと記憶の中の声 (2)

ミーアは、スプーンに乗せた物、黄月トマトを料理長の鼻先に突きつけた。

「旬の野菜のシチューですが……」

どこかとぼけた口調で言う料理長。けれど、ミーアは誤魔化されるつもりはなかった。

「この野菜は、なんだと聞いているのです」

ぐぐい、っと料理長の顔の前にスプーンを近づける。

大がらな料理長とミーアとでは身長差があるので、背伸びして、つま先立ちになって、ぐぐぐいっと……。

「……黄月トマト、でございますか?」

突きつけられたものを見て、観念した、という様子で料理長が言った。周りで見ているメイドたちも心配そうに様子を見ている。

「そんな……、これが、これが黄月トマトだというんですの?」

信じられぬ思いで、ミーアはそれを見つめ、それから震える手でスプーンを口に入れる。

舌の先に触れた瞬間、口の中に広がる爽やかな酸味。その中に隠れたほのかな甘み。ほどよく煮込まれた野菜は、ほろり、と崩れ、間もなくとけて消えていく。

口の中に素晴らしい余韻よいんを残して……。

記憶の中とは異なる絶品の味が、ミーアの感情を揺さぶった。

夢中で、ミーアはスプーンを動かした。

濃厚なとろみを残し、舌の上でとろけるシチュー、ふんわりと甘味を残すパン……。

「パンとは、こんなにも柔らかなものだったかしら?」

つぶやく声が、震えていた。気づけばその頬を、ぽろぽろ、ぽろぽろ……、涙が伝っていた。

「ひっ、姫さま、いかがなさいましたか? 私の料理になにか問題が……?」

あせった様子で、料理長が話しかけてくる。

口いっぱいに料理を頬張ったミーアは、返事をしようとしたものの、ふがふがと言葉にならない声が出るだけだった。

あげく、喉につまらせかけて、手足をじたばた……。

あわてたメイドの一人が持ってきた水で、なんとか落ちついて……、などと、高貴なる姫君には相応しくない姿を見せた後、

堪能たんのうしましたわ。シェフ、あなた、いい腕をしてますわね」

かたわらで落ちつきが無さそうにしていた料理長に、ミーアは微笑みかけた。

「おほめにあずかり光栄です。ですが、姫さま、本日のシチューは素材のおいしさを活かす料理でしたから、私の手柄てがらではありません」

「まぁ、そうでしたの? でも、例えば、そうですわ、黄月トマト。黄月トマトとは、もっと青臭くて、渋みの強いものではなかったかしら?」

牢獄で無理やりに食べさせられた物を思い出す。固くて、苦くて、物によっては傷んでいて、とてもとてもまずかった。

「ああ……」

苦笑いを浮かべてから、料理長は言った。

「黄月トマトの場合、煮込みの手間を省くと、そのような味になることもありますな。そちらは三日かけて煮込んだものです。火加減にさえ気を付ければ、誰にでも作れるものですよ」

「……まぁ、そんなに? でも、そんなに手間がかかるのであれば、無理して食べずとも……」

「いえ、それでは姫殿下のお体に触ります。帝室の皆さまの健康をお守りするのも、臣下たる我らの務めゆえ」

胸に手を当てて、深々と頭を下げて、臣下の礼をとる料理長。かつてミーアは、それは当然、自分にささげられるものだと思いこんでいた。

でも、違った……そう、違ったのだ。

革命によって零落れいらくした彼女を、このように気づかう者はほとんどいなかった。

だから、彼女はわずかに頬をゆるめて、柔らかな笑みを浮かべて言った。

「それは、御苦労でした。堪能いたしましたわ」

「へっ……?」

素直なねぎらいの言葉に、料理長は驚愕した。それはもう、腰を抜かしかねないばかりに驚愕した。

大きな体を飛び上がらせて、二歩、三歩と後ずさってしまったほどだ。

まさか、このわがまま姫からこんなに優しい言葉をかけられるとは、思ってもみなかったのだ。

……ミーアの日頃の行いがしのばれる。

ぽかん、と口を開け、さながら空を飛ぶ魔法使いでも目にしたかのような顔で、瞳を瞬かせた後、

「きょ、きょきょ、恐縮です」

ようやく、一言だけ答えた。

それから、照れ隠しなのだろうか、居心地悪そうに頬をきながら、

「ま、まぁ、もっとも、単純に値段の問題かもしれませんが……。本日お出ししたものは、庶民が一か月働いて得る給金と同程度の高級なものですからな」

「あら、そうなんですの?」

値段の話をされても、いま一つパッとこないミーアである。

そもそもが、わがまま勝手に育てられた姫君である。欲しいものは、流し目一つで手に入れてきた女なのである。

自分の生活費や食費がいくらかかっているかとか、庶民の給金がどうとか、興味もなければ関心もないのである。

だから、料理長の言葉を聞き流してもなんの不思議もない……。はずだったのだが、

『あなたたち王族の食事にいくらかかっているか、知っているのか?』

ふいに脳裏によみがえる嫌味っぽい声。

びっくりして、ミーアは辺りをキョロキョロと見まわした。

──なっ、なんですの!? 今のは……。

聞き覚えのある声、その声の主は……。

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