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出来損ないと呼ばれた元英雄は、実家から追放されたので好き勝手に生きることにした

紅月シン

元英雄、気楽に辺境の地を目指す (2)

生まれた時のステータスは大体0から2の間であることが多いが、0というのは能力がないというわけではなく、1に満たないということである。

この数値が高ければ高いほどにその能力が高いということで、生まれた時に3あれば間違いなくその分野では天賦てんぷさいがあると言われるほどだ。

各ステータスの値は一生変わらないというわけではないが、変わるタイミングというのは決まっている。

それが、『レベル』が上がる時だ。

『レベル』はたましい位階いかいとも呼ばれるもので、これは様々な経験を積むことによって上がる。

そしてレベルが上がる時にそれまで積んできた経験に応じて各ステータスも上がるが、レベル自体は簡単に上がるものではない。

レベルは基本的に生まれた時は0で、レベルを一つ上げるには最低でも一年は必要とされ、必要な年月はレベルが上がるごとに増していく。

人によってレベルの上がりやすさや上限は変わり、鍛錬に二十年の月日をかけてもレベルが一つも上がらなかった、という話もあるほどだ。

また、レベルが上がる際に上昇するステータスの量も、劇的に上がるということはほぼない。

才能のある分野のみを重点的に鍛えたところで2上がるか否かというところだ。

3上がることはほぼないと言っていい。

尚、ステータスもレベルも、生まれた時に精霊から与えられるものではあるが、慣例的に五歳の誕生日に『鑑定かんてい』と手段を使うことで測られることになっている。

これはあまりに早く才能の有無が分かってしまうと成長に悪影響があるとされているからだ。

そのため、レベルを上げるための努力も必然的にそれから行われるようになるわけだが、先に述べたようにレベルというのは非常に上がりづらい。

1になるのに最低一年とは言ったが、平均すれば五年はかかるのが普通であり、2になるには平均で十年は必要だ。

逆に成人を迎える十五の時にレベルが3あればほぼ間違いなく天才と呼ばれるし、4あれば神童しんどうと呼ばれることだろう。

ついでに言うならば、鑑定時の各ステータスの値で一つでも5を超えるものがあるのならば、これまた天才と呼ばれたりする。

そして。

アレンは五歳のステータス鑑定の時に既にレベルは1であり、全てのステータスが5であった。

改めて言うまでもなく有り得ないことであり、故にアレンは当時神童などと呼ばれ、持てはやされまくる羽目に陥ってしまったのである。

「……ま、それも五年で済んだんだから、よかったって言うべきなんだろうね」

そう、神童と謳われたのもアレンが十歳になるまでであった。

十歳の誕生日を迎えても、アレンのレベルは1のまま変わる事がなかったからだ。

一歳年下の弟などは既に2に上がっていたというのに、だ。

そうしてアレンはある意味では無事、神童などとは呼ばれなくなり、父親から出来損ないと呼ばれ、弟からは蔑みの目で見られるようになった、というわけだ。

正直その時点で追放されてもおかしくはなかったというかアレンとしては是非とも追放して欲しかったのだが、そうならなかった理由が『ギフト』だ。

『ギフト』は神々から与えられる恩恵であり、時にはステータス上での不利すらも覆すことのある強大な力である。

原則的に不可能なステータスの差もギフト次第では覆すことが出来るのだ。

とはいえ、どんなギフトを与えられるかは千差万別であり、あくまでもその可能性があるというだけでもある。

基本的にギフトによって与えられる恩恵というのは、ある意味で非常に限定的なのだ。

たとえば、『剣豪ソードマスタリー』というギフトを授かればそれまでに一度も剣を握った事がなくとも一流の剣士のように剣を振るう事が出来るようになるし、『怪力無双ヘラクレス』というギフトを授かれば『力』が0であろうとも自身の何倍もあるような岩を軽々と片手で持ち上げられるようになる。

あるいは『魔物使いモンスターマスター』というギフトを授かれば魔物と意思疎通そつうが出来るようになったりするし、『天眼通アナライズ』というギフトを授かれば相手のレベルやステータス、それにギフトを見抜けるようになる、などだ。

しかしどんなものであろうとも、神々からの贈り物に相応しい恩恵を得る事が出来るのは確かである。

そしてこのギフトは、ステータスとは異なり、生まれた時に与えられるものではない。

祝福しゅくふくという儀式を行なう必要があるのだ。

祝福の儀とは成人を迎えた者が行うものであり、成人となったことを祝う儀式でもある。

基本的には成人を迎えた者は全員が行うが、この辺は国によって多少の違いはあるらしい。

神々から恩恵を与えられる儀式であるのだから、当然のように教会が無償で取り仕切っているのだが、中には寄付という名目で金銭が必要となる国もあるとのことだ。

そのせいでその寄付が払えず、祝福の儀を受けられない者もいるらしいのである。

幸いにもと言うべきか、この国ではそういうことはないため、寒村の出の子供であろうとも平等に受ける事が可能だ。

その理由は大司教がいるからだの、大司教がこの国の民を贔屓ひいきをしているからだの言われてはいるものの、真相は不明である。

もっとも、それがどんな組織であろうとも、人が運営している以上は金が必要なのは当然のことだ。

なので寄付という形で金を集めるのは不思議でも何でもなく、むしろ不思議なのは何故この国ではそれがないのかということの方だろう。

大司教がいるから、などという理由で全員を無料にしてしまえるほどこの国は小さくはないのだから、それなりの理由があるのだろうが……まあ、アレンが気にすることではあるまい。

ともあれ、そうして先日成人を迎えたアレンもその祝福の儀を受けたのだが……結果は前述の通りである。

「そうして無価値となった僕は、こうしてついに放逐ほうちくされるに至った、と……んー、こうして改めて思い返してみると、今世の僕も結構アレだなぁ……」

だがそれも今日までだ。

先ほどから言っているように、この状況はアレンにとってむしろ望むところなのである。

あの時特に抵抗らしい抵抗をしなかったのもそのためだ。

というかそもそも俯きながら震えていたのは、屈辱くつじょくに耐えるためではない。

うっかり笑みを浮かべてしまわないように、耐えていたのだ。

公爵家に生を受けてしまって早十五年。

別に出来損ないなどと呼ばれることはどうでもよかったし、そう呼ばれるたびに、ならばとっとと追い出してくれないかな、などと思っていたわけだが、これでようやく平穏を目指せるようになった。

晴れ晴れしい気分にもなろうというものである。

不安はまったくないし、目指す先も決めていた。

「辺境の地、か……さてさて、一体どんな場所なんだろうねえ」

──辺境の地。

それが、アレンが目指す場所であった。

正直な話、そこまで詳しいことを知っているわけではないのだが、辺境というぐらいなのだからきっと騒動や不穏な出来事などからは程遠いに違いない。

きっと今度こそ平穏な生活を送ることが出来るだろう。

そんな期待を胸に抱きながら、アレンは一路いちろ東へと歩みを進めるのであった。

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