ティアムーン帝国物語~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~
第 一 話◆断頭台から始まる






第一話 断頭台から始まる
赤い、燃えるように赤い夕日が視界を焼く。
帝都名物の大広場に設営された断頭台。錆の浮いた無骨な刃が、陽の光を受けてギラリと輝きを放っていた。
その前に立ち、ティアムーン帝国唯一の皇女、ミーア・ルーナ・ティアムーンは、呆然と周りを見回していた。
突き刺さるような声、声、声。
聞いているだけで耳をふさぎたくなるような罵声、怒号。その多くは自分を非難するものだ。
「……どうして、どうして、こんなことに」
栄えあるティアムーン帝国の第一皇女である自分が、どうしてこんな目に遭わなくてはならないのか。
パンがなければ、肉を食べればいいと笑ったからだろうか?
フラれた腹いせに貧乏貴族の娘にビンタしたからだろうか?
嫌いな野菜である黄月トマトの入った料理を作ったコックを、その場でクビにしたからか?
いや、そりゃ全部だろ、と、ツッコミを受けそうなことを心の中で嘆きながら、彼女は、憎悪に燃える民衆の顔を見た。
その先頭で、兵士たちに指示をする青年の姿が見えた。
シオン・ソール・サンクランド。
大国、サンクランド王国の第一王子。白銀の髪をした凛々しい青年だ。
そして、その隣に凛と立つ少女。ティアムーンの聖女と呼ばれる少女。
辺境の貧乏貴族の出身ながら、シオンの協力を得て、苦しむ民のために革命を起こした令嬢。
ティオーナ・ルドルフォン。
自身を貶めた存在、憎しみの対象。
けれど、すでに、その憎しみの炎も消えて、後に残ったのは灰のような諦めだけだった。
「……どうして、こんなことに」
力なく、ただただ、そうつぶやくのみ。
やがて、後ろにやってきた兵士が、彼女を力ずくでひざまずかせた。
目の前に、無骨な木の板が見えた。
三つの穴があいたそれは、断頭台に囚人を固定するための器具だ。
ささくれ立った木は、触れただけでトゲが刺さり、彼女の体を痛めつける。
「どうして、こんなことに……」
三度目の問いかけ、それに答える声があった。
「帝国のためですよ、大人しく死になさい。お姫さま」
視線を上げると、自らを連れてきた兵士が冷たい目で見降ろしていた。
むき出しの殺意に恐怖を覚える間もなく、重たい鉄の塊が落ちてきて。
どつっと、鈍い音がして……周りの景色がぐるり、ぐるり、と回って……。
ぱさり、と、唯一持つことを許された、使い古した日記帳が……、地面に落ちて、それが、じんわり赤く、赤く染まっていき……。
そうして、ミーア・ルーナ・ティアムーンは死んだ。
という夢を見た。
「ひぃやあああああああああああああ!」
ミーアは絶叫した。
帝国の姫君に相応しくない、ちょっと品のない悲鳴だった。
「く、くくく、くび、くびくびくびくびぃいいいい!」
ぺたぺたと、自分の首がついていることを手で触って確認。確認っ!
──あっ、ありますわ、大丈夫、大丈夫。
今度は、こわごわと自分の体を見下ろす。
ボロボロのごわごわした布に包まれていたはずの体を包むのは、豪奢な寝間着だった。
ふわふわ、フリルがふんだんに使われている、さわり心地のいいやつだ。
擦り傷だらけだった肌は、すべすべになっていて、見つめた手の平は夢で見たより縮んでいた。
──まるで、子どもみたい……。
ぼんやり、ベッドから降りて、大きな姿見の前に立つ。
きょとん、と丸く見開かれた蒼い瞳、肩の辺りで切りそろえられた白金の髪と、ほんのり紅潮した健康的な頬。
そこに映ったのは、十一、二歳ぐらいのころの自分の姿だった。
それは、まだ帝国が大陸で有数の栄華と繁栄を誇っていたころで……。
──おかしいですわ。たしか、わたくしは二十歳だったはずですが……。
十七歳、逃亡の途中に捕らえられて、地下牢に三年間幽閉されて……、それで。
苦しい日々が目の前に、次々に浮かぶ。
辛かった日々、泣いた日々、地下牢の固い石の感触、ひんやり湿った毛布の感触。
記憶の混乱、けれど、それ以上に大きな安堵。
「……お、おほほ、で、ですわよねぇ」
ミーアは笑った。
「い、いやですわ、あんなこと、起こるはずがございませんのに」
悪い夢を笑い飛ばすように高笑い。
「つまらない夢ですわ。子どもっぽくって、我ながら呆れてしまいますわ」
本当の子どもは、子どもっぽい悪夢なんて思わないのだけど……、それを不思議と思えるだけの余裕もなく、ともかく、笑って。笑って。
それから、何気なく枕元を見て……。
「……あら?」
ミーアは首を傾げた。
そこには、異様なものが、置かれていたからだ。
それは、古びた日記帳だった。
表紙を見る限り、十歳の時からつけ続けている日記帳に間違いはない。それはいいのだけど、なんだか全体的に古びているような……。
……というか、黒ずんだシミに覆われている。
それは、夢の中、最後に見た日記帳とそっくりで。
震える手で、日記帳に触れる。

こわごわ表紙をめくると、赤黒く染まったページが目に入ってきて。
そこにびっしりと書かれた恨み言は、先ほどの長い夢の中で、彼女が延々と書き連ねた物に他ならなくって……。
牢獄の苦しみを、断頭台への恐れを、書き連ねた物に他ならなくって。
「ひぃやあああああああああああああああああああああ!」
再びミーアは悲鳴を上げ、ベッドの上に、こてりん、と倒れ、そのまま気絶した。
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